55.ワゴン車で国外へ脱出です
待ちに待った長期休暇初日。
キャリーケースに着替えをたくさん詰め込んでゴロゴロさせながら、俺は学院のスクールバスロータリーに向かった。いつも通りの小袖と袴姿で刀を腰に差し胸当てをつけた冒険者装備だ。変わっているのは小袖の襟裏に付けた魔道具。自分で開発したマイエアコンだ。
魔道具屋のお爺さんとは通っているうちにだいぶ仲良くなっていて、半分弟子入り状態で色々相談しながら教わっているところだったりする。昨日も無事に帰って来いよとありがたい言葉で送り出されてきた。
国外に繋がる大量移送できる鉄道のような公共交通機関は存在しないそうで、乗り合いバスを乗り継ぐか、マイカーを使うのが普通なのだそうだ。ここでレイン教授という強い味方が最大の効力を発揮する。つまり、足があるわけだ。
この世界の車は魔素集積魔道具を使っている。言い換えると、半永久機関を使っている。大気中から魔素がなくならない限り走り続けられる夢の乗り物だ。エンジンの始動だけは魔石が要る。
運転には免許が必要で、成人しないと取得できないため、まだ俺たちは誰も免許を持ってない。お任せしっぱなしで申し訳ないが、休み休みゆっくり安全運転で向かっていただきたい。
学院全体が長期休暇に入ったため、朝のロータリーなのにだいぶ閑散としていた。
その一角にエリアスたちはすでに来ていた。レイン教授のワゴン車も停まっている。俺で最後だったらしい。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「集合時間には間に合ってるさ。おはよう」
荷物は開けたままにされていた後部ハッチの中へ。それぞれ俺と変わらない大荷物だ。マイカーだと荷物が多くても気にせず持ち運べるのが助かる。荷物を持って右往左往しなくて良いからな。
「さ、みんな乗ってくれ。行くぞ」
「お願いしまーす」
代表して返事したエリアスの声がいつもより弾んでいた。みんなも楽しみにしてくれているようで嬉しい。
多くの車が行き交うため、国境を抜ける街道もしっかり舗装されて幅広く作られているそうだ。森が途切れるので魔物もめったに出ないのだが、それでも街道を横切るヤツがいないわけでもなく遭遇の可能性もなくはない。そして、出逢ってしまうなら大抵強力な魔物になるらしい。
目的地までの行程は何度も往復しているレイン教授にお任せ。予定通り行ければ5日で着くそうだ。
「都市内でなければ無免許の運転も可能なんですよね? 途中代わりますよ」
助手席に座ったエイダがそう声をかけていた。なるほど、この世界にはそんなルールがあるのか。初耳だった。助かるよ、とレイン教授も答えているので、道中は交代しながらになりそうだ。
王都の外壁門を出ると草原と森しかない世界に道路が敷かれている景色が広がる。家も農地も点々と見える田園風景はこの世界では有り得ない。野中の一軒家が禁止されているのだから当然だ。
そんな単調な景色の中、ワゴン車は軽快に走り抜けていく。
夏の日差しは日が高く昇るにつれて気温を容赦なく上げていく。ワゴン車の中は先日付けたエアコン魔道具で快適温度に保たれている。エアコンが欲しいと思ったちょっと前の俺を誉めて欲しい。まさか車にエアコンが標準装備されていないなんて、びっくりしたもんだ。
「こうしてエアコンの恩恵を当たり前に享受してると、何でこれが今までなかったのか不思議になるな」
「居住性って車の駆動には関係のない機能なんで、車を再現した当時の技術者がコピーし損ねたんじゃないですかね。それか、田舎の農作業に使われてた作業車だったからエアコンがなかったとか。当時は天井に魔法陣が直書きされていて、起動中は色んな色に光ってたそうですよ」
「魔道具創始者の弟子がどこからそんな情報を……」
「うちの学院の図書館に車雑誌が入ってました。付け替えパーツ屋の広告がいくつか入ってましたね」
車のカスタマイズなんて趣味があるあたり、世界が変わっても人は変わらないってことだよな。
俺の情報源が身近すぎたのか、うちの蔵書が気になってきた、とレイン教授がぼやいた。
面白いよ、うちの図書館。専門書より大衆誌が多いし、庶民の蔵書が元なんだなと思うラインナップだ。そうそう、その中に料理レシピ本なんてのもあって、いくつか作ってみました。美味しかったです。
「リツー。そういうときは誘えよー」
「男の手作り飯でしかも試作だぞ?」
「いや、リツのメシ美味いから。いつも弁当絶品だから」
それは、唐揚げの魔力だな。俺の料理の腕関係ない。高校生男子に唐揚げは、猫のマタタビと一緒だよ。
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