第117話 各個撃破3

 ライアンがミノタウロスを押し返し私を自分の背に回す。

 

「ユキ!下がれ!」

 

 私は素早くハイポーションをへし折られた手首にかけ、残りを口に含む。

 

 マッッズイ!でも痛みは無い。

 

「大丈夫!私に構わないで。」

 

 見た目からは想像できないほどの速さで次々と攻撃を仕掛てくるミノタウロス。最初のライアンの一撃で頭の角は片方無くなり肩に深く傷が出来ているものの全く弱っている様子はない。

 

 魔物って鈍感なの?人と違って回復薬も使わずこんな状態でまだこれほどの力を振るえるなんて。

 

 ライアンの攻撃の邪魔にならないように気をつけながら時折ナイフを投げた。刺さったナイフが爆発すると血が飛び散り肉がえぐれるのにそこまでの深手は与えられない。かなり強固な体なのだろう。

 

 ミノタウロスの攻撃の手数が多く、ライアンは受けるばかりであの一撃がなかなか出せない。

 

 まさかそれを計算しているの?

 

「ライアン!私が抑えるから狙って!」

 

 このままじゃ埒があかない。

 

 私は彼の前に出るとミノタウロスの攻撃を今度こそガッシリとメイスで受け止めた。金属同士が擦れる嫌な音がする。

 

 重量を感じる攻撃に少しも気が抜けない。

 

「重い!早くして!」

「チッ、無茶しやがって!」

 

 続けざまに振り下ろされた二度目のミノタウロスの攻撃を受け止めた時、一旦引いたライアンが呼吸を整え攻撃態勢に移ったのを感じた。

 

「そこをどけ!」

 

 彼が叫ぶと同時にさらに受けた三度目の奴の斧を一歩踏み込みグッと押し返した。

 ミノタウロスの巨体が後ろによろめき体が泳いだ瞬間を彼は見逃さない。

 

 振りかぶったライアンの剣から強烈な光が放たれる。

 

 身構える暇もなくまともに雷鳴を間近に感じ、その衝撃で私もちょっと吹き飛ばされた。

 

 土煙が立ち、辺りは全く見えない。

 

 ゲホゲホと咳き込みながら一応警戒し立ち上がるとメイスを構えたがもう手が震えて強く握る力は無かった。

 

「ユキ!」

「ゴホッ、ここよ。」

 

 煙の中からライアンが現れた。顔がちょっと怒ってる。

 

「無茶はやめろ。」

 

 治した手首を見たあとため息をつかれた。

 

 まだ耳がキィーンってなってる。

 

「もう終わり?」

「あぁ、今度こそ手応えがあった。」

 

 もうもうと立っていた土煙がおさまり倒れたミノタウロスを見ると体が真っ二つに斬り裂かれ背後の洞窟の後もかなりえぐり込んでいた。

 

「ねぇ、あれって魔法陣のあとじゃない?」

 

 えぐられた洞窟の奥の方へ近づくと、ライアンの剣によってほぼ原型を留めていないが魔法陣らしきものが書かれた残骸があった。戦況を見て次々と魔物を増員していたようだ。

 

「やっぱりイグナツィが操ってるのね。」

 

 どこに魔物を配置するかの采配はイグナツィの仕業かもしれない。

 

「デルソミア国のどこかに潜んで魔物を送り込んでいるのかな?これでもあの国は関係ない?」

「いや、まだわからんだろ。だが協定を結んでいるかもな、勇者に準ずる者をひとり足止め出来てるんだからな。」

 

 なるほど、そういう事もあるのか。

 

「ライアン、ユキ。大丈夫か?」

 

 ミノタウロスが倒されたと確認したのか、騎士達がゾロゾロ戻って来た。ブレイクも戻って来て私達の心配をしてくれた。

 

「後始末は我々が引き受けるから先に戻って報告を頼む。」

 

 流石にライアンも疲れたのか素直に頷くと本陣に戻る為、一緒に魔法陣に乗った。

 

 本陣の西の外れに転送され、側で待機していた騎士にモーガンの隊の様子を聞いた。

 

「詳しくはわからんが、大変な犠牲が出たようだ。」

 

 どうやら魔物たちを一掃したと思って油断した所へ、再び魔物の集団が現れ撤退して来たらしい。

 

「行こう。」

 

 厳しい顔をしてライアンは足早に騎士団長のテントへ向かった。

 向こうの隊にはイーサンもいる。きっと大丈夫だと思うが私も急いだ。

 

 テントへ着き中へ入ろうとして私だけが止められてしまった。

 

「許可がでておりません。ユキは下がって。」

 

 カトリーヌがいるならともかく私自身にはなんの地位も無い。

 ライアンがムッとしたが私はすぐに引き下がった。

 

「いいよ、自分のテントで待ってる。イーサンの様子も確かめてね。」

 

 自分ではライアンのパーティだと思っているがまだ周知はされていない。ここで揉めても時間がもったいない。彼は頷くと騎士団長のテントへ入って行った。

 

「さてと…」

 

 自分のテントってどこ?

 

 

 

 騎士団長のテントからライアンのテントはさほど離れていないはず。その隣なんだから私の所も近いはず。

 

 自力で探そうと思ったのが間違いだったのか、迷宮のようなテント村は同じ作りの連続で私を惑わせる。

 

 行けども行けども自分のテントは見当たらず。とうとう見慣れぬ鎧の騎士達がうろついている所へ来てしまった。

 

 ヤバい、ここもしかしてエストート国のテント村、じゃなくって陣営?

 

 流石にここでは無いとわかり引き返そうと振り返ると壮年のエストートの騎士がそこに立っていた。

 

「見慣れぬ奴だな。」

 

 戦いから帰ったばかりの私はホコリまみれで血が飛び散ったブラウス姿。手にはメイスを握りちょっと怪しく見えるかも。

 

「申し訳ありません。迷ってしまって。」

 

 ある種、魔物よりも鬱陶しい貴族である騎士の機嫌を損ねるわけにはいかない。脇をすり抜け自国のテント村へ帰ろうとすると腕を掴まれた。

 

「ちょっと待て、お前。名前と所属を言え。そのメイスはお前の物か?」

 

 まさかの窃盗疑い?

 

「これは私の物です。」

 

 騎士に取り上げられそうになって思わず一歩下がり身構える。

 

「平民のお前が何故ここにいる。」

 

 剣に手を添え腰を落とした騎士に睨まれ最悪の事態だと諦めた。

 

「レジナルドを呼んでください。私はプラチナ国のユキです。」

 

 奴の名前を出すのは嫌だがこのままでは捕まってしまいそうだ。

 

「なんだと、プラチナ国のユキと言えばライアンとパーティを組んでいるのであろ?そのメイス、よく見るとミスリルか。話は聞いておる、これはすまなかったな。」

 

 騎士はあっさりと私を認め近くにいる下っ端らしき騎士にレジナルドの居所を尋ねた。

 

「レジナルドはまだ戻って来てません。」

 

 確かこっちも各個撃破作戦中のはず。

 

「もしかしたら苦戦してるのかも。こちらでも魔物が魔法陣によって次々と送り込まれる事態が発生してますから。」

 

 私がそう告げるとその騎士はついて来いと言って歩き出した。早く帰りたかったがやっぱりついて行かなきゃいけないだろうと一緒に足早に歩く。

 

「そちらはもう今日の作戦終了か?」

「私が行ったところにミノタウロスが出ました。そのせいで一旦引き上げました。」

「逃したのか?」

「いえ、仕留めましたが洞窟の奥に魔法陣の残骸を見つけましたので報告が先かと。

 発見した時はライアンの攻撃でたまたま崩れていて、それ以上は魔物を送り込めなかったのだと思いますが、それが発見出来ていなかったら今も交戦中だったかも。」

「なるほど。」

 

 騎士は頷くと深刻な顔した。想定外の魔物がいれば被害が大きくなる。

 

 どうやらレジナルドが向かった場所へ通じる魔法陣へと来たようだ。

 

「行くぞ。乗れ。」

「はい?私ですか?」

 

 恐ろしい事に何故かその騎士は私を魔法陣へ引き込み起動させるようにその場の魔術師に命令した。

 

「騎士団長、自ら現場へ向かうのはお止めください。他の者にお任せを。」

 

 こいつエストートの騎士団長なの?私ってくじ運悪いのよね。

 

「早くしろ、命令だ。」

 

 うわぁ、やだやだ。命令そうと言えば誰も逆らえないってわかってて言ってる奴。

 

「かしこまりました…」

 

 私と魔術師は諦めて魔法陣で転送された。

 

 

 

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