第一部エピローグ 魔法少女プリティコスモス!Re:LIFE

第41話 おじさん、学生生活に戻る

「う、あ……」

「気持ち悪いモル……」


 私たちは凄まじい船酔いの中、公園のベンチで目を覚ました。

 あまりにも重力から解き放たれた、縦横無尽に動く感覚だったので、三半規管をボコボコにされたのだ。


「おのれ……グッター、軌道」

「ゲ、だモル……おええ」

「水、水を飲みましょう……」


 私は気合で動き、ダント氏と共に水飲み場で、がぶがぶと水を飲んだ。

 その後はベンチで日光浴をしていると、大気に満ちるエモ力のおかげで体が自然と楽になる。


「はぁ……ダントさん」

「なにモル」

「ここって、私たちが初めて出会った場所ですよね」

「そうモルね。歴史が修正されたことで、夜見さんは無理やり聖ソレイユ女学院に向かわされたルートが無くなったんだモル」

「なるほど、時期は――」

「確認するモル」


 ダント氏がマジタブで確認したところ、日時は学校に通い始めた九月初旬。

 歴史修正による強制タイムリープなどはないと分かった。


「……時期の変更は無し、マジタブやバッグを持っているダントさん、私は白い制服姿ということはつまり、私たちは今も聖ソレイユ女学院に通っている状態、という認識で良いんでしょうか?」

「――うん。夜見さんの生徒手帳もあるし、魔法少女ランキングにも登録されてるモル。僕たちは魔法少女として聖ソレイユに通ってるモルよ」

「良かったぁ」


 私は安堵した。

 また一からやり直すとなると、大変で仕方なかったからだ。


 プルルルルルル。

「……ん?」


 すると私のポケットから着信音が鳴る。

 なんだろうと取り出すと、夜見治だった時のスマホだった。

 とりあえず出た。


 ピッ。

『ああもしもし、夜見くん? 悪いが木曜日に頼み忘れていた仕事があるんだ――』

(この声……女性か? 誰だ?)


 私はこの歴史でも社畜を続けていたことに驚いたが、とりあえず相手の話に割り込んだ。


「すみません、あなたの名前は? さっき世界を救ったばかりで記憶にないんです」

『……嘘だろ? ちょっと待ってくれ。調べるよ』


 少し間を置いて、相手はこう切り出した。


『……驚いた。君のヒーローネームはプリティコスモスで間違いないんだね?』

「はい」

『私は聖ソレイユ女学院の校長だ。どうやら私は君に助けられたらしい』

「覚えて、ないんですか?」


 少し残念に思う。

 校長先生は許されなかったんだ、と。

 しかしこちらが沈黙していると、くすくすと電話越しに笑い声が聞こえてきた。


『ふっふっふ、ははは、嘘だよ、嘘さ。夜見くん。全部覚えているさ。ちょっとだけからかいたかったんだ』

「え、ええええっ!?」

『だって、君。私と友だちになってくれたじゃないか。私は君たちが思っているよりも、いたずら好きな魔女なんだよ。ごめんごめん』


 許してくれ、と校長は語った。

 悲しみが一瞬で吹き飛んだと同時に、こちらも嬉しくて笑顔になる。


「もー、どうしてそんなことするんですー? こっちは本気で悲しくなったのにー」

『あんなに清々しい負け方でもね、ちょっぴりは悔しいくらいの気持ちはあるのさ。次があったら負けないよ』

「ならしょうがないですね。……もし、次があったとしても、私たちと仲良く喧嘩して下さいね」

『もちろんだとも。魔法少女はみんな大好きさ。ああ、今は君が一番大好きだけどね――』

「あははっ」


 校長先生がとても愉快な人だと分かって、私は安心した。

 歓談の最後に、迎えの車を送ったことを知らされ、来たのはやはり白リムジン。

 乗り込むと遠井上家の執事さんが居て、私に一礼した。


「お疲れ様でございますライナ様。なんでも、世界をお救いなされたとか」

「そんなに大したことはしてませんよ」

「いえいえ――」


 それでも、と褒められた。

 遠井上家の本家も祝電を送ってくれたらしく、貴族内での私の地位も上がったらしい。来年の七光華族会合で騎士爵を授ける、と言ってくれた。


「これだけ頑張ったのに騎士爵ナイト。一代限りの爵位モルか」

「それで十分なんですよダントさん。欲深いとボンノーンになっちゃいますよ?」

「それは嫌モルね……気をつけるモル」


 私とダント氏が会話すると、執事さんはにっこりと微笑んだ。


「仮にライナ様が男爵や子爵の地位を頂いた場合、毎週、何かしらの事情で開かれる貴族の社交界にもデビューして貰わなければなりません。貴族当主としての英才教育・学業・魔法少女業の三つの両立はとても厳しいかと存じ上げます」

「あはは、ですよね。ほら」

「むぅ、高い爵位を貰っても良いこと無いモルね……」

「もっとも。それとは別に、ライナ様には騎士爵としての教育も待っていますので、どうかお覚悟を」

「……ははっ」


 私は執事さんの力強い眼光を見て、乾いた笑いを漏らした。

 世界を救った今だから分かる。

 この人は護衛や暗殺も出来る万能執事さんだ。


「ど、どうぞお手柔らかに」

「来年に間に合わせなかればなりませんので、手厳しく行かせていただきます」

「ひぃ」


 しかし後の教育過程で分かったが、純粋に武を極めればいいだけだった。

 どれもこれも、斬鬼丸さんという生涯の師に出会った私からすれば、容易い課題でしかない。

 一ヶ月も立たない内にメキメキと頭角を現し、最後の難関として立ち塞がった執事さんを倒し、師匠越えを示す免許皆伝の巻物を受け取った。


「……家庭教師様が言っていたあの言葉は真でした。教えれば教えるだけ吸収し、師匠として、ライバルとして。その限界を、才能の果てを知りたくなる。あなたは逸材過ぎますぞ、夜見ライナ様」

「どういたしまして。そして、ありがとうございました」


 その一礼を以て、執事さんへの感謝とした。

 なお、途中から修行内容が変わり、ダント氏も交えて諜報活動のやり方、暗殺稼業の修行――ようは忍者になるための特訓に移行していたので、執事さんがどういう家系なのか何となく察せた。


 今の時期は十月も終わりに近づいた頃。

 登校した私がZ組に入ると、どこから聞きつけたのか、さっそく噂好きのいちごちゃんが近づいてきた。


「よるみおはよー」

「おはようです、いちごちゃん」

「あなた。佐飛家の前当主、何とかかんとか術の、七十七代目継承者を倒したんだって?」

「な、なんで知ってるんです?」

「だってあの人のひ孫さん、私の家で家政夫さんやってるから」

「へぇ。どんな反応を?」

「悔しそうにしてたわね。でもあなただって聞いて納得してたわ。天武の才があるからって」

「なら良かった」


 それなら放課後に勝負を挑まれたりしなさそうだ。

 私は相手の強さを示すために戦いたくない。

 すると背後からおさげちゃんが会話に加わった。


「うちの家にも佐飛家の使用人はんおるよー」

「おさげちゃんの家にも居るんですね」

「というか聖ソレイユに通ってる子の家には全員おるよ?」

「それはまたどうして?」

「だってあの人ら魔法使えるもん」

「ああなるほど忍術」


 意外と魔法少女に寄り添った事情だった。


「というかそれは良いんですけど、どうして名前呼びを許してくれないんです?」

「「……っ」」


 私は改めて聞いた。

 実は復学してから、あの日、名前で呼びあったことを無かったことにされていたのだ。目の前の二人に限らず、サンデーちゃんとミロちゃんからも。

 相手は顔を真っ赤にしつつ、しどろもどろになりながらも、ぼそり、と答えた。


「だ、だって、名前を呼び合うとか……!」

「もうそれ、恋人やんっ! 恥ずいからあかんっ」

「えー、下の名前で呼び合うの良いじゃないですか」

「「ばかっ!」」


 二人はぷりぷりと不機嫌になって席に戻った。


「どうして……」

「あの子達はただ無知だっただけだよ」

「うわ!?」


 いきなり耳元でささやき声がして、振り向いたら赤城先輩だった。


「あ、赤城先輩」

「でも、君が居ないわずかな間に、この女学院の常識を知ったのだ。名前呼びをして欲しいなら頑張って攻略することだね。はっはっは」

「もしかして吹き込んだの赤城先輩なんですか!?」

「いや違う。副会長。学校の風紀を取り締まるのが仕事だから、名前を呼び合ってるのを注意して常識を教えてた」

「ええ……」


 まさかの風紀を正すという名の百合教育。

 この女学院はきっと、生徒会が居る限り永遠に百合園なのだろうと悟った。


「それはともかく、夜見ちゃんが元気そうでなによりでした。ばいばーい」

「あ、はい。これからもよろしくお願いしまーす」


 嬉しそうに去っていく赤城先輩に声を掛けると、くるんと振り向き、にっこり笑顔で手を振ってくれた。マスクで口元は見えないが。

 私はとてとてと駆け寄って抱きつき、ようやく日常に戻れた実感を得る。


「ただいまです」

「おかえり。魔法少女の本業は永遠に開店休業だけど、ファンはずっと君を応援してるよ。これからも頑張ってね」

「はいっ」


 これからの私は、魔法少女は、悪と戦うために生きるんじゃない。

 ファンの期待に答えられるような一人前のレディとして、またはアイドルとして。

 この世界でキラキラと輝くのだろうと、何となくそう思った。


 キーンコーン――

「はい抱っこ終わり! 勉学に励みなさい!」

「はーいありがとうございましたー」


 チャイムと共に、非日常に包まれる日々が始まる。

 席に座ると先生が来て、開口一番にこう告げるのだ。


「よーし席についたな。早速だが、これより魔法実習を始める! 使い方の分かるものは出来ないものの手本となり、似た能力だった時は指導者となれ!」

「せんせー、夜見ちゃんのペアのはずのミロちゃん……ええと、皇結衣ちゃんが見つかりませーん」

「あいつまた逃げたな……!? 夜見! 捕獲してこい! 今日は三秒だ!」

「え、ひゃい! ブースト!」


 その中の私は相変わらず、都合よく使われてしまっているけど。


「……ダントさん、報酬は上乗せですよね?」

「今回の懸賞金は五万モル」

「よっし、お金のためならなんだって!」


 元々が雇用契約なので、特に問題はなかった。


「しかし不思議モルね。どうして報酬やお金の受け渡しにこだわるモル?」

「というか、それが社会の本質ですし! 仕事とは! 金を稼ぐためだけにあります! そして今の私は遊ぶ金が欲しい! 理想的な女の子として生きるには、最低でもひと月に四、五万は美容品やコスメにかけないといけないんですよ! 他にも流行のファッションやネイルサロンとか、色々ありすぎて大変なんです!」

「全部経費で落とせばいいのに」

「それだと働きがいがないじゃないですか! 私は魔法少女である前は、遊びを知らない社会人だったんですよ! それなのに女の子になって、稼いだ金の使いみちを知ってしまったから! お金稼ぎが止められないんです!」

「意味が分かんないモル……全部経費で落とせるのに」


 私も私で、ちょっとした欲を手に入れてしまって暴走しているが。

 それでもこの世界に生まれて良かったと、改めて心から実感していた。

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