11:次なる目的地


 翌朝。特に二日酔いになるようなこともなく、俺はすっきりとした目覚めを迎える。

 女子二人は早起きだったようで、俺たちが部屋を出る頃には、すっかり支度を済ませた状態でリビングで寛いでいた。

 グレイとギルドールよりは早起きだったのだが、やはり酒が入っていた分、多少なりとも影響はあったのかもしれない。


 身なりを整えて、グレイが作ってくれた朝食を済ませてから、俺たちは次の目的地を決めるための作戦会議を行っていた。

 一番確率が高いだろうと思われていた、暗闇の洞窟がハズレだったこともあり、捜索は振り出しに戻っている。

 フェリエール王国の地図を広げて、可能性がありそうな場所はどこだろうかと話し合っていた。

 人通りが多く、確実に排除して良さそうな場所には、赤ペンでバツ印を付けていく。


「……ギルドールさん。この場所は、一体どういう所なのですか?」


 そう言ってコシュカが指差したのは、他とは違い、なぜか真っ黒に塗り潰された場所だ。

 そこはギルドールが塗り潰したわけではなく、地図自体が元々そのように描かれていたようだった。

 明らかに何かがあるのだろうと思われるそこを、ギルドールはすぐに首を振って否定する。


「そこに薬草は無いだろうよ」


「見てもねえのに、何でわかるんだよ?」


「その場所は『死の森』って呼ばれてる。昨日の洞窟も未知の場所だったが、その森は生きて帰った者がいないとまで言われてんだ。そんな場所に、治療のための薬草があるかね」


 確かに、死とまで言われているような場所に、治療薬となるような薬草が生えることはないのかもしれない。

 しかし、簡単に手に入らないという薬草でもあるのだ。人間が足を踏み入れない場所にこそ、生えている確率は高いのではないだろうか?

 だとすれば、死の森などまさに人に見つかりにくい、穴場だともいえるはずだ。


「暗闇の洞窟では魔獣だけだったからいいが、この森の危険度はかなり高いぞ。盗賊がどうだとか、そんな段階の話じゃあない。正直、ここを探すくらいなら別の場所を探す方がいい」


「……けど、絶対にそこに無いとも言い切れないですよね」


「それは、まあ……言い方を変えりゃあそうなるが」


 命を落とす危険のあるような場所には、わざわざ行く必要はないのかもしれない。

 薬草が無いという確証もないが、あるという確証だってないのだから。

 それでも、たとえ微々たる可能性でも存在しているとすれば、俺にはそこに行かないという選択肢がない。


「……ヨウって、どうしてそこまで必死になるの? 猫アレルギーになったのって、他人の子供なんでしょ? 家族とか、大事な友達のためだっていうならわからなくもないけど」


 そう言ったのは、シアだ。彼女の抱いた疑問は、同時にギルドールが感じた疑問でもあるのだろう。同じように、なぜそこまでするのかという瞳を向けられる。

 そう問いかけられてみれば、彼女たちが理解できないというのもわかる。

 言ってみれば赤の他人のために、命を賭けようというのだから。普通の人間のすることではないだろう。


「……自分のため、なのかもしれない」


「自分のため?」


 俺の落とした呟きに、シアはますますわからないという顔をする。

 膝の上で丸くなるヨルの背中を撫でながら、俺はかつての自分の姿を思い出していた。


「少し前までの俺は、どれほど望んでも猫に触れられない世界にいたんだ。こんな風に近づいたりしたら、それこそ死に直結するくらい酷いアレルギーだった」


 今はこの世界に来て、アレルギーとは無縁の生活を送ることができている。

 ヨルにも思う存分触れられるし、カフェにいる猫たちにも、好きなだけスキンシップができる幸せな世界だ。

 けれど、自分だけが良ければそれでいいのだろうか?


「俺はいつかこの世界を、人と猫が共存できる場所にできたらと思ってる。それなのに、猫アレルギーに苦しんでいる人を放っておくのは、俺が望むのとは真逆のことをしてるんじゃないかと思うんだ」


「猫アレルギーは、ヨウのせいじゃないのに?」


「俺のせいでもあるんだ。だって、元々この世界の人たちは、俺が来るまで猫に近づいてこなかった。それを俺が変えてきたんだから、その責任はあるよ」


 この世界に来た時の俺は、自分の理想ばかりだった。その弊害へいがいがこんな形で現れるなんて、考えてもみなかったのだ。

 理想を語るばかりで、現実の問題から目を背けるわけにはいかない。


「もしも俺がこの世界に来た意味があるとすれば、猫だけじゃない。俺自身がその苦しみを知るからこそ、そういう人たちのことも救いたいんだ」


 自分一人の力ではどうにもならないのだ。身の丈に合わない願いかもしれないし、単なる偽善かもしれないけれど。

 どちらか一方だけじゃダメなんだ。


「……フーン。ただの猫好きの変わり者だと思ってたけど、案外しっかり考えてるのね」


「そりゃあ、何も考えずにこんなことにみんなを巻き込んだりしないよ。手伝ってくれて、ありがたいと思ってる」


 俺の言葉を聞いていたコシュカとグレイは、そんな俺の考えをよく理解してくれているようで、その表情は柔らかい。


「単なる変わり者だったとしたら、オレらだって隣国まで着いてきたりしてねーし」


「そういうヨウさんだからこそ、私たちも全力で協力しているんです。なので、ヨウさんが行くというなら、反対する理由がありません」


「お熱いねえ。けど、お前さんみたいな奴は嫌いじゃないよ。そこまで言うんなら、死の森も探索してやろうじゃないの」


 そう言ったギルドールは、地図の黒く塗り潰された箇所に、大きな赤丸をつけた。

 命の危険が伴う上に、確証もない選択肢だというのに。みんなが俺の意見を尊重して、協力しようとしてくれている。

 とはいえ、生きて帰った者はいないとまで言われている場所なのだ。準備はしっかりしておかなければならないだろう。


「ギルドールさん、武器以外に必要になるものはありますか?」


「そうだな、出発前に色々と揃える必要はある。リストにして書き出して、オレが町で買ってきてやるよ」


「ありがとうございます」


 外套を身に着けてフードを被れば、顔がバレることはないだろう。それでも、不要なリスクはなるべく避けられるに越したことはない。

 一人働かせてしまうギルドールには申し訳ないが、彼の申し出に素直に甘えることにした。

 一方で、死の森ということで、今度こそシアは外れるべきだと考えていたのだが。


「アタシだって行くに決まってるじゃない! 人の立ち入らない森なんて、絶対に珍しい物があるに決まってるもの。ダメって言われても勝手に着いてくから」


 この調子で聞き入れてくれそうにないので、結局今回もまた、シアも同行することとなった。ただし、少しでも危険だと判断すれば、二手に分かれて引き返させることにする。

 シア自身には伝えていないが、俺とギルドールで内密に話し合っての結論だった。


 危険といえばもう一人。いや、一匹。ヨルも同行させるのは、危険かもしれないと思ったのだが。

 一匹だけでギルドールの家に置いていく方が不安が大きかったので、ヨルも連れて行くことにした。俺のいない間に、うっかり兵士にでも見つかったら大変だ。


 そうしてギルドールが揃えてくれた荷物をまとめて、俺たちは死の森へと出発することにした。

 恐怖が無いといえば嘘になるが、一度は死んだ身だ。それに、俺には心強く頼もしい仲間たちがいる。

 それを思えば、死の森に挑むことも難しくはない気がしていた。

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