59.倒れかけてないピサの斜塔ですか

 サントラ村というのは、宿営地と決めた街から車で1時間ほどの距離にある廃村だそうだ。山脈から降りてきた魔物の群れに襲われて離散し、多くはこの街に移り住んでいるそうで、宿屋の女将さんもサントラ村出身の祖父母を持つという。

 少し前まで、といっても50年以上は昔だが、人里があったおかげで、廃村までは崩れかけた街道が残っている。おかげで路面はガタガタだが、迷わず到着することができた。


 廃村となったそこには、風雨で傷んだ家屋がいくつか残っていた。畑だったらしき村の周りは野菜が自生していて、動物たちの餌場になっているようだ。


「さて、ここからは手がかりがない。住所はサントラ村番外地だったな、リツ」


 村はごく小規模で、直径1キロもない程度の範囲に収まっている。石積みの防壁はあちこち崩されていて、魔物の襲撃による被害を思わせた。

 村は山脈から続く森の入り口に食い込むように作られていて、半分は草原に面し、半分は森の中。落葉樹の森は現在夏の日差しで青々とした葉をたっぷり茂らせている。


「おい、リツ?」


 さっきから呼ばれているのには気づいている。のだが、俺の視線はその森の上空に釘付けだ。

 目の前に広がる廃村は、木と土と石で作られた田舎の民家風なのだ。その奥には深い森とそこから続く壁のような山脈の尾根が見えているのだ。

 だからこそ、今見えているそれが違和感ありすぎた。むしろ、なんで誰もあれに反応しないのか。


 落葉樹故か日当たりの悪さ故か背丈の低い森の間から、ドドンと頭を覗かせて、いや、森の木の倍くらいありそうかな、塔の上部が見えている。円柱形で、各階にぐるりとテラスが巡っていて、装飾されたらしき柱が何本も走っていて。

 地球でいうならまさに、ピサの斜塔。斜めになってないけど。あと、あれは鐘楼だけど。


 まさか、あれが目的地だろうか。確かにこの村から少し離れた位置だし、番外地に相応しそうではある。が、あんな大きくて村から見えるものが見つからないとか、どんな冗談だ。


「リツくーん? 何凝視してるんだ? 空に何かいるか?」


 ひょいと隣にやってきて俺と同じ角度を見上げ、エイダが首を傾げる。てことは、本当に見えてないのか、あれ。


「塔。あるだろ?」


「塔!? え、どこに?」


 大声で復唱してキョロキョロしだすから、他のみんなも寄ってきた。どうやら全員見えていないようだ。

 いったいどんな仕組みなんだろうか。異世界人だから隠蔽する仕組みをすり抜けた、と考えるのが自然ではあるけれど。


「リツ? どこ?」


「あそこ」


 ついと指差す先をみんなが追いかけて顔を向けるから、端で見てると動きが面白い。

 うん、もう、確定。みんな見えてない。


「あの距離なら行っちゃった方が早いだろ。歩ける」


 何しろ本当にすぐそこだ。たぶん、村を出てから徒歩10分とかその程度。

 この先は舗装された形跡もないので車には留守番をしてもらうとして。見えている俺が先頭で道案内だな。


 半信半疑なみんなを連れて、藪を払いながら歩くこと15分。いや、途中の藪がスゴかった。虫に刺されてないかな。刺されてそうだな。病気さえもらわなければまぁ良いけど。

 到着したのは、ここまでの藪が嘘のように開けた丘の上だった。目の前にはドーンと塔が建っていて、地面は一面の白詰草っぽい上に伸びない草に覆われている。蝶が飛び回っていたりバッタっぽい虫が跳ねていたり、実に長閑な光景だ。


「着いたぞ!」


 見ればわかる宣言をしながらみんなを振り返って、驚いた。さっきまですぐ後ろにいたみんながいない。俺がずっと切り開いてきた藪を突っ切る道だけがそこに見えていた。


 さすがに、脳内パニックだ。

 え。何が起きた?


 いや、藪を抜けたところで何かの魔法の影響を受けたのはわかる。俺か、彼らか。ここにある塔が彼らには見えていなかったのだから、この現象もその延長だろう。

 じゃあ何が起きたのか、って話なんだが。俺が異空間に巻き込まれた?

 魔素透過率ほぼ100パーセントのこの身体で?


 はぐれたらやっぱりはぐれる前の位置に戻るのが基本か。

 そこに道は見えているのだから、難しいことではない。


 そう思って足を踏み出したら、またもやビックリ現象を目の当たりにした。そこの、藪との境から、急にドイトの後ろ姿が現れて向こうへ駆けていくのだ。まるでそこに見えない壁があって、そこから出てきたかのように見えた。

 少し行って戻ってきたドイトは焦った様子で周りを見回し、口を開く。


「こっちに戻った様子もない!」


 そこから目の前にいる俺は見えていないようだ。それからやっぱり駆けてこちらに向かってきて、藪と草原の境で消えてしまった。

 なるほど、そこが境目か。

 俺を探しているのも分かったことだし、ひとまず合流しよう。

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