54.引率教授のご帰還です

 後からやってきたエリアスたちは、到着早々3人揃ってヘリーをもみくちゃにした。掲示板前であの女子学生に鉢合わせたのだろう。待ち合わせ場所にいなかったことにはまったく言及されない。


 先に食事の用意まで済ませていた俺たちを席取りに残して自分たちも食事を取りに行くのを見送る。と、反対側から首もとにゴツい腕が回された。覚えのある気配だったから逃げはしなかったが、出会い頭にヘッドロックは酷くないですか。


「おかえりなさい、レイン先生」


 机を挟んで向かいに座っていたのだからすべて見えていただろうに、ヘリーはレイン教授の暴挙を笑ってみているだけだ。さっき助けなかった罰かな。

 俺の隣の席にはレイン教授が持ってきたと思われる膳が置かれている。食事ついでに顔を見にきてくれたというところだろうか。

 締める様子はない腕から早々に逃げ出して顔を見返すと、相変わらず無精ひげでむさ苦しい姿があった。整えれば格好良いのに、もったいない人だ。


「発掘調査はいかがでしたか?」


「いやあ、リツくん様々だったね。翻訳の魔道具が大活躍してくれて、色々大発見だ。長期休暇の予定を入れてなかったら今頃まだ向こうにいたところだ」


 効率が上がったから早く帰ってきた、ではないんだな。むしろもっと長居したかったと。趣味を仕事にした人の感覚は理解不能。


 レイン教授の登場に、食糧を確保して戻ってきた欠食児童たちも大歓迎だった。すっかり懐いたなぁ。レイン教授も機嫌良く可愛がってくれてるから、なおさらだ。


「今回の発掘調査はどこだったんですか?」


「ちょうどこの山脈の裏手だね。サイカネガワラトクト民国といって、拡大地域地図にやっと描かれるくらいに小さな国の中だ。この大陸でも交通の便が悪い立地で、植民支配時代にレジスタンスが逃げ込んだ場所なんだ。今でもロープウエーが唯一の出入り手段という、崖と川に囲まれた国だよ。ちなみに、君たちの今度の長期休暇の行き先になる」


 最後に重要情報がきた。初耳すぎて、みんなと顔を見合わせてしまった。


「今回調査してきた遺跡は超古代文明末期の魔法師が残した研究施設だ。入植者から逃げてきた人々を受け入れて不便な土地に住み着くサポートをしてくれた人物だったようだ。貴重な資料を床下に保管していてくれたおかげで、たくさんの資料が発掘できた」


 なるほど、それは大きな発見だ。国外で見つかった古代遺産はその土地からの持ち出しを原則禁止されるため、後期にまた現地に赴いて見つかった資料を片っ端からコピーしてくるつもりだそうだ。そのため、発見の事実も秘匿中とか。

 国に接収されてしまっては自由に研究することもできなくなるから、仲間内から裏切り者が出ることもないと思う、とレイン教授は楽観的。現地で雇った案内人とか長期滞在で使った宿とか、漏れる隙間はたくさんあると思うけどな。


「その人物はどうやらガレリアンデルシク氏のファンだったようでね。著作がたくさん残っていたよ。これらの書物が公開されれば、魔道具界はまた大きく過去の栄光を取り戻すことになるだろう」


「ガレ氏というと、魔法陣魔法中興の祖ですよね。どうして魔道具?」


「魔法陣魔法イコール魔道具だろ。今に残る便利な大型魔道具はだいたいガレリアンデルシク氏が世に送り出した品々だ。田舎の農夫にまで語り継がれるほどの偉人だよ」


 ていうか、今なんか略されなかったか、とレイン教授は遅ればせで首を傾げるが。

 そうか、現代の常識ではそうなんだな。嗚呼、魔法理解度の低さよ。そうなんだけどそうじゃない、と身悶えたくなる。魔法陣は魔法そのものの基幹なんだよ。

 俺から説明されて古代の考え方を理解しているエリアスも、レイン教授が言い切った内容に苦笑いだ。


「それで、先生。その遺跡の持ち主は、何でそんな辺鄙なところに住んでたのか分かったんですか?」


「ああ。彼の日記が見つかってる。ガレリアンデルシク氏が師と仰いださらに昔の魔法師の研究所を探すための拠点にしていたようだ。亡くなるまで見つけられずじまいだったようだよ」


「ガレ氏は見つけられたのに、ですか?」


「そのガレリアンデルシク氏によって目くらましをかけられているのではないかと記されていたね」


 なんと。今より魔道具文化の発達していたと思われるその当時で見つからなかった研究所を、俺たちは1ヵ月程度の短期間で探しに行くんですが。

 今回は見つからないことも想定に入れるべきかな。

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