10:女子会&男子会


 期待は大きかったにも関わらず、暗闇の洞窟では結局、薬草を見つけることはできなかった。

 悪魔猫デビルキャットという新たな種類の猫を見つけられたというのは、俺にとっては収穫でもあるのだが。


(それでも、目星の付け方は悪くないはずなんだ。普通の場所に生えている薬草なら、とっくに誰かが入手しているはずなんだし)


 町では引き続き兵士を警戒しなければならないことや、魔獣使いとして顔が知れ渡ってしまったこともあって、俺たちはギルドールの家で世話になることになった。

 俺たちだけではなく、なぜかシアもそのままギルドールの家に着いてくる。どうやら一緒に泊まるつもりのようだ。


「シアの保護者代わりみたいなものだって言ってましたけど、懐かれてるんですね」


「あー……まあな。正確には保護者に任されてる、って方が正しいんだろうが」


 やはり親しい間柄ではあるようだが、ギルドールが言葉を濁す。コシュカやグレイの生い立ちを聞いたこともあるので、それ以上深く突っ込むようなことはしなかった。

 二人にだって、他人には簡単に話せないような事情もあるかもしれない。

 薬草探しに協力してくれているとはいえ、他人が立ち入ってはならない領域は存在するだろう。


 ギルドールの家は散らかっているものの、一人暮らしの割に部屋数は余っているようだ。

 全員で雑魚寝ざこねというわけにもいかないので、男女で分かれることとなった。

 帰り際に買ってきた食糧で夕食を済ませたら、後は自由時間だ。


 シアは通い慣れているのか、我が物顔で部屋の中を歩き回っている。どこに何があるのかも大体把握しているらしく、それに対してギルドールが何かを言うこともない。

 入浴を済ませたシアは、今はツインテールだったピンクの髪を下ろしている。


「ギル、こっちの部屋は男子禁制なんだから入っちゃダメよ! いいわね?」


「ガキが何してようが覗く趣味はねえから心配すんな」


「そのようなご趣味があるのなら、早めに言っておいてください。野宿の方がマシになるので」


「平手の威力もなかなかだったが、あの嬢ちゃん結構キツいな?」


「アハハ、慣れるとそうでもないですよ」


 コシュカもシアに乗っかっているだけで、半分は冗談で言っているのだとわかる。

 ギルドールもそれを本気で受け止めてはいないようで、奥の部屋へと消えていく二人の背中を笑いながら見送っていた。

 そこにヨルもついていくので、自由に出入りができるよう、部屋の扉は完全には閉め切られていない。


 最初は、コシュカとシアでは性格が合わないのではないかと、心配する部分もあった。

 けれど、暗闇の洞窟でも悪魔猫デビルキャットを前に、二人が仲良く言葉を交わしていたのを見ている。

 実際、扉の隙間から漏れ聞こえてくる声はとても楽しそうだ。

 淡々とした性格のコシュカと、高飛車なシアでは正反対に見えるのだが、案外相性は悪くないのかもしれない。


「お前ら、酒は飲めんのか?」


 俺たちも特にやることがないので、早めに寝ようかと思っていたのだが。

 家主から発されたのは、思わぬ質問だった。その手には、酒瓶らしきものが握られている。


「俺は飲めますけど……」


「オレも飲めっけど、オッサン酒飲んでいいのかよ?」


 俺はとっくに飲酒可能な年齢を超えているし、グレイもハタチなので酒は飲めるようだ。

 しかし、グレイの指摘通りギルドールは酒を飲んでも良いものかと疑問を抱く。

 酒場で初めて会った日も、その翌日も、彼はアルコールを口にはしていなかったのだ。

 それは医者という職業柄、いつ急患が入っても良いように意識してのことだと推測されていたのだが。


「別に禁酒してるわけじゃねえんだ、オジサンもたまには飲むんですよ。飲めるんだったら、少し付き合え」


 そう言われてしまえば、断る理由もない。

 俺たちはテーブルを囲むように座ると、ギルドールが持ってきてくれたグラスを手に、酒を注いでもらう。

 乾杯の合図と共にグラスに口をつける。ほのかに甘い果実の香りがする、あまり度数の高くない酒のようだ。


「……美味しい」


「だろ? コレな、お前らが採ってきた果実を原料に作られてるモンなんだよ」


「国で管理してるって言ってましたよね?」


「ああ、この国だけで造られてる特別な酒でな。高価なんで滅多に手に入らないんだが、コイツは特別に譲り受けたモンだ」


 珍しい果実なのだとは思っていたが、酒の原料として栽培されているものだったとは。

 元の世界で飲んだことのある、カシス系のカクテルにも似ている。だがそれよりも甘すぎず、かなり飲みやすい酒だと思う。


「どうせなら、何かつまみ欲しいっスね。オッサン、キッチン借りていいか?」


「別に構わねえが、そういや酒場で働いてたって言ったな。料理できんのか」


「腰抜かすほど美味いモン作ってやるよ」


 ニンマリとした笑みを浮かべて、グレイはキッチンの方へと足を向ける。

 彼の腕の良さは俺が一番よく知っているので、つまみの到着を楽しみに待ちながら、ちびちびと酒を舐めるように味わう。


「本当は、こんな風に酒なんて飲んでる場合じゃないんですけどね。一日でも早く治療法を見つけて帰らないと」


「子供が魔獣アレルギーなんだったか。まあ、少なくとも今すぐ命を落とすような状況ではないんだろ?」


「はい。けど、俺も以前はこのアレルギーをわずらってたんです。だから、そのつらさは一番よくわかってる。少しでも早く、治してやりたいんです」


 猫にさえ近寄らなければ、症状が出ることはない。けれど、これは症状が出るかどうかの問題ではないのだ。

 猫が傍にいる生活を知ってしまった以上、それを遠目に眺めることしかできない日常は、どれほどつらいものだろうか。

 もしかすると、物心ついた頃から猫アレルギーだった俺よりもずっと、アルマはつらい思いをしているのかもしれない。そう思うと、居ても立っても居られなかった。


「お前さんは、どうやって完治したんだ?」


「それが……俺にもわからないんですよね。俺は、別の世界からやってきたんですけど……って、そういえばこの話はしてなかったですね」


「別の世界から……聞いたことがあるな、言い伝えの勇者がどうのって。実在するとは思ってなかったが、お前さんのことだったのか」


「この国でも、その言い伝えは共通なんですね」


 もしかすると、ルカディエン王国の中だけでの言い伝えなのかと思っていたが。どうやらこのフェリエール王国にも、同様の言い伝えが存在しているらしい。


「まあ、焦る気持ちもわからんでもないが。焦りすぎも禁物だ。明日見つかるかもしれないし、空振りかもしれない。今日くらい酒を飲んで息抜きしたって、バチは当たらねえだろうよ」


「……ありがとうございます、ギルドールさん」


「お待たせしましたー、オレ特製のクソウマつまみです」


 そんな話をしているうちに、グレイが皿を持って戻ってきた。そのネーミングセンスはどうかと思ったが。

 皿の上にはチーズやドライフルーツらしきものが乗せられており、別の皿にはチャーハンのように見える炒めた飯がいい匂いを漂わせている。

 夕飯は済ませたはずなのだが、俺の胃袋はまだ余裕があるぞと訴えてくる。


「お、なんだ。雑な男飯かと思っちゃいたが、結構本格的だな。どれ」


「そりゃあ金取ってんだから当然だろ。店長も、冷めねえうちにドーゾ」


「ありがとう、いただきます」


 興味を示したギルドールが、早速皿に手をつける。食欲をそそるガーリックのような匂いに、俺も続いて手にしたスプーンを皿へと伸ばした。

 味は言うまでもなく美味い。さすがはグレイだ。

 ギルドールもその味を気に入ったようで、酒を飲み進めながら、あっという間に皿の上は空になっていた。


 ギルドールは飲めないというわけではないらしいが、控えめな飲み方をしていた。

 グレイはといえば、酒にはどうやら弱いらしい。あまり度数は高くないはずなのだが、気づけばあっという間に酔い潰れてしまう。


(何か、楽しいな)


 そういえば俺は、この世界に来てから初めて酒を口にしたと思い出す。元の世界でも、それほど酒を飲む方ではなかった。

 どちらかといえば、会社の飲み会は嫌いだったし、楽しいと思ったことなど記憶にない。

 飲み会は単なる義務で、人付き合いを円滑にするための手段でしかなかったのだ。

 けれど、こうしてテーブルを囲んで二人と飲む酒は、素直に楽しいと思えた。


 初めてこの世界にやってきた時は、色々と不安もあったはずなのに。

 気づけばこうして、楽しく酒を飲んで話ができる仲間もできていた。元の世界の俺にはきっと、あり得なかったことだと思う。


「ほら、グレイ。こんなトコで寝たら風邪ひくから、せめて布団に移動するぞ」


「てんちょお~、オレはまだ寝てねえっス」


「はいはい、ならしっかり歩いてくれよな」


 抗議の声を上げるグレイだが、呂律ろれつは回っていないし足取りもおぼつかない。

 そんな彼の身体を支えて、どうにか辿り着いた布団に寝かしつけると、俺も隣の布団に入って横になる。

 ギルドールはもう少し一人で飲むと言っていたので、俺たちは先に眠ることにした。

 そこに、小さな足音が聞こえて、閉じかけていたまぶたを持ち上げる。


「……ヨル、向こうにいたんじゃなかったのか?」


「ミャア」


 俺の顔のすぐ横に、ヨルが冷たい鼻先を近づけてくる。

 耳を澄ませても、人の声は聞こえてこない。どうやらコシュカたちも、もう眠りに就いたようだった。


「ん、おいで」


 俺はヨルの頭を撫でると、掛け布団を持ち上げて中へと招き入れてやる。

 いつもと布団が違うからか、匂いを嗅いで悩んでいる様子のヨルだったが、やがて大人しく布団の中に入ってくる。

 ゴロゴロと喉を鳴らす音が心地よい。ヨルが一心不乱に布団をふみふみとする様子を眺めるうちに、俺は眠りに落ちていたのだった。

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