第104話 準備
エリンの店に着き中へ入ると数人のお客がいて賑わっていた。
「おいチビッ子、ビール追加だ。」
客の一人がドマニにジョッキを差出しおかわりを頼んでいる。
「チビッ子じゃねぇ、ドマニだ。何回言えば覚えるんだ、おっさん頭悪いな。」
「生意気なチビッ子だな、こっちに来い!」
ドマニは客に掴まれると頭をクシャクシャにされ頬ずりされていた。
「おっさんやめろ!気持ち悪い。」
どうやら常連客らしくいつものやり取りって感じでふざけているようだ。ここを手伝うようになって数日、すっかり馴染んだもんだな。
私に気づいたドマニが客から逃れ駆け寄って来た。
「ユキ、思ったより早かったな。一緒に飯にしようぜ。」
バフっと抱き着いてくるとこちらを見上げてホッとした顔をする。
「うん、一緒に食べよう。お腹空いちゃったよ。」
クシャクシャにされた髪を指でといて整えてやるとニッコリ笑った。
「ドマニ、その人誰だ?お前の姉ちゃんか?」
さっきの客がニヤついて私を見て言った。
「違うよ、オレが面倒見てやってるユキだ。最ダンの受付けなんだ。」
「最ダンって…噂の。」
客はそのまま黙って引き下がった。
最ダンの受付けってかなりの虫除けパワーを発揮するな。
奥の席につくとエリンが心配そうな顔でやって来た。
「良かった、今回は早く帰って来れたのね。」
「うん、
意味ありげに言うとエリンは一瞬顔を曇らせた。すぐにドマニに目をやり笑顔を作ると先に食事を済ませようと料理を取りに行ってくれた。
ドマニとエリンと一緒にゆっくりと食事を取り、落ち着いた頃店の手伝いをドマニに頼むと二人だけで話し始めた。
「何かあるの?」
「詳しくは言えない。でも私がいない時はドマニのことお願い。」
「もちろんよ、あの子よく働くし。父さんも気に入ってるからこのままずっと居てくれても良いと思ってるくらいだから。」
良かった、これなら私が居なくてもエクトルやマルコにも繋がりがあるからドマニは何とかここでやって行けるだろう。
「あんまり怖い事言わないでよ。」
私の真剣な口ぶりにエリンが何かを感じている。
「ごめん、でも念の為だから。」
どう言えば上手く伝えられるか考えていると、エリンの夫のジェイクが帰って来た。私が同席を勧めると最初は遠慮していたが少し動揺しているエリンの様子に気づいて静かに座った。
「何かありましたか?」
エリンを気遣いつつ私に視線を向ける。
「いえ、今は何も。」
「これからという事ですか。」
小さく頷くとジェイクはエリンを店の手伝いに向かわせた。エリンは嫌がったが彼女がいては詳しくは話せない。少なくともジェイクは役所勤めで関係者側だ。
「近々大規模な討伐が起こる可能性があります。」
それだけ言うとジェイクは全てを察したのかゴクリと唾を飲んだ。
「プラチナ国で、ですか?」
「まだなんとも、ですが近いでしょうね。エストート国にはもう知らせがいってるはずですから。」
「どれくらいの猶予がありますか?」
「どうでしょう?私には認定の手続きがわかりませんから、でも師匠が急がなければって言ってましたので。」
「カトリーヌさんが…」
そう言うとジェイクはグッと手を握りしめた。
「助かりました。上からはいつものギリギリにしか指令が降りてこないので。いざという時はエリンを頼めますか?」
彼は立ち上がりながら私を見る。
「いえ、私は現場にいたいですから。ドマニと一緒に城へ行くように言っておきます。」
ジェイクは少し微笑んだ。
「現場に、ですか。ではライアンさんと。」
「一緒に行きます。まだ反対されてますけど。」
そのままジェイクはエリンの所へ行き少し話して再び店を出て行った。
きっと役所の関係を集めて色々な状況に応じた対応策を検討するのだろう。
エリンがすぐに私の所へ来ると抱きしめてきた。
「ユキ、とうとうライアンと?」
キラキラした瞳で見つめられても困る。今はそれどころじゃないのに、もう可愛いなぁ。
「ち、違うわよ。」
「でもジェイクがユキはライアンと一緒に行くらしいって。」
「だから、戦う時ね。」
「それってそういう事じゃないの?ライアンを好きじゃないの?」
小首をかしげるんじゃない、キュンとしちゃうじゃない。
「彼は貴族になるから。」
エリンが驚いて黙った。
「だからそういう対象じゃないの。困らせたくない。」
戦いについて行く行かないでもう充分困らせてるし。
「ホントにそれでいいの?後悔しない?」
「わからない、でも今はそれでいい。」
彼だって万能じゃ無い、無敵でもない、ただの人間だ。
命を落とす覚悟で戦いに向うあの人を独りにしたくない。
「だから、何かあったらおじさんも連れてドマニと一緒に城へ行ってね。」
シルバラの鉄壁はかなり強力な結界で守られているだろうけど、城の中が一番安全だろう。
エリンがまた何か言いかけた時ドマニがやって来た。
「もう食べないのか?今日は飲まずに帰れよ、ユキ。」
「なんでそんな事いうの?」
ドマニの前でそこまでやらかした事は無いはず。
「前にユキが酔っ払って帰った時、ライアンを部屋に連れ込んだだろ。」
「はぁ!?な、な、なにを言ってるの!そんな事…」
そう言えばしたかも。したなぁ…
「ユキ、どういう事?」
絶対に聞き出してみせるって気迫がこもった眼差しでエリンが見てる。
「違うわよ、何もないよ、すぐに寝ちゃったし。ライアンもすぐに部屋に戻ったんじゃない?」
「朝、お前の部屋から出てくのを見たぞ。」
『えぇ!?』
エリンと一緒に私まで驚いたよ。
「そんな事言ってなかったじゃない。」
「オレは紳士だからな、余計な事は言わない。」
「だったら今も言わないでよ。」
「前はライアンだったから黙ってたけど、他の奴なら危ないからな。ユキは警戒心が薄いって言ってたし。」
「ホントに何も無かったの?」
「ちょっ、ちょっとエリン、ドマニがいるのに何聞いてるの!」
「耳でも塞いでおこうか?」
ドマニはそう言うと料理を客に運ぶ為に離れて行った。
今は行かないで欲しかった。エリンの目が輝いてるよ。
「で?」
「何も無い、はず。向こうはそういう対象として見てないんだよ。その…何度か触れ合うことはあったけど何も起きなかったし。」
顔が熱いよ、なんでこんな事エリンに言っちゃってるんだろ。
「そんな事ないと思うけどなぁ。」
エリンが悩ましそうに顔をしかめた。
私はドマニに帰ると伝えると彼女から逃げるように店を出た。
エリンの追求は恐ろし過ぎる。その可愛さを利用して何もかも白状させられそうだ。
ドマニが出て来て並んで歩き出した。
「何かあるのか?」
さっきと違いちょっと寂しげな様子だ。
「うん、何かあったらエリンとおじさんを連れて城のエクトルの部屋へ行ってね。」
ドマニは両親を亡くしている。下手に隠してごまかすより話した方がいいだろう。彼の肩を抱き寄せた。
「頑張ってくるよ。放っておいたらライアンは帰って来る事を忘れそうだから。」
「あいつの為か?」
「みんなの為だよ。ライアンは勇者になるんだから。」
ふっとため息をついてドマニは私にひっついて来た。
「オレはユキが心配だよ。」
キュンとした!
「私も、ドマニが大好きだよ。」
「仕方ねぇな。オレはイイ男だからな。」
ドマニは潤んだ瞳でニッコリ笑った。
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