15:魔女狩りと脱落者


 ヴェネッタという魔女を見つけた俺たちは、洗脳魔法を解いてもらうために、彼女の提案した魔女狩りウィッチハントという鬼ごっこをすることになった。

 鬼役を務めるのはもちろんヴェネッタで、俺たちは彼女に捕まらないよう逃げ回らなければならない。

 それに、ただ逃げるだけではこのゲームを終わらせることはできないのだ。


「……あの魔石を壊せる可能性が高いのは、ルジェさんだと思うんです」


 そう。俺たちがこのゲームの中で真に達成しなければならないのは、ヴェネッタの持つ杖についている、魔石の破壊だった。

 すでにシェーラが退場となってしまったのは痛いが、まだ四人残っている。人数だけを見れば、こちらの方が有利なのだ。

 それに、たとえ三人が脱落したとしても、最後の一人が魔石を破壊できさえすればいい。

 一番ダメなのは、魔石を破壊できずに全員が脱落してしまうことだ。


「とはいえ、シェーラの魔法もあっさり弾かれた。真正面から馬鹿正直に向かっていっても、脱落するだけだろう」


「真っ向から勝負するよりも、不意打ちのような作戦を考える方が良いかもしれませんね」


魔女狩りウィッチハントって、鬼に触られたらアウトって考え方で良かったか?」


「そうっスね。とにかく身体のどこかに触られたらアウトで、逆に直接触れられさえしなければセーフです」


 基本的なルールは俺の知る鬼ごっこと同じようだが、直接触られなければセーフということは、防ぐ手段はありそうだ。

 おまけに、今回は魔石の破壊という目標もあるため、武器や魔法の使用も認められている。

 とはいえ、魔法を使えるのはルジェだけなので、実際に扱えるのは武器だけといっていいだろう。


(女の子に武器を向けるなんて気が引けるけど……そんなこと言ってる場合じゃないよな)


 見た目が少女の姿をしているので、つい惑わされてしまいそうになるが。ヴェネッタは、数百年以上もを生き続けている魔女なのだ。

 それに、指先ひとつで簡単に人を転移させてしまえるほどの魔力を持っている。

 普通の少女だと思って挑めば、あっという間に脱落させられてしまうだろう。


「それじゃあ始めるけど、いいかな?」


 ゲームを始める前のハンデとして、作戦会議の時間を与えてくれたのは、ほかでもないヴェネッタだ。

 いきなりスタートさせられて、理不尽に脱落させられる可能性も無いとは言い切れなかったのだが。


(案外、公正なところもあるのかな)


 もしくは、暇つぶしに思いついた遊びを面白くしたいだけかもしれないが。

 俺たちは彼女の方へ向き直ると、準備が整ったことを告げる。


「そ。じゃあ十秒だけ数えてあげるから、全力で逃げなよ」


 そう言うと、背を向けたヴェネッタは宣言通り数字をカウントし始める。

 それを聞いた俺たちは、真っ白な谷の中を一斉に駆け出した。


「へえ、全員でかかってくるかと思ったけど。意外だね」


 あっという間に十秒を数え終えたヴェネッタは、俺たちの方を振り返って楽しげに笑う。

 始めは彼女の言う通り、全員で一気にヴェネッタに飛び掛かって、杖を奪おうと考えていた。

 けれど、不意打ちをしたシェーラの攻撃を、いとも簡単にいなして見せたのだ。その程度のことは読まれているだろうと判断したのは正解だったようだ。


 四方へとバラバラに駆け出した俺たちは、一気に狙いを定められないようにした。

 同じ方向へ逃げ出しては、あっという間に全員が脱落させられてしまう可能性もあると考えたからだ。

 ヴェネッタがまず狙いをつけたのは、彼女の真正面を走るルジェの背中だった。


「魔法を扱えるなら、キミが一番魔石を壊せる可能性が高い。そんな風に考えたでしょ?」


 たったの十秒とはいえ、それを数えた意味がないほど瞬間的に、魔女はルジェの背中へと追いついてしまう。

 伸ばされた腕がその背中を捕らえると思ったのだが、ルジェは振り返りもせずに、後ろ手にその腕を短剣で薙ぎ払う。


「それならば、真っ先にオレを狙えば作戦が総崩れになる。そんな風に考えたか?」


 短剣で傷をつけられるほど、ヴェネッタも動きが鈍いわけではない。

 だが、短剣を避けて僅かに生まれた隙に、ルジェは氷の魔法を使って彼女の両手を凍らせてしまったのだ。


「手が使えなければ、魔女狩りウィッチハントは成立しない。大人しく杖を……!」


 対象に素手で触れることが、魔女狩りウィッチハントの捕獲条件だ。だからこそ、その手を封じられてしまえば、彼女は俺たちを捕まえることができなくなる。

 ヴェネッタの手から杖を奪い取ろうとしたルジェだが、彼女は焦る様子もない。

 その反応で何かに気がついたルジェは、ほぼ反射で後方へと飛び退いた。


「ぐあっ……!!」


 だが、それでも間に合わなかったようだ。凍っていたはずのヴェネッタの手元が赤く光り、次いで大きな爆発を見せた。

 爆風によって飛ばされたルジェは、大きな岩場に背をぶつけて倒れ込む。

 爆発で手元を覆っていた氷が砕け散ると、魔女は動きを確かめるように手を握ったり開いたりしていた。


「普通の魔女狩りウィッチハントなら、完封だったかもしれないね。だけど、ボクも反撃をしないとは一言も言ってないよ」


「ッ……やはり、この程度の魔法では効かんか」


 今のやり取りで、ほんの三十秒にも満たない。たったそれだけの時間で、圧倒的な力の差を見せつけられたような気がした。

 本気を出せばあっという間に決着がついてしまう。

 それではゲームが面白くないからと、ヴェネッタは全力を出して魔法を使うことはしていないのだ。

 だというのに、ここまで差があるものなのか。


「やっぱり、人間の考える作戦はボクの想像を超えてくれそうにはないね。キミはそこそこ魔力の器があるみたいだから、少しは楽しめるかと思ったんだけど」


 そう言いながら、ヴェネッタはルジェに触れようと腕を伸ばす。

 だが、その両腕は背後から伸びてきた二本の腕によって掴み取られてしまった。

 ルジェとのやり取りに紛れて、気配を消したグレイがすぐ真後ろまで近づいていたのだ。


「落胆すんのはまだ早いぜ? いくら魔法が使えたって、接近戦になりゃオレの方が間違いなく強ェ!」


「ちょっと、汚い手で許可なくボクに触らないでくれるかな?」


「ハッ、ご不満なら振り解いてみたらどうだよ?」


 グレイの挑発にも乗らないところを見ると、どうやら予想は当たっていたようだ。

 ヴェネッタは確かに強大な魔力を持つ魔女かもしれないが、その力はあくまで魔法あってのものだ。

 生身の身体は見た目同様で、グレイの力には敵わないのではないかと考えた。


 グレイはヴェネッタの両腕を捕らえているので、拘束以上のことはできない。

 だが、目の前にはルジェがいる。杖さえ奪ってしまえば、魔石を破壊することができるのだ。

 一番目につきやすい彼女の真正面にルジェを配置したのは、そうした狙いがあったからだった。

 彼女にとって一番排除しておきたいのは、魔石を破壊できる可能性のあるルジェだと思ったからだ。


「魔力の差など最初から承知している。オレ一人で貴様に勝とうなどとは、始めから考えていない」


 立ち上がったルジェは、今度こそヴェネッタの手から杖を取り上げることに成功した。

 魔石を破壊するために魔法で風を集めようとしたルジェだが、どうしてだかそこで動きを止めてしまう。


「ルジェさん……?」


「何やってんだよ、さっさとその魔石ブッ壊して……ッ!?」


 その姿を怪訝そうに見ていたグレイだが、突如として魔女との間に生じた衝撃波によって身体を吹き飛ばされてしまった。

 俺は何が起こったのかわからず、グレイの傍へと駆け寄る。

 身体を地面に叩きつけられた衝撃で、上手く息が吸えていないようだった。


 一方のルジェは、杖を片手に持ったまま困惑した表情を浮かべている。

 状況が理解できていない俺たちとは異なり、ヴェネッタだけが楽しそうに口元を歪めていたのだ。


「どうして魔法が出せないんだ、って顔をしてるね。当然だよ。この空白の谷はボクが作り上げた空間なんだ。足を踏み入れた者は、その瞬間から少しずつ魔力が奪われていくんだよ」


「な、んだと……?」


「この場所自体、魔力で溢れてるからわからないよね。だけど、御覧の通り。キミの中の魔力はもう空っぽなんだ。もうそよ風だって吹かせられやしない」


 魔法が使えなくなるなんて思っていなかった俺はもちろん、ルジェも予想外だったはずだ。愕然とした表情が、その心境を物語っている。

 そんなルジェの手元から、ヴェネッタは意気揚々と杖を奪い返そうとしていた。

 けれど、それを阻止したのは木の上から飛び降りてきた影だ。


「申し訳ありませんが、これはお返しできません」


「ふうん、キミは随分と身軽なんだね」


 猫のようにしなやかに、地面へと着地して素早く距離を取ったのはコシュカだ。

 手にした杖を高く掲げると、それを岩目掛けて叩きつけようとしている。

 その姿を見た魔女は片手を挙げて、コシュカに向けて突風のような魔法を放った。杖を使わなくとも、魔法を扱うことができるのか。


「コシュカ……!」


 いくら身軽なコシュカでも、あれを避けることは難しいだろう。

 そんなコシュカを身をていして守ったのは、一番距離の近いルジェだった。彼女を突き飛ばした代わりに、突風の直撃を受けてしまう。

 倒れ込んだルジェは低くうめき、今度こそ起き上がることができないようだった。


「そんな、ルジェさん……!」


「っ……気にするな、民を守るのもオレの役目なのだからな」


「格好つけてるけど、キミはもうおしまいだね。ザンネン」


 そう告げる魔女は、ルジェの目の前へと歩み寄っていた。彼女の手は今度こそ、ルジェの身体に触れる。

 すると、シェーラの時と同じように現れた濃霧が、彼の身体を包み込んでいく。


「ルジェさん……!」


「最後まで役立てず済まない、ヨウ。絶対に魔石を……」


 紡がれた言葉尻は、その姿と共に霧の中へと消えてしまった。

 シェーラに続いてルジェまでもが、脱落者となったのだ。

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