第5話「攻略対象との出会い」
『ヴェイン様。今度は私の屋敷にいらしてください。お待ちしておりますわ』
悪役令嬢に見えない悪役令嬢のセシル・ルグランジュにそう言われて数日が経過した。
社交辞令だったのだろうか。と考えている内に、いつかと同じようにビクトールが慌てて現れた。
「ヴェイン。ルグランジュ公爵家から招待状が届いたぞ」
「誰にですか?」
一縷の期待を込めて尋ねた。
「ヴェイン。お主に決まっているだろう」
「……ですよね」
こうして、俺は悪役令嬢の本拠地に行くことになった。しかも一人で。
指定された日に、屋敷に豪華な馬車が現れた。
「ヴェイン様。お迎えに上がりました」
馬車から現れたのはセシルではない。執事の人だ。以前セシルが初めて来たときにも重そうな荷物を軽々持っていたのが印象的だった。
俺は促されるがまま馬車に乗り込み、馬車が移動する。
豪華だった馬車は中身も豪華で快適なものであっという間に屋敷に到着する。
「ヴェイン様。到着致しました」
執事の人にドアを開けられて馬車を降りる。
これまたとんでもない豪邸だった。
「ヴェイン様。ようこそいらっしゃいました」
セシルに出迎えられる。
「セシル様。お招きいただきありがとうございます」
セシルに礼をする。ここで変な所作をしてバーネット家の恥を晒さないようにしなければ。
「ヴェイン様。こちらです」
セシルに屋敷を案内される。
豪華な屋敷は内装も豪華だ。今日は豪華って単語めちゃくちゃ使っているな。
「あれ」
妙なオーラを纏った人物が前から歩いてきた。
遠目でもわかるくらいものっすごいイケメンだ。
「君がヴェインか?」
イケメンに話しかけられる。声もイケメンだった。
「ルグランジュ公爵家次期当主。オスカー・ルグランジュだ」
握手を求められた。
「バーネット子爵家次期当主。ヴェイン・バーネットです」
無礼にならないか一瞬不安になったが格上から求められているので素直に手を差し出した。がっちりとした握手をする。
「妹が君の話ばかりするんだ。会えて嬉しいよ」
「こ、光栄です」
まさかこんな形で会えるとは思わなかった。
ルグランジュ公爵家長男。オスカー・ルグランジュ。
「黒炎の魔術師」の異名を持つルーン・シンフォニアの攻略対象。年齢を計算すると俺より一つ年上だ。
十歳と若いが、既にイケメンだ。
妙なオーラだと思っていたのは強大なマナだった。
これが攻略対象か。
「オスカー。セシル」
オスカーともセシルとも違う透き通るような綺麗な声が静かに響いた。
「姉さん」
「姉様」
これまた偉い美女が現れた。
「お初にお目にかかります。オスカーとセシルの姉。リリアーヌ・ルグランジュと申します」
優雅で可憐な所作だ。
「バーネット子爵家次期当主。ヴェイン・バーネットです」
見惚れていたが無言のままなのも失礼なのでなんとか声を絞り出した。
「セシルが興味を持つなんて不思議な子ね」
顔を見つめられてドキドキする。そうだ。母の肖像を見てゲームのアーテリーの姿と重なるように、リリアーヌを見ているとゲームのセシルの姿と重なるのだ。
「姉様。ヴェイン様は私のお客様です」
セシルに腕をとられる。
「行きましょう。ヴェイン様。私の部屋にご案内します」
そのままいきなり部屋に通される。自室に招かれてもいいのだろうか。
これまた広い豪華な部屋だ。さすが公爵家。
「ヴェイン様。あちらへどうぞ」
通される先にはシンプルにテーブルとイスとテーブルの上にチェス盤が置いてあった。シンプルに見えるがどれも高級品だ。
「これは凄い」
「お気に召していただけましたか」
そう言ってセシルは先にイスに座り俺にも座るように促す。
「では、失礼します」
俺もイスに腰掛ける。
セシルとの二戦目だ。
俺が先行でボーンを動かして始まる。
「ヴェイン様はどこでチェスを覚えたのですか?」
セシルに尋ねられる。
さすがに前世で学んでいましたなんて言えない。
「家にチェスに関する書物がありまして、それで覚えました」
真実の混ざった嘘をつく。
実は先日のチェス対決の後、セシルが帰った後でチェスに関する書物を見つけたのだ。
俺が学んでいるのも見て、ルーナとアーテリーも興味を持ってくれたがルールを覚えるまではいかなかった。唯一知ってそうな教養のあるエディですら知らなかったくらいだ。この世界では本当に普及していないのだろう。
「だから人と指すのはこの前が初めてです。今日が二回目です」
ある意味本当と嘘が混ざっている。前世では数えきれないくらいやったがこの世界では本当に二回目だ。
「では、経験の差で益々負けるわけにはいけませんね」
今回は中盤まで互角だったが、セシルにいい一手を指されじわじわと追い詰められていった。
「チェックメイト」
そう言うとセシルはニコリと笑った。
「参りました。これで一勝一敗ですね」
前回勝ったので今回は負けたほうがいいのではないかと考えてはいた。
だが今の勝負で忖度は一切していない。どうやら俺とセシルは実力が拮抗しているようだ。
感想戦を終えると、セシルはそのまま連続で指そうとはしなかった。前回もそうだが一日一回なのだろう。
「次は負けませんよ」
「では、またいらしてくださいますか?」
「ええ、セシル様がよろしければ」
「本当ですか。嬉しいです」
セシルの笑顔を見てドキッとした。
「わ、私のチェス友達はセシル様だけですから」
「友達!?」
照れ隠しの俺の友達発言にセシルは驚きの声を上げた。
「友達ですか。そんな人は初めてです」
何気にボッチ宣言だ。色々と引きつれていそうだが。
「セシル様は社交界で色々な方と交流がおありでしょう?」
たしか悪役令嬢セシルはアーテリーと男爵令嬢の他にもモブだが幾人もの取り巻きがいたはずだ。
「いいえ、友人と呼べる仲の人はいません。みんな公爵家の令嬢としての私しか見てくれませんので。心を許せる相手はおりませんの」
少し寂しげにセシルはそう告げた。最上級貴族特有の悩みだった。
「ヴェイン様。私とヴェイン様は友達ですよね」
セシルは俺に尋ねて来る。
チェス友達からチェスが抜けたが気にならなかった。
「もちろんです。セシル様」
「ではこれからは私の事はセシルとお呼びいただけますか?」
上目使いで尋ねて来る。凄く可愛い。
「セシル様が友達に対する口調になって俺をヴェインと呼んでくれるのなら」
俺の言葉を聞いて、セシルは一瞬キョトンとしてから、笑みを浮かべた。
「わかりました。では改めて。私の友達になって頂戴。ヴェイン」
「わかったよ。セシル」
こうして、俺は悪役令嬢と正式に友達になった。友達に正式も何もないような気もするが。
この瞬間は特段深く考えてなかったけど、後々思ったのは悪役令嬢の動向は知っておいたほうがいいだろう。ということだった。
帰り際。目の前でとんでもないオーラの人物が現れた。さっきのオスカーの比じゃない強大さだ。
「ようこそ。我が屋敷へ。スノーク・ルグランジュだ」
我がローゼリア王国の宰相閣下があらわれた。
「さ、さ、宰相閣下」
さすがにビビる。異次元の人との出会いだ。
「緊張するな。今日はただの父親にすぎない。セシルから話は聞いている。またいつでも遊びに来てやってくれ」
なんか偉い気にいられている気がする。普通娘に男友達が出来たら父親は嫌な気持ちになるものじゃないだろうか。
「あの子は同年代の友と呼べる仲の子供がいなかったが君の屋敷に行ってから楽しそうに話をするようになった。ありがとう」
なんかルグランジュ公爵家での俺の評価が大分高い気がする。
「光栄です。閣下」
宰相閣下に挨拶をして今度こそ帰ろうとする。
宰相閣下とは別のオーラを感じた。
「ヴェイン卿。また来てくれ」
「はい。オスカー殿」
オスカーにも見送られた。
こうして、攻略対象と出会った俺は公爵家の人達と知り合い悪役令嬢の友人になって宰相閣下から来訪の許可を得たのだった。
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