68.楽しい時間はあっという間です

 結果、思惑通りに翌日には発掘チームはいなくなっていた。発掘の痕跡はピッケルで崩したりした場所を除いて元通りになっており、カラクリで隠された地下室も見つからなかったようだ。


 ちなみに、そのカラクリを開けるところを見せてもらったが、床に彫り込まれた魔法陣型の溝を魔石の粉で埋めることで解錠し、回転式で埋め込まれた取っ手を引いて床の蓋を開ける、というものだった。

 なるほど、知っていれば開けられるが知らなければ開けられないわけだ。リョー兄ちゃんが帰還の転移魔法陣を魔石の粉で書いた話がヒントになったのだとか。


 遺跡の発掘はゼミ生の実習にもなっているので先に進めることはできず、原状維持と横取り阻止の取り組みしかできることはなかったらしい。発見した資料に目を通すくらいはしても良いと思うのだけど、リョー兄ちゃんが遺してくれた入門書で学習するのが先だとして後回しにされている。俺も読みたいとわがままを言ったせいもあるんじゃないかと思う。

 そんなわけで暇になったレイン教授たち一行は、数日遺跡に通った後はギルドに通って報酬稼ぎに精を出していた。『隠し爪』のメイン火力が魔術師も近接武力も不在なんだが、その穴をAランク冒険者なレイン教授が埋めた形だ。2人分以上の戦力補強だったとか言われたら、経験量の差があるとはいえやっぱり悔しい。


 そうして二手に分かれたもう一方の塔居残り組はというと、俺は勉強は後回しで塔の片付けと居住空間の確保、ドラさんとのおしゃべりに費やした。探していた転移魔法陣もあっさり見つかったし、焦ることもないからな。

 生活のメインが魔法発動の訓練をするエリアスの助手になった頃、念願の瞬間がやってきた。エリアスの魔法が発動したのだ。危険が無いようにと、ドラさんの勧めもあって水滴を出す魔法陣を使っていたのだが、ぴちゃっと水が零れ落ちた瞬間は俺も一緒になって喜んだものだ。


 それでコツを掴んだら、天性の才能も大容量ディスクかのような記憶力もあるエリアスの成長は早かった。リョー兄ちゃんが遺してくれた魔法陣図鑑の初級編に載っていた魔法陣を自分のメモ帳に書き写し、次々にマスターしていくのだ。頭の良い奴は進むスピードも早いな。


 エリアスが魔法をマスターしたことでレイン教授にまず頼まれたのは、俺のように翻訳能力を身につける魔法の行使だった。魔道具に頼らず古代語が読めるようになりたいそうだ。それはエリアスをはじめとして全員に請われたので魔法陣を探してみた。

 結論として、魔法陣は見つかったけど行使はまだ無理、だった。その辺の理論は入門書に記載があって、精神感応がどうだとか複合法式がどうだとか、色々と前提知識が必要な魔法だったわけだ。

 まぁ、魔道具みたいな外部ツールと違って脳みそを改造するみたいなものだから、難しいのはさもありなん。


 日が暮れる頃には全員が塔に集まって一緒に夕飯なので、食後はリョー兄ちゃんの魔法学入門書で勉強会をすることになった。教科書は1冊しかないので、俺が代表して音読し、レイン教授とエリアスから現代との認識の違いや歴史的変遷などの補足が加わる学習形態だ。

 この基礎知識がエリアスの魔法発動のキーとなったのは疑いの余地がない。


 翻訳能力の付与が無理だと分かった次の日、エイダが差し出してきたのは6つの魔石と革紐だった。エリアスにあげたのと同じ魔道具を作ってくれ、だそうで。

 塔の研究室に魔石に魔法陣を刻む道具が見つかっていたから、作るのは簡単なんだけどね。俺でも作れる簡単構造のペンダントは魔道具の原形らしく、リョー兄ちゃんが魔道具を作り始める前からあったみたいだ。なので当然魔法陣を魔石に彫り込む機械も既にあったようで、現代に残っている機械とあまり変わらないものが置かれていたんだよね。使い慣れているものなので助かります。


 長期休暇の後半は、崩れかけた遺跡の地下に入り浸りになった。リョー兄ちゃんの制作物コレクションに入っていたカメラを持参して、使える情報は画像にして持ち帰るつもりでいたのだけど、記録媒体の魔石が3つ満タンになるくらいの収穫だった。

 なにしろ、ガレ氏の著作が多分全部揃っているのだ。魔道具技師見習いとして、宝の山だった。


 俺が遺跡の地下に閉じこもっている間、数日は付き合ってくれた仲間たちは冒険者活動の続きに戻っていった。エリアスが覚えた魔法を実戦投入したいと言い出し、みんなもそれに乗っかった形だ。レイン教授はどちらに付き合うか迷ったようだが、戦闘職の魔法師なんて現代にはほぼいないため実戦で魔法を見られる好機に傾いていたようだったので、ひとりで置いていって大丈夫だと送り出しておいた。

 おかげで独り言全開で読書を楽しませていただきました。いや、充実した夏休み後半戦だった。


 そんな楽しい毎日を過ごし、気づけば長期休暇は残り1週間に迫っていた。

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