17:猫を憎む魔女
とうとう、俺以外の仲間たちは全員脱落してしまった。
コシュカの体当たりを受けて倒れ込んだヴェネッタは、その衝撃で腕に擦り傷を負ったらしい。
けれど、その程度の怪我は魔法を使って、一瞬で跡形もなく回復させてしまう。
「世界を救う勇者だからって、笑わせてくれるよね。その勇者クンには、何の力もないっていうのにさ」
「…………」
悔しいが、ヴェネッタの言う通り俺には何の力もない。魔法どころか、素手での戦闘すら勝てないかもしれない。
仲間たちの協力のお陰でこうして杖を手にすることができているが、肝心の魔石を壊す術が無いのだ。
せっかくあと一歩のところまできているというのに、何の手段も思い浮かばない自分が腹立たしい。
そんな俺のところに、ヨルと
「ミャウ」
「ニャア」
「……お前たちも励ましてくれてるのか? ありがとうな」
二匹の頭を順に撫でてから、俺は作戦を考えるために頭をフル回転させる。
力で魔石を破壊することができないとしても、何でもいいから方法を考えなければならない。
みんながここまで必死にバトンを繋いでくれたんだから、俺がここで諦めるわけにはいかないのだ。
「……?」
その時、ヴェネッタの様子がおかしいことに気がつく。
先ほどまでは勝利の余裕があるように見えていたのだが、今はどうしてだか俺の方を睨みつけているのだ。
始めから予想をしていたことではあるが、やはり彼女は、俺個人に対して何らかの憎しみを抱いているように感じる。
「……なあ、ヴェネッタ。もしかして俺は、キミに何かしてしまったのか?」
「ハ? どうしてそう思うの?」
「わからないけど……キミは、俺に対して何か恨みを抱いてる気がするんだ」
恨み、というのが正しい感情なのかはわからないが。少なくとも、プラスの感情でないことだけは間違いないだろう。
現に彼女はそれを肯定しないが、否定をしようともしていない。
俺が気がついていないだけで、俺と彼女の間には何かがあるのかもしれない。
「猫に対しても……どうしてそこまで嫌うんだよ? 最初に言ったけど、キミがこの場所にいるなら、猫を魔獣だなんて扱いにする必要ないじゃないか」
「……何も知らないクセに、わかったような口
「うわっ……!」
あからさまに不機嫌そうに顔を
そのまま近場の木に向かって投げつけられた俺は、抵抗もできずにそこへ激突してしまう。
強くぶつけた肩が痛みを訴えるが、どうにか杖だけは手放さずに済んだ。
「ミャウ……!」
弾き飛ばされた俺の方へ、すぐさまヨルたちが駆け寄ってくる。
魔女の放つ魔法に巻き込まれてしまわないかと心配だったが、二匹は俺の周りを離れようとしない。
「どうしてキミばっかり……」
「え?」
ヴェネッタが何かを呟いたような気がしたが、小さすぎて上手く聞き取ることができない。
眉尻を吊り上げた彼女は、今度は掌から弾丸のように小さな攻撃魔法を次々と放ってきた。
俺より猫たちの方がよほど素早いので、大きな攻撃魔法よりはヨルたちが被弾する可能性は低そうだ。
一方の俺の足は、恐らく同年代の成人男性の平均程度の素早さだろう。
必死に攻撃を避け続けるのだが、数を放たれてしまえばそれにも限度がある。一発が太腿を掠めたことで動きが鈍ると、続けて脇腹を貫かれた。
「グ、っ……!」
痛みというよりも、焼かれたような感覚に近い。杖を支えに膝をついた俺は、片手で脇腹を押さえる。
手元にはぬるりとした血の感触が滑り落ちていき、真っ白な地面を鮮やかに染め上げていくのが見えた。
だが、幸いにも致命傷というほど深い傷ではないように思う。
それでも、この状態で走り回れるほど、俺の身体は頑丈ではない。感じたことのない痛みに、額を冷や汗が伝う。
「ハイ、これでおしまい。抵抗しなかったら怪我なんかせずに済んだのにね」
「ッ……まだ、終わってない……!」
もうゲームは終了したと言いたげなヴェネッタだが、俺はそれを否定する。
打開策があるわけではない。だが、俺はまだヴェネッタに触れられていないのだ。
ルールは生きているのだから、絶望的な状況だとしてもゲームは続いている。
「そんな状態で何言ってんの? どう見たってボクの勝ち以外あり得ないでしょ。ゲームオーバーだよ」
「だとしても、俺はまだ脱落してない」
「ハア……
「認めさせたいなら、俺に触れたらいいだろう。キミが始めたゲームのルールだ」
今の俺では、魔法を使わない彼女からすら逃げ切ることはできない。
だからこそヴェネッタが俺に触れれば、このゲームは完全に終わりを迎えるのだ。それを彼女自身もわかっている。
だというのに、ヴェネッタはなぜか一向に俺に近づいてこようとしない。
(彼女がゲームを終わらせないのは、何か理由があるはずだ。何か……)
俺は必死に痛みから気を逸らして、その理由が何なのかを探ろうとしていた。
目の前には、俺を守ろうとするかのように魔女に立ちはだかる、ヨルと
その背中から周囲へと視線を移して、俺はあることに気がついた。
(……何で……?)
俺たちの周囲には、先ほどまでヴェネッタの攻撃から逃げ回っていた足跡が残っている。
真っ白な地面の上では、特に
魔女の放った攻撃によって、地面にはいくつもの小さな穴が開いている。
俺のつけた靴跡の上には、いくつもその穴が開けられていた。俺を狙い続けていた証拠だ。
けれど、
「……もしかして、猫には攻撃が当たらないようにしてたのか?」
「っ!!」
まさかと思いながらの指摘だったのだが、彼女が息を飲んだのがわかる。
魔女はずっと、猫を憎んで洗脳魔法をかけたのだと思っていた。
けれど、もしも俺の考えが当たっているのだとすれば、彼女の行動はますます不可解なものになってしまう。
「ヴェネッタ、キミは……猫を嫌いなんじゃなくて、本当は猫が……」
「うるさい!!」
まるで感情をそのままぶつけられたように、俺は見えない力で後方へと吹っ飛ばされてしまう。
背中が岩に激突して背骨と脇腹が痛んだが、やはり猫たちは攻撃を受けなかったらしい。自らの足で俺の方へと走り寄ってくる姿が見える。
(こんなの、肯定じゃないか……)
先ほどよりも遠ざかってしまったヴェネッタの表情は、俺からは見て取れない。
けれど、俺の中からはもう、彼女と戦おうという気持ちが無くなってしまっていた。
「どうして、洗脳魔法なんてかけたんだよ……? キミは、猫が好きなんじゃないか」
猫を恐ろしい魔獣だと思い込ませて、人間から引き離そうなんて。どう考えたって、猫が嫌いな人物の仕業だと信じて疑わなかった。
だというのに、俺が目にしているヴェネッタの行動は、まるでその真逆のものなのだ。
攻撃魔法が当たらないようにと、猫のことを考えられるくらいなのにどうして。
そこまで思考を巡らせて、俺はふと
コシュカが木の枝に捕らえられている時、ヴェネッタは確実に彼女のことを脱落させられる状況だった。
そうであるにも関わらず、
あれは驚きと同時に、近づきたくないほどに猫を嫌っているからなのかとも思っていたのだが。
「……まさか、猫アレルギーなのか?」
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