第100話 イグナツィの魔法陣1
数日前に無事に中級をクリアした。
早く上級へ行きたいが流石に連日ダンジョンへ行くのは疲れる上、まだドマニとの合図も決まっていないしライアンの警戒も厳しそうであの日以来行けてない。
今度はマルコを巻き込んだ方がいいかな?
服を着替え食事の支度をしようと部屋を出た所でレブがいた。
「おはようございます、ユキ様。」
「レブ、帰ってたのね。おはよ…まさか、違うわよね。」
嫌な予感は当たるもんだ。
「察しが良くて助かります。カトリーヌ様がお呼びです。」
クラリと目眩がした。
忘れていた訳じゃないが、大変な事を乗り越えたばかりで忘れてた。
「どこかへ行くの?」
「戦える様にご準備願います。」
行くのか…
すっかり気分は落ち込み部屋に戻ると服を着替え、ドマニを起こすと食事はエリンの所でするように言った。
「どこ行くんだよ?」
「わからない。いつ帰るかもわからないから、何かあったらエクトルの所へ行きなさいね。」
昨日のうちに手続きが済みドマニはエクトルの養子になった為、裏道を使える様に登録してある。
勇者エクトルの養子縁組について王の側近貴族達が何かゴチャゴチャ言っていたようだがジェイクに頼んですぐさま手続きを済ませ、何とかうまく事を運んだ。
うるさい連中を黙らせる為にドマニには相続放棄をさせたのが効いたようだ。
ドマニは自分で財産を持っている。例の中洲から奪って来た財宝のおかげで得たのだが、成人するまではマルコ預かりとなり月々決まった額だけがドマニの自由になるようにした。
貴族は金と地位で出来てるんだな。
心配そうなドマニに見送られ重い足取りで新しいメイスを持ちミスリル製の手甲をつけるとカトリーヌの屋敷に向かう。
「デルソミア国はどうだった?」
「それも含めてカトリーヌ様からお話があると思いますので。」
あまり良い雰囲気では無いようだ。
屋敷につてすぐにカトリーヌが待つ部屋へ行くとエクトルも一緒にいた。
「おはようございます。エクトルも来てたんですね。」
カトリーヌは気難しい顔をしているがエクトルは機嫌が良さそうだ。
「デルソミアに行く。」
なんの説明も無くそれだけ言われる。
「またあの国ですか?」
ライアンとレブが死にかけた国だ、もちろん全くいい思い出は無い。
「イグナツィの魔法陣を見つけたらしいから、確かめに行かなきゃねぇ。」
途端にご機嫌のカトリーヌ。
あぁ、ついに奴が魔物を操る方法がわかったんだ。
「エクトルは行きませんよね。」
何故かここにいる勇者を不思議に思った。
話をふるとカトリーヌが再び不機嫌になった。
「ワシは話をしに来ただけだ。」
「お前の話はいつも自分勝手だ。マリーだっていつも振り回されていた。」
マリーって誰?
「何を言う。マリーはいつもワシのことを一番に考える優しい女だった。…お前とは違うわ。」
最後に余計な一言を付け加えカトリーヌに睨まれてる。
「お前が不甲斐ないから私が説得してやったんだ。おかげでマリーは幸せな結婚が出来て良かったじゃないか。」
「ワシだってお前とマルコの仲を取り持ってやったではないか!ワシがいなければマルコだってとっくに他の女と結婚していたんだぞ!」
「余計な事を口にするんじゃない!今回の事だって私は元々反対なんだ。何かあったらただじゃ済まさないからね、覚えときな!」
カトリーヌがちょっと頬を染めながらエクトルに怒りをぶつけている姿は新鮮だ。珍しくエクトルが言い返していたが結局最後に凄まれしゅんとなった。
カトリーヌはその勢いのまま部屋を出て行き、私はついて行きそびれた。
「まだ行くまでには時間があるだろう。ここでゆっくりして行きなさい。」
エクトルに言われるまま、テーブルについた。
留守の間のドマニの事を一応頼んでおいて、ちょっと気になるマリーの話を聞いてみた。
「マリーとは幼馴染みでな、ワシが冒険者になると決めた時に結婚しようと約束したんだ。」
「いつ冒険者になると決めたんですか?」
「十才の頃だ。親の言う事などきかん子供であったから、冒険の後は必ず戻って来ると約束してから出て行くよう言われておった。」
「エクトルを心配してたんですね。」
「そうだ、ユキと同じだ。いつもワシの心配してばかりだった。それもワシが勇者になってしまい一層心配をかけとうとう倒れた。」
きっと貴族からの嫌がらせや命を狙われて疲れ切ってしまったのだろう。
「それでもワシはマリーと一緒になりたかったんだがな、アレクザンダーにマリーを解放してやれと説得された。マリーも別れを嫌がったが痩せ細った彼女を見て体がもたないとカトリーヌが説得し別れた。その後商人の男と一緒になり幸せになった。」
淡々と悲しい話をするエクトルはいつもの彼と違って見えた。
「自暴自棄になりかけた事もあったが何とかここまで来た。後は弟子に繋げればいい、ライアンもそろそろ一人前になるだろう。」
「そろそろなの?もう充分強いと思うけど。」
「強さは充分だがな、それだけじゃ駄目なんだ。うむ、来たようだな。」
エクトルの視線の先に噂のライアンがいて私を見ると嫌そうな顔をした。
失礼なやつ。
「師匠、そいつの話を聞きましたか?レベルあげでせこい手を使ったんですよ。」
ライアンがドマニと私の怪しげな態度を説明するとエクトルは驚いたが大笑いした。
「そんなに迷宮が苦手だったとはな。そうだ、今度はワシが付いて行こう。そうすれば一発で上級もクリア出来るぞ。」
「ホントにいいの?」
私が喜ぶとライアンが文句を言い出した。
「そんな事でレベルをあげても一緒には行かないぞ。」
「あなたの許可は要らない。勝手に行くもんね。」
言い合ってるとレブが私達を呼びに来た。
今回はライアンも行くようだ。よっぽど大変になると言うことか。
エクトルに手を振り魔法陣へと向かった。
ひんやり冷え込む地下へ続く階段を下りていくと不機嫌なカトリーヌが私とライアンを交互に見た。
「面倒ばかりかけずにしっかり働きな。」
「はぁ…私は何をすればいいんですか?」
レブが毒消しを渡してきたのでベルトのポーションと入れ替えた。
「ケルベロスがいる事は確認出来ております。」
またあの犬っころか。慣れてきたけど怖い事は怖い。ケルベロスって飼いやすいのかな。
ライアンにも毒消しを渡し、魔法陣に乗るとすぐに転移した。いつも通り何度か経由して最後に岩陰にたどりついた。
ぐるりと辺りを見回すとどうやら山岳地帯のようで、どこまでも岩ばかりしか見えない。
「こちらへ。」
ケイの案内で数分歩くと大きな古びた石造りの建物があらわれた。どうやらここがイグナツィのアジトって事らしい。
厳重に見張りを立てているかと思いきや周辺には建物を囲う壁も柵も無く人影もない。
「ホントにここなの?」
レブに確認するとこっくり頷いた。
「ユキ様には酷なようですが、アレが見張りをしております。」
ザワッと背筋に寒気が走り側にいたレブの腕にがっちりしがみつくと彼の目がライアンを見た。
まさかアレなの!?
「少し小ぶりの物が建物手前の至る所に穴を掘り近づくモノの気配を感じると出てきます。」
説明しながら私から逃れようとしているが絶対に離さない。
「無理ムリ無理ムリ、無理だよ〜。」
首がちぎれんばかりに拒否しているがカトリーヌはあっさり侵入計画を進める。
「ライアンとユキはここから入って行きな、後で中で合流だ。」
屋敷内のあらましと、私が使い物にならないかも知れない事をレブがライアンに告げて二手に分かれた。
レブにしがみついていた私をライアンが無理矢理はがしてきたのでそのまま彼の腕に取りつく。
わかりやすくウザそうな顔をされる。
「誰でもいいのか、何しに来たんだよ。」
「アレは無理、アレだけは無理。」
涙目で訴えたが問答無用でせっかくしがみついた腕からも引き剥がされその場にへたり込んだ。
「使えない奴は邪魔なだけだ。帰れよ。」
私は一人取り残され、ライアンは一人で向かって行った。
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