#3:窃盗の末路

 結局、一睡もできなかった。

 あの後、俺は住宅街を抜け、ドラゴヘイムに降り立った最初の場所である、町はずれの小さな墓の前に戻ってきていた。そこしか行く当てがなかったのだ。

 野宿をする羽目になった。青々とした草原の上に寝転がって、最初は案外寝られそうだと思っていたが、すぐに駄目だと分かった。

 まず、地面が固い。背中がすぐに痛くなった。実家の布団だって硬い煎餅布団だったのだが、布団が敷かれているだけマシだったわけだ。

 そして寒い。日が沈んで空気が冷たくなった。潮風が吹くと体がべたついて気持ちが悪い。加えて、地面に寝転がると体の熱が地面へと奪われていく。横になるのを諦めて、近くの木々の枯葉を集めて、それを座布団代わりに座って眠ろうとしたが、それでも駄目だった。

 だが、一睡もできなかった本当の理由は、地面の硬さでも寒さでもない。

 あのとき、見た光景が頭にこびりついて離れない。浮浪者の女が、あんな状態で、売春に及んでいたという事実が重くのしかかって、お腹のあたりがきりきりした。

 リバブバルでは売春を禁止していると聞いていた。その禁令の効果は、リバブバルの領地内であるレムナスにも当然波及している。だが、ひとつにはここが辺境だというのもあって、あまりきちんと売春禁止が徹底されていないらしい。

 あるいは、路上での売春はそもそもこの世界では売春に含まれないとか、そういうカラクリでもあるのか。

「……………………」

 どのみち、ああなったら終わりだ。

 稼ぐ手段を完全に失ったら、明後日、いや明日にでも俺はあの女性と同じ運命をたどることになる。

 酒場のマスターに誘われてはいるのだが……。路上でするのも娼館でするのも、とどのつまり売春、あの汚らわしい行為なのは変わらない。

「………………くそ」

 東の空が白み始め、朝がやってくる。

 立ち上がり、軽く屈伸、しようとした。

 だが、

「う、わ…………」

 膝を少し折ろうとしたところで、体がふらついた。

 足に力が入らず、膝が震えていた。

 目の前がかすむ。喉がカラカラになって、つばひとつ出ない。

 これは…………。

「あまり猶予はない、か……」

 人間は一週間くらいなら水だけで生きられるという。何も口にしなくとも、三日くらいは持つとも。だから三日だ。三日くらいはやり過ごせると思っていた。

 だが、もともと、ドラゴヘイムに来た時点から酷い空腹だったのだ。限界がすぐに来るのは当然の結末だった。

 決断のときは、刻一刻と迫っている。

 もし窃盗をするなら。

 市場から食べ物を盗むなら、今しかない。

 これ以上体が弱ると、真っ先に足に支障をきたしそうな予感があった。そうなればものを盗んだ後で逃げることがままならなくなる。そうなる前に、盗みをはたらく決断が必要とされた。

 やるならさっさとしよう。

 この飢えを何とかしないと、まともな思考能力も奪われてしまいそうだ。

 丘の上から、朝日に照らされるレムナスの町を見て、決断した。

 これから、俺は不法を働く。



 実のところ、盗みをはたらく場合の計画は昨日の時点で練っていた。市場から住宅街までのルートで、人の目に触れづらい裏路地のルートは抑えてある。後は俺の体の運動能力に期待するだけだ。

 市場は今日も今日とて活気に満ちている。人ごみに紛れながら、俺は店を物色した。

 盗むなら何を取るべきか。魚は……だめだ。いくら鮮度がよくても、生ものをこの世界で食べる気にはなれない。同じ理由で、青物も避けようと決めた。青物屋には見たことのない野菜がうじゃうじゃ置かれていて、正直その見た目の奇妙さと新奇さだけでもう避けたい気分だった。他にも見た目には俺の知っているリンゴやオレンジのような果物も置かれているが……これが俺の知る果物と同じとは限らない。リンゴだと思って食べたらやたらに酸っぱかったり辛かったりするかもしれない。そういうハズレを引くのは避けなければ。

 そう考えると、狙い目はやはり調理済みの軽食を売る屋台だろう。あれならば、食べても大丈夫なのがはっきりしている。

 屋台の位置と逃走ルートを検討しつつ、目をつけたのは串焼きを売る屋台だった。何の肉を焼いているのかは定かではないが、焼ける肉の匂いは美味そうで、空腹をくすぐる刺激があった。人だかりもほどよくできているし、あの店がいいだろうと狙いをつけておいた。

「へいらっしゃい!」

 おあつらえ向きに、今日も店員はひとりしかいない。そしてその店員も買い物客を捌くのに手いっぱいで、調理済みの置いてある串焼きに注意が向いていない。

「ちょっと、兄さん」

「はいよ!」

 店員の注意が、また別の客に逸れた。

 …………今だ。

 その隙をついて、串焼きを一本拝借する。本当は一本と言わず三本くらい欲しかったが、欲張りは失敗の元だ。今は一本で我慢する。

 慌てて逃げると怪しまれかねない。俺は屋台に背を向け、そっと走らず歩いてその場を後にする。

 人ごみに紛れて、俺の姿がおそらく串焼きの屋台から見えなくなっただろうタイミングを見計らって、全力で奪取した。

 あとはもう、ひたすら走った。

 人にぶつからないよう気をつけながら、あらかじめ決めていたルートをなぞるように走り続けた。

「はあっ…………はあ……」

 幸い、誰かが追いかけてくるような怒声は聞こえなかった。きっと、ばれてすらいないのだろう。

 走りに走って、昨日の井戸のあたりまでたどり着く。裸足での全力疾走は堪えたが、ともかく、これで目的は果たした。

「……………………っ!」

 俺の手には。

 美味そうな串焼きが握られている。

 匂いが鼻孔をくすぐり、唾液が溢れ出しそうになる。

 金属製の串がまだ熱く、握っている手が痛くなるほどだったが、そんなものは全然気にならなかった。

 串には大振りの肉の切り身が四つ刺さっていて、タレを塗られているのかてらてらと輝いている。

「い………………」

 いただきますっ!

 この世界に来て、ようやく、はじめてのまともな食事にありつけた。

 はしたなく大口を空けて、一口、かぶりつく。

 口の中に肉汁が溢れる。

 肉は柔らかく、解けて溶けていく。

 ………………美味い。

 こんな時代の肉だ。なんであれ、俺の生きていた現代の食事に比べれば大したことはないだろうと高をくくっていた。それがどうだ。この肉の味は。

 野趣が効いているというか、野性味あふれる味だ。少しクセというか臭みがあるが、スパイスが効いていてあまり気にならない。ちょうど、元の世界で食べたことのあるイノシシの肉に味が似ていた。

 こんなに美味いとはな。レムナスの町は辺境だと思っていたが、案外、食文化は豊かな方なのだろうか。これがドラゴヘイムの平均的な食事だとは少し思えないが…………。

 考えてみれば、そうだ、スパイスだ。さっきは食べてスパイスの香りや辛みをただ感じていただけだが、少し冷静になると思い出す。確か、これくらいの時代ではスパイスの類はそうとう高価なはずだ。

 港町だから比較的安価にスパイスが入手できるのか、それとも、あの串焼き実はかなり値が張る? 俺は市場だからてっきりレムナスの庶民が普段使いするものだと思っていたが、ひょっとすると市場自体が、高級な場所だったのかもしれない。

 などと。

 呑気に考えていたのがいけなかった。

 ともかく思考を放棄して、二口目を食べようとしたところで。

「おい」

 後ろから、声をかけられる。

「………………え?」

 びくっとして。

 振り返ろうとしたが。

 その間もなく。

 頭を掴まれえて、俺は地面に叩きつけられた。

「う、ぐっ…………」

「捕まえたぞ! このコソ泥め!」

 姿は見えないが、声はあの串焼き屋の店員だ。

 バレていた?

 追いかけられていた?

 いつから?

 いや、そんなことより……。

 地面に落ちた串焼きを見る。

 俺は、しくじってしまったらしい。



 とはいえ、実は少し楽観視していた。

 なにせ初犯だし、やったことも無銭飲食程度のものだ。

 その上困窮状態にあるわけで、これはかなり情状酌量の余地がある。

 だから大した罪には問われないだろうと思っていた。

 ゆえにこそ、窃盗というリスクを冒すという選択も取れたわけで。

 だが、それは。

 あまりにも楽観的に過ぎた。

 考えてみれば。

 この世界は中世的な世界観なのだから。

 何が起きても、不思議じゃない。



 俺が捕まると、やがてぞろぞろと五人くらい、甲冑を着込んだ兵士の男がやってくる。

 そういえばこの世界の警察機構がどうなっているか調べていなかったが、察するにあの兵士たちが警察兼軍隊に位置されるのだろう。年は十代後半から四十代前半くらいまでとバリエーションに富んでいた。兜は被っていないので顔を伺うことができたが、一様にどこか傲慢というか、鼻につくような顔つきなのが気になった。

 盗人の僻目かもしれないが。

「店員、こいつか?」

 兵士のうち、一番年長らしい男が口を開く。いかにも荒事に長けた男の重苦しい声色だった。髭を蓄えていて、なるほど偉そうだ。

「へえ、こいつが盗みまして」

 俺を地面に押さえつけていた店員は返事をして立ち上がる。

俺の拘束が緩む。だが、どうにも逃げ出せそうにない。兵士がぐるりと俺を囲んでいて隙が無い。

 それに、腰に帯びた剣が威圧的に鈍く光っている。逃げ出せば斬り捨て御免とばかりにざっくりやられるかもしれない。大した罪でもないのだし、ここは大人しくしているのが吉だ。

「よし、娘!」

 年長の兵士が俺に言う。

「立て」

「は、はい…………」

 立ち上がる。ずきりと膝が痛んだ。見ると、さっき押し倒されたときにだろう、膝小僧をすりむいていた。

「隊長!」

 後ろから、また新しい兵士がやってくる。

「申し訳ありませんが、総代は今日、遠出をしておりいません」

 総代? この町の代表者のことでも言っているのか?

「構わん」

 隊長と呼ばれた年長の兵士が告げる。

「こいつの罪は精々無銭飲食だ。総代の許可がなくても、俺たちの判断で処罰できる」

「では……」

「先に広場に行き準備しろ」

「はっ」

 兵士が去っていく。……広場? 何をする気だ。

「娘、着いてこい。逃げようなどと思うなよ」

 言って、隊長格の兵士は先に歩いていく。背中を押されて、俺も後についていく。

「傾聴! 傾聴!」

 住宅街を出て、人通りの多いところに出たとき、俺の後ろを歩いていた若い兵士が声を張り上げる。その兵士の耳は尖っていた。エルフなのだろうか。

「レムナスの民に告ぐ。この娘、無銭飲食の罪によりこれより広場で処刑を行う!」

 処刑、という言葉にギョッとする。

「繰り返す。この娘、無銭飲食の罪によりこれより広場で処刑を行う! 手すきの者は広場に集まられたし!」

「ど、どういうことですか?」

 思わず質した。

「処刑って、その…………。人に呼び掛けているのは……」

「決まっているだろ」

 エルフらしい若い兵士が答えた。

「今からてめえの罪をレムナスの民に明らかにして、処刑を行うんだよ。悪いことをすればこんな目に遭うって見せしめだな」

「な………………っ!」

 この野蛮人どもが!

 さすが中世世界だ。現代日本に生きる人権思想溢れる一般人の俺にはまったく予期できないことをしてくれやがる!

 おそらく、他の兵士たちも町を回り喧伝したのだろう。広場に着くと、既にそこには人が集まっていた。老若男女問わず、とはこのことか。老いも若きも集まって、俺のことをじろじろと見ている。中には昨日、酒場で見たような気のする顔もあった。

 広場の中央には吊るし台のような木製の器具が置かれていて、ボロボロの荒縄が風に揺れてぶらぶらしている。見たところギロチンのようにあからさまでもないし、絞首台のようにも見えないから、命を取られるとは思えないが……。

 まさか事情聴取もなしにいきなり罰を与えられるとは……。まったく想像していなかった。

 やがて広場の中央に、俺は引きずり出された。兵士たちが俺を囲む。

 隊長が俺の前に出た。手には革製の長い鞭が握られている。

 だいたい、何をされるのか分かった気がした。

「娘、服を脱げ」

「え…………いや……」

 バシンッと。

 鞭が地面を叩く。

 思わず身を固くした。

「早くしろ!」

「……………………」

 言うことを、聞くしかない。

 俺はワンピースのストラップを肩から外して、服をさっと落とした。履いていたショーツも、脱げと言われるだろうと分かり切っていたので脱いだ。

「おお…………」

 誰かの嘆息が漏れる。

 周囲からは下卑た笑いや口笛が聞こえた。

「……………………っ」

 羞恥で体が燃え上がりそうになる。

 こいつら……。

 俺の体を性的に見ているというのか?

 俺のこの体は、精々十三か十四くらいのものなんだぞ?

 それくらいの幼い少女の肉体を、そんな、舐めまわすように見るなんて。

 どうかしている。

 頭がいかれているとしか思えなかった。

「手を出せ」

 次の指示が飛ぶ。言われた通りに両手を出すと、両手首を荒縄でくくられる。そのまま引きずられて、俺は吊るし台まで歩かされる。

「や、やめ………………」

 縄は吊るし台に結ばれ、俺は両手を大きく空に向かって突き出すような恰好で吊るされた。

「ぐ…………」

 縄が食い込んで痛いが、そんなことはまったく些末だった。

 両手を拘束されて吊るされたせいで、体が隠せない。

 一糸まとわぬ姿を、衆目に晒す羽目になる。

「いいぞいいぞ!」

「ひゅーひゅー」

 観衆の囃し立てる声が聞こえる。あまりの羞恥に周りを直視することができず、目を閉じた。

 なんだこれ。

 なんで俺が、こんな目に。

「この…………」

 文句のひとつでも言おうとして口を開いたところで。

 ガツンと。

 額に何か硬いものがぶち当たる。

「ぐっ…………」

 音を立てて俺の足元に落ちたのは小石だった。石を投げつけられた。目を開いて飛んできた方向を見ると、そこには俺よりも幼い少年がいた。

 緑色の髪をして、尖った耳をした少年はこちらを見てけらけら笑った。

 隣にいる、両親らしく思われたエルフの男女もこっちを見てにやにやと笑っていた。

「よし、では」

 隊長の言葉が聞こえる。

「今から俺の問いに答えろ」

「…………はい」

「娘。貴様の出身はどこだ?」

 出身?

「貴様、この辺りでは見ない顔だ。どこかから流れてきたのだろう」

 考える。まさか「現代日本からファーストというクソ女のせいで異世界転生しました」と正直に話すわけにはいかない。話してもいいけど、作話扱いされるだろう。

 そこでふと思い出したのは、昨日の酒場での会話だった。

「ば……伐龍国です」

 マスターがわたしを見てそう言ったことを思い出したのだ。海向こう、つまり外海のどこかにそういう国がある。マスターがわたしを伐龍国の流れ者だと思ったということは、それだけ伐龍国からの流入者は珍しくないということのはずだ。

「ふむ」

 隊長が相槌を打つ。

 納得したか?

「嘘を吐くなっ!」

 だが。駄目だった。

 ビュンッと。

 鞭が空を切る音がして。

 背中に、鋭い痛みが走った。

「つぅ……ああっ!」

 思わず叫び声が出て、目を見開いた。

 痛みは背中から全身に広がって、視界が明滅する。どろりと、生温かいものが背筋を伝った。足元を見ると、太ももに一筋の血がつうっと落ちていた。

「くううぅ……」

 鞭打ちって、こんなにも痛いのか。

 血が出るほどに、傷を負うのか。

 知らなかったし、知りたくもなかった。

「なるほど貴様、ドラゴヘイムの人間の顔立ちではないな。だが伐龍国の人間にしては言葉が流暢すぎる」

 しまった……。ドラゴヘイムと伐龍国だと言語が違うのか……。俺が日本語をただ喋っているだけでも、ドラゴヘイムの言葉へ勝手に変換されるから、まったく分からなかった。

「正直に話せ」

「くっ…………」

 どうする?

 まさか本当のことを話すわけにはいかないし……。結局、相手が納得する嘘を吐くしかない。

「わ、分かりません……」

 少し悩んで、なんとかひねり出す。

「生まれたときから天涯孤独の身で。どこで生まれたのかさっぱり。レムナスには、最近流れ着いたもので……」

「そうか……」

 今度は、どうだ……?

 体が、震える。

 鞭の痛みに、恐怖した。

「いいだろう」

 隊長は俺の言葉を信じたらしい。ひとまずホッとする。

「名前は」

「…………理三郎」

「リザグオー? どうにも妙な名前だな」

「理三郎、です」

「リザグオー?」

 駄目だ。冒険者ギルドボーゲンジャギルドゥのときと同じ現象が起きている。俺の名前はドラゴヘイムの人間には発音しづらいらしい。

「外見といい名前といい、ドラゴヘイムの人間らしくないな……。どうでもいいが」

 どうでもいいなら聞くなよ。

「さて、リザグオー」

 隊長が俺の正面に回り込む。

「今からお前を鞭打ちの刑にするが、お前の罪は精々無銭飲食程度のものだ」

「………………」

「それに最近ここに来たばかりだろう。おそらく初犯ではないか?」

「…………! そ、そうです!」

 ここだ。情状酌量を訴えるならここしかない。

「お腹が空いて……。もう何日も何も食べていないんです。お金もなくて……」

「だろうな。ならば寛大な処置を施すのもやぶさかではないと考えている」

 これは、いけるのか?

「無銭飲食は通常十から三十回の鞭打ちだ。お前の盗んだ串焼きは高価なものだから、三十が回数としては妥当だろう。だが初犯ということもある。こうして面前で裸に剥かれ、一度鞭を入れられただけでも罰としては充分かもしれんな」

「だ、だったら…………」

「ゆえにここはお前の天運に聞こう」

 言って、隊長が懐から取り出したのは一枚の銅貨だった。数字の1と、竜の頭が刻み込まれている。あれがドラゴヘイムでの通貨のというやつだろうか。全然金じゃないが……まあ数字も小さいようだし。例えば刻まれる数字が百や千になれば金貨になるのかもしれない。

「今からこの銅貨を投げる」

 ぐいっと、数字の面を見せつけるように隊長は俺にコインを指し示した。

「そして表が出たらお前を許そう」

 天運ってコイントスかよ……。

 だが、その申し出を受けない理由はない。

「わ、分かりました。それでお願いします」

「いいだろう。皆の者!」

 くるりと振り向き、隊長は観衆に宣言する。

「これよりコイントスでこの娘の処罰を決める。表が出れば放免だ。では行くぞ」

 ピンッと。

 コインが天高く弾かれる。

表か裏かヘッド・オア・テール!」

 隊長がコインを手の甲でキャッチする。

 どっちだ…………。

「出たぞ」

 コインが示される。

 コインは、数字の面を向いていた。

 表だ!

「判決は出た!」

「………………はあ……」

 息が漏れる。

「……………………え?」

 何を、言って。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 思わず抗議する。

「表が出てるじゃないですか!」

「何を言う。これは

 隊長の顔が歪む。

 嘘だ。

 こいつは、嘘をついている…………!

「嘘だっ!」

 叫ぶ。

「それは表だ! 龍の頭が刻まれてて裏なんてことがあるか! それにお前は表が出たらと言いながら龍の頭を示していたじゃないか!」

 これがまだ、百円硬貨なら表と裏を間違えることもあるだろう。だがあの銅貨は龍の頭を描いていた。表か裏かヘッド・オア・テールの掛け声を鑑みれば、おそらく裏面は龍の尾だ。それなのに、頭が裏なんてことはあり得ない!

「戯言をぬかすな」

 口元を歪めて笑い、隊長は俺をあざけった。

「流れ者のお前は物を知らんのだろう。いいか、ゴールドは龍の頭と尾を刻んであるが、数字と頭が刻まれた面が裏なのだ! そう決まっている!」

「そうだ!」

 観衆が叫ぶ。

「ゴールドは龍の頭が裏だ! 物を知らない小娘が賢しらに言いやがって!」

 そして、笑い声。

 違う。

「違うっ!」

 間違いなく、竜の頭は表だ。

 こいつら、全員グルなんだ。

 俺を、担いだな…………!

 俺が物を知らないと思って、嘘をついて担いでいるんだ。

「では、処刑の時間だ」

 だが、俺の抗議は届かず。

 無情にも、始まる。

「三十回の、鞭打ちだ」

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