第15話 家庭教師?

 その日の放課後、魔法実践を受け持っている臨時講師のフィル・アルフォードに魔法実践の準備室に呼ばれた。


 彼は黒髪に赤い瞳をもつ美青年だ。魔法省のエリートでこちらには週に何度か授業を手伝いに来ている。残念ながら彼が攻略対象だったとさっき思い出したばかりだ。


「何の御用でしょうか?」

 とシャロンが聞くと、


「君のご尊父に頼まれてね。家庭教師を引き受けた。合理的な方のようで、休みの日に家に家庭教師を呼ぶよりも学園の放課後を利用した方がいいとお考えのようだ」


 さすが父だやることが早い。それにシャロンにしてもそのほうが休みの日を有効に使える。だが、彼が攻略対象者だという事がちょっとひっかかった。


「はい、では、よろしくお願いします」

 素直に頭をさげるとアルフォードがにっこり微笑んだ。


「この学園で私は試験問題にはかかわりを持っていないのでそのおつもりで」

 言い方に含みがあって感じ悪い。


 ヒロインのことは贔屓していてしょっぱなからデレていたのに、悪役令嬢はこのあつかい。これでは悪役令嬢がひねくれてしまうのも無理はないのかもと同情する。


「もちろんです、自力で頑張ります」

 悔しさをぐっと堪えて前向きな返事をする。


「しかし、君のように魔力量が多いのに実践が苦手というタイプは珍しいね。別のことにかまけていて、努力がたりなかったんじゃないかな? では、早速始めようか」


 とりあえず彼の綺麗な顔から紡がれる嫌味は無視することにした。さっさとマスターしてしまえば、授業以外で顔を合わすことはないだろう。


 ――ああ、前世は憧れだった攻略対象者が皆嫌な奴になっていく……。



 ♢




 週末に家にかえると父がにこにこ顔で、晩餐にやって来た。

「シャロン、家庭教師はどうかね」

 早速聞かれた。


「お父様、すぐに手配くださってありがとうございます」

「フィルはなかなかいい青年だろう?」

「はい?」

 嫌味な青年の間違いではなかろうか。意味が分からなくて首を傾げる。


「お父様、知り合いだったのですか」

「ああ、将来有望な青年だ。それで気に入ったかね。殿下よりよほどいいだろう」


 新進気鋭の魔法師フィル・アルフォードは父のお気に入りのようだ。


「そういうことだったんですね。今は勉強に忙しくそんな気にはなれませんよ」

 それはアルフォードの方も同じだろう。というか、嫌われている。幸い彼は授業の間にそれを出さないでくれているので助かっていた。さすがはプロだ。


 親心とはいえ、ララびいきの攻略対象者を選んでしまうとは。確かにアルフォードは優秀だが。父にシャロンを押し付けられて迷惑だったのだろう。


 彼は伯爵家の次男だから、侯爵である父の御願いは断れない。アルフォ-ドはアルフォードでいろいろと大変なのかもしれない。

 真剣に勉強して、早くマスターしよう。



 ♢



 幸いアルフォードは優秀な教師のようでレッスンを受け始めて三回目くらいから効果が出始めた。シャロンはほどなくしてコツを掴んだ。


 常に人より秀でてきたシャロンは、苦手なことをやるのが嫌いで、今まで魔法実践など興味もなかったが、やってみると意外に面白い。


 そのうえ、アルフォードが嫌味を言ったのは初日だけで、後は時間を無駄にしないように淡々と教えてくれるので助かっていた。


 しかし、どう考えてもヒロインびいきだし、魔法省のコネにはならない。コネを期待するのは虫が良すぎるようだ。




 それから、アルフォードの課外授業がない時は、毎日のように図書館に通うようになった。


 今まで取り巻きを連れて午後の時間は未来の王妃になるからという凝り固まった妄想のもと社交に勤しんでいたが、結局陰では皆に笑われていたわけで、学舎のティールームを借りて令嬢達を招待して大々的に茶会などを催すなど馬鹿なことはやめた。


 一声かけて令嬢達が集まると、つい自分が人気があるのではと勘違いしてしまうが、皆ソレイユ侯爵家とのつながり欲しさと高級な茶菓子が振舞われるから来ていただけだ。その証拠にお礼の茶会などに呼ばれた事はない。常に主催する側だった。


 乙女ゲームの世界では悪役令嬢はハイスペックだが、何をやってもヒロインには遠く及ばなくていらだちを募らせ、嫉妬し、最終的にいじめに走った。だから、そうならないように、頑張って勉強しようと考えたのだ。


 どうしてもユリウスに対する恋慕は残っているので、気を抜くとララに嫉妬してしまう。


 成績でヒロインを追い越すことは不可能でも肉薄することは出来る。魔法省は難関だが、実践に秀でれば入れるかも知れない。幸い父も教育熱心で勉強出来る環境にある。今から頑張って挽回しようと考えた。



 ♢



 しかし、気持ちが浮き立ったのはそこまでで、寮に戻ると王宮からの茶会のお誘いが部屋に届いていた。

 王妃から、じきじきだ。


「これ、絶対にいきたくないんだけれど……」


 残念ながら断れない。王妃には嫌われている。今まではユリウスの妃になりたいと思っていたから、張り切って参加していたが、無理と分かった今では絶対に参加したくない。


 無駄な努力に時間を割きたくなかった。





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