04:勇者VS勇者
話によれば、あのセルスという男は、カフェで寝泊まりをしているらしい。
他の人間のいる時間帯に動くのは得策ではないので、奇襲を仕掛けるとすればメイドがいなくなる夜だ。
隠れ家に通っているということは秘密なので、コシュカは一度帰宅をさせることにした。
団体行動は目立つ。グレイとルジェはそのまま隠れ家で待機してもらい、俺とシェーラで夜を待ってカフェへと向かうこととなった。
「兵士たちの巡回ルートは把握済みだ。見つかることはないだろうが、町の人間が出歩いていないとも限らない。用心はしておけ」
「はい。手助けしてくれてありがとうございます、シェーラさん」
「礼は不要だ。本来ならば貴様に頼らずとも、我々の力で解決しなければならない事案なのだからな。……それにしてもあの男、本当に何者なのか」
「洗脳までした上にわざわざ勇者を名乗るってことは、何かしらの目的があるってことですよね」
「そうだな。だが、以前の商人のようにカフェや猫が目的ではないことは確かだ」
シェーラの言う通り、セルスがなぜ勇者を名乗るのか、その目的がはっきりしていない。
グレイによれば、猫には興味が無いらしいし、カフェを乗っ取って経営するというわけでもなさそうだ。
他に勇者を名乗る利点があるとするなら何だろうか?
「お金……ですかね? 俺も国王陛下から援助していただいてますし」
「それは貴様が経営するカフェに、バダード様が感銘を受けられたからだろう。勇者だからというだけで、何もかもを援助をするわけではない」
そうなると、いよいよ思いつく理由が無くなってくる。
単に勇者という肩書きで褒められたいだけの人間、という可能性もあるのかもしれないが。
そうこうしているうちに、俺たちは誰にも見つからずカフェの傍まで到着することができた。
久々に見るカフェに、思わず感極まってしまいそうになる。
「……バン……!」
カフェの外には、
俺の声に気がつくと、大きな身体が僅かに膨らんだのがわかる。
思わずその身体に全身を埋もれさせると、本当にカフェに戻ってくることができたのだと実感できた。
バンからは、俺に対する敵意も感じられない。人間たちは洗脳されてしまっているが、猫には洗脳魔法の効果は無いのかもしれない。
「少し、毛並みが荒れてるな。すぐにでもブラッシングしてやりたいけど、今は時間が無いんだ。ごめんな」
「ブミャア」
シェーラの言っていた通り、猫たちの世話をしてくれてはいるようだが、メイドたちはあくまで国王からの命令を受けて義務としてやっているのだ。
以前とは異なり、親しみや愛情を持って接してくれているわけではない。こうしてバンに触れただけでも、手入れが行き届いていないことがわかる。
「おい、そんなことをしている場合ではないぞ。他の者に見つかる前に、目的を果たさなければここへ来た意味が無くなる」
「はい、わかってます」
名残惜しさを感じたが、シェーラの言う通りだ。
バンから離れた俺は、マスターキーを使ってカフェの中へと静かに足を踏み入れた。
カフェの中は外からも見やすい造りになっているので、人影もなく電気がすべて消えていることがわかる。どうやら男はもう眠っている時間なのだろう。
しかし、夜行性の猫たちは違う。俺が帰ってきたことに気がつくと、モフモフの大群がわらわらと足元に群がってきた。
「ただいま。お前たちも俺のこと忘れないでいてくれたんだな」
この店で産まれた
背中や腹へとよじ登ってくる数匹の
猫たちの熱烈な出迎えを受けた俺は、カフェの中の様子を見回しつつ、足音を忍ばせて部屋の奥へと進んでいく。
勝手知ったる我が家なのだ、目的の人物がどこにいるかは大体見当がつく。
このカフェの中で眠るとすれば、俺の部屋かグレイの部屋のどちらかだろうと踏んでいたのだ。
案の定、俺の寝室の中を覗いてみると、そこにはいびきをかいて呑気に眠る男の姿があった。
ここで待てというように片手で合図をしたシェーラは、素早く室内へと入り込む。そして、男の喉元に短剣の切っ先を当てるとようやく男が目を覚ました。
「なっ……な、何だ……!? お前、強盗か……!?」
「強盗ではないが、騒げばこのまま貴様の喉元を掻き切ってやるぞ」
「何が望みだよ!? 金か!? 俺はこの国の国王に認められた勇者……ッ」
状況を把握できないまま動揺していた男だが、俺の姿を見て言葉を途切れさせる。
俺たちがこの場所に来た意図を察したのだろう。先ほどまでとは打って変わって、表情に余裕が現れたのがわかる。
「……誰かと思えば、偽物の勇者サンが俺の寝首を掻きに来たのかい? 勇者を偽る男の考えることは恐ろしいねえ」
「偽ってるのはアンタの方だろう。どうやってこの町の……いや、この国の人たちを洗脳したんだ?」
「洗脳? 何のことだかさっぱりわからねえなあ」
眉を
「なら、どうして突然この町にやってきたんだ? 何の目的があって勇者を名乗る?」
「どうしてって、俺は言い伝えの勇者だぜ? それを偽者が名乗って好き勝手やってると聞いたんで、間違いを正すためにやってきたに決まってるだろ」
「間違いって……なら、アンタが本物の勇者だって証明する方法はあるのか?」
「証明も何も、俺は本物の勇者だよ。現に町の住人たちだって、俺が勇者だって言ってるんだ。どう考えても偽者はそっちの方だろう? 第一、本物の勇者なら投獄もされないし、ましてや脱獄なんかしないだろうぜ」
刃物を突き付けられているというのに、セルスは自分が正しいと信じて疑っていない。
思い付きで悪事を企てている人間であれば、自分の命が危険な状況ならば、その場しのぎでも己の非を認めるか命乞いでもするのではないだろうか?
「なら、もうひとつだけ。……アンタは、異世界から来たのか?」
「……ああ、うん。……そうだよ」
「そうか。……シェーラさん、行きましょう」
その答えを聞いて、俺はそれ以上の質問は無意味なものだと悟った。
シェーラは不服そうだったのだが、危害を加えたくてやってきたわけではない。俺たちはカフェを出て元来た道を引き返していく。
「良かったのか? あの男の後ろに黒幕がいるとなれば、もっと尋問すべきだったのでは」
「多分、無意味だと思います」
「なぜだ?」
「恐らく……彼も洗脳されているからです」
確証があったわけではないのだが、男は自分が本物の勇者だと確信している様子だった。
さらに、異世界から来たのかという質問に対しては、どこか
言い伝えの勇者だと絶対の自信を持っているというのに、異世界から来たとはっきり言い切れないのは、異世界の記憶が無いからなのではないだろうか?
「俺の推測に過ぎないですけど。シェーラさんたちも、セルスが魔法をかけた張本人ではないって考えてるんですよね? セルスも洗脳されていると考えれば、彼自身から明確な目的が見えない理由も納得がいくと思うんです」
「なるほど……あの男もまた、今回の件の
「武器を向けられていたとはいえ、魔法で対抗してくることもなかった。……それに、黒猫がいませんでした」
「黒猫?」
カフェに踏み入った時、そしてあの男がいた俺の寝室の中。
カフェの猫たちの姿は覚えているが、町で会った時にセルスが抱いていた黒猫の姿は、どこにも見当たらなかったのだ。
外に散歩に出ていたという可能性もあるが、あの男が洗脳されていると考えると、あの黒猫にも何らかのトリックがあるのかもしれない。
魔法を使って作り出された猫か、あるいは別の何かか。
「セルスも操られていると考えた方がいい。彼から情報が得られないとなると、洗脳魔法を使えそうな人間を探す方が、解決の近道になると思います」
「確かにそうだな。これだけの強大な魔法だ、扱える人間の数は絞られてくるだろう。さっさと首謀者を見つけて、このくだらない事態を収拾させてやる」
念のために、セルスに尾行されていないか注意をしつつ、俺たちは隠れ家へと戻っていった。
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