第102話 イグナツィの魔法陣3

 正義と悪の戦いのはず。

 

 少なくともカトリーヌは私に取っては正義の味方なのだが。

 

「全くいつまでもウジウジとしつこい男だね!」

「うるさい!お前に何がわかる!私はあの日を境に人生を狂わされたんだ!」

「馬鹿じゃないか?お前は人生じゃなくって性格が狂ってんだよ!」

 

 口汚く罵りあいながら魔術をぶちまけ合うお二人。それを横目に私達は魔法陣を目指していた。

 

 ここの守りの魔物はさっきのケルベロス二体だけでは無くまだまだこちらへオークやゴブリンなどが向かって来てる。

 

「こいつ等はオレがやるから魔法陣を頼む!」

 

 ライアンは私を先へ行かせるとまとめて魔物たちを屠っていった。私も邪魔になる魔物を数体倒しつつ魔法陣へ向っていた。

 

 とにかく魔術師達を止めなければ。

 

「ユキ様!」

 

 ケイの叫びに反射的に後ろに飛び退くとさっきまで私がいた場所へ大きな氷柱のような物が突き刺さった。

 どうやらイグナツィの放った物らしく奴はカトリーヌを相手にしていてもこちらへも攻撃して来ていた。

 

 よく見ると奴の側にも手下が何人かいて攻撃を補助している。カトリーヌもケイ、レブと連携してイグナツィを攻撃しているが奴はうまくそれをかわし余裕をみせる。

 

「お前も年を取ったな。昔ほどの脅威は感じない。」

 

 カトリーヌを煽るのはやめて欲しい。巻き込まれるこっちの身にもなれよ、そんな感じで空気が読めないから捨てられるんだよ!

 

 イグナツィにムカつきながら再び走り出すと魔法陣が一層光り出すのがわかった。

 

「マズい!転送されてくるぞ!」

 

 ライアンもそれを見ていたのか魔物を倒しながら叫んでいる。

 

 私が一番魔法陣に近い場所にいる、急がなきゃ。

 

 転送される前に魔法陣近くにたどり着いたが間に合わない気がして、咄嗟に持っていたメイスをやり投げの様に投げつけた。それは一人の魔術師の肩に突き刺さりそいつが倒れる時にもう一人も押し倒した。

 魔術師からの魔力の供給が乱れたのか光が一段暗くなったような感じがした。

 

「またお前か、カトリーヌの奴隷はどいつも忌々しい奴め。」

 

 奴隷じゃないっていってるのに。

 

 魔法陣の様子にイグナツィが気づいて毒づくと自分の奴隷に指示し、こちらへ向かって攻撃を始めた。

 

「マズい、武器が…」

 

 投げつけたメイスは遠く手持ちの武器はダガーだけだ。

 奴隷からの攻撃を避け、急いで回り込みながら魔法陣へ向かうがメイスからは遠ざかるばかりだ。

 私は何とか攻撃する方法がないかと探したが見つからず仕方なく床を思いっきり殴りつけた。

 ドォーンと地響きのような音がして綺麗に磨かれた床に蜘蛛の巣のようにビシッとひび割れが出来た。

 

「な、なんだ!?」

 

 イグナツィが一瞬動揺し、そのすきをカトリーヌは見逃さなかった。

 

 物凄い量の礫がイグナツィに襲いかかり奴の姿も見えないほどの土煙がたった。

 私は床の破片をいくつか手に取り魔法陣へ向かって投げつけた。

 土煙がおさまろうかという時、目を開けていられないほどの閃光が魔法陣から発せられ、辺りを包むなんとも言えない不気味な圧を感じた。

 

「ユキー!!逃げろ!!」

 

 ライアンの叫び声が聞こえたが体は痺れたように動かなかった。全身が震え目の前それに釘付けになった。

 

「来たか!」

 

 イグナツィが歓喜の声を上げるとカトリーヌの攻撃を身をもって防いだ奴隷の変わり果てた姿を打ち捨てると自らも魔法陣へ加わった。

 

 

 巨大な龍が魔法陣の中央に鎮座していた。

 

 そいつは黒光りする鱗をうねらせ羽を折りたたむと恐ろしいまなこでこちらの様子を窺っているように見えた。

 素早くイグナツィが加わり魔法陣が再び光り出すと、龍の体が急に地面に押さえつけられたようになりもがき出した。

 その瞬間、龍からの圧が少し緩んだ感じがして金縛りのようになっていた体を動かす事ができた。

 

 このままじゃイグナツィに支配される、けど解放しても暴れたら…

 

 一瞬悩んだがやっぱり操られる方が駄目な気がして魔法陣へ近寄り魔術師を排除しようと手を伸ばすとバチッと弾き飛ばされた。後ろ向きにでんぐり返ったがすぐに体制を整える。

 

「結界が張ってあるのか。解除には時間がかかるからユキ、やっておしまい!」

 

 私の様子を見ていたカトリーヌが叫び終わらないうちに私は床を今度は両手を組んで思いっきり振り下ろした。

 再びドォーンと響きさっきよりも床は大きくひび割れ魔法陣もかぎ裂きに崩れていった。

 途端に龍は解放されたのか押さえつけられたようになっていた体勢から体を起こすと暴れだしその尾で辺り一帯を薙ぎ払うと飛び立とうと羽ばたき、地階の天井の一部が崩れ始めた。

 

 私は龍の尾に飛ばされ壁に叩きつけられて一瞬意識が飛んだ。

 

 朦朧としながら起き上がり崩れる破片をよけ、階段があった方へヨロヨロ向う。

 

「ユキー!どこだー!」

 

 ライアンが呼ぶ声が聞こえる。

 

「こ、ここ…」

 

 助けを呼びたかったが意識が薄れそうだ。土煙で前も見えず倒れそうになった時、ガッチリと抱きとめられた。

 

「しっかりしろ、足を動かせ。」

 

 私を支えながらライアンは剣で破片を避け進む。だがその時、とうとう天井が崩壊してきた。

 

「こっちだ!」

 

 壁にわずかに窪みがあった所へライアンが私を押し込み自分の体で塞いだ。

 

 

 

 

 

 

「ユキ、ユキ…」

 

 ライアンが呼ぶ声が聞えて意識が浮上する。

 

 何とか目を開けたつもりだが全く見えない。ただ直ぐ側に彼がいる事はわかるので手探りで確かめるとまるで抱きしめられている様だった。

 

「どうなってるの?何も見えない。」

「ここは通気孔のようだ。」

 

 ギリギリ飛び込んだ所は狭い通気孔で二人がやっと寝転び寄り添って、隙間で生き長らえているようだ。

 頭の真上からライアンの声が聞えて足はからみ合い結構な密着具合だ。

 

「お前、手がベルトに届くか?」

 

 私は腕を後ろに回そうとしたが狭くて無理だった。

 

「待って、あなたのなら届くかも。」

 

 彼の背中に手を差し込み腰の方へ探っていく。手を滑らせた背中はシャツが破れ深く傷があるようで、そこからの出血のせいでぬるつき生暖かい。

 ベルトに届くとぬるつく手でポーションを何とか取り出し片手で栓をあけるとさっきの背中にかけた。

 

「何やってる、自分に使え。」

 

 ライアンが焦った風に言う。どうやら私もどこかで怪我してるらしい。

 

「手が届かないし、どこかわからないもん。」

 

 そのまま全部ライアンにかけると手で傷が治った事を確認する。深い傷はもう無いようだ。

 再び彼のベルトを探り明かりの魔石を使った。

 

「う…わぁ…」

 

 わかってはいたが近い!じゃなくて、狭い。

 

 体の大きなライアンが身を縮めてやっとの空間に二人で密着しているだけの隙間だ。唯一の救いはここが通気孔で微かに空気の流れが感じられる事だ。

 

「すぐに師匠が来てくれるといいんだけど。」

 

 私の契約の魔石にはGPSと生存確認出来る機能があるので探してくれてるはず。

 

 明るくなった事で首をまわして居場所を確認して顔をあげると思っていたより近くにライアンの顔があり鼻が当たった。今にもくちびるが触れそうだ。

 

「ユキ…」

 

 しばらく見つめ合うかたちになり、間近に迫る彼のくちびるが私の名前を呼んだ。

 

「な、なに?」

 

 ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ちょっと触るぞ。」

 

 えぇ!こんな所でこんな態勢でこんな時に!?

 

 焦る私の返事も聞かず彼は私の背中を探ると体にグッと押し付けてきた。

 

 あわわわ、マジか!

 

 そしてベルトからポーションを取ると私の頭にかけてきた。どうやら自分の背中の傷が治って手が動かせるようになっていたようだ。

 

 なんだ傷の手当がしたかったのか…チッ。

 

 熱い頬がバレないうちに下を向くと彼の胸に顔を押し付けた。

 

 これくらい良いだろう。期待させたそっちが悪い。

 

 文句を言われるかと思ったがそのまま髪を撫でられた。

 

「傷は治ったようだな。」

 

 そっと抱きしめられている気がして何だか心地よい。

 

 閉じ込められて死ぬかも知れないのに、私って変なやつかも。

 ちょっと幸せ感じるなんて…

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