第87話 潜伏3
エリンのお土産は売却される事なく再び私のポケットに戻って来た。
レブが買ってきてくれた服はパンツスタイルで最ダンに勤めだした当初を思い出させる。
ライアンにもシャワーを浴びさせると脱いだ服を洗濯し窓を開けた所に設置してあった物干しに干した。今夜も一段と冷え込んで来て洗濯物を干す手が冷たくなった。
「ひゃ〜、宿がとれて良かったよ。寒い!」
窓を閉めテーブルにつくと置いてあったお茶のカップで手を温める。
「あぁ…すまんな。洗濯…」
「いいよ、ついでだし。」
何となく話が続かない。そろそろ寝る時間か…
「さぁ、寝よ。明日は早いんでしょ?」
「そうだな。」
私はワザとバタバタとし、どっこいしょっと靴を脱いで壁に引っ付けてあるベットの奥へと行き端をあけるとポンポンと叩いた。
「ちゃんとここで寝てよ。長旅になるんでしょ?きっちり休んでおかないとね、じゃあお休みなさ〜い。」
ボスっと寝転び壁側を向いて目をキツく閉じた。
鳴るな心臓!何もないから!…期待してるわけじゃないから!!
はぁ…っとため息が聞こえ電気が消された。
毛布をめくりゆっくりとライアンがベットに入って来た。
ベットって偉大だね、洞窟とか暗い森の中とかじゃこれほど彼を男として意識しないのに、ここに来て妙に緊張する。
微動だに出来ず息を殺しているとライアンがイビキをかきはじめた。そっと振り返り彼の顔をみた。
良かった…眠ってくれた。これでゆっくりと休めるね。
これまでほとんど寝てなかったから心配だったライアンのイビキに安心して私も眠りについた。
「えぇ…あの…申し訳…ありませんが…」
声をかけられ意識が浮上した。
…レブの声?でもなんだか重い…温かいけど体がガッチリ押さえられて動けない…
まだ眠っていたかったが目を開けると大きな手が見えた。
なんだコレ?
壁を向いてい寝ていた私は体に乗せられている重い腕をどかせると声が聞こえた後ろを振り返った。
「……うわぁ!」
目の前の顔に驚いて起き上がった。
「え?なんで!?」
ライアンは私を腕と足でガッチリ抱え込み眠っていた。
「んぁ?…しまった寝すぎたか…」
私の声に気がついたのか彼は私から足を退けると起き上がりベットに座った。
あぁ、そうだ。一緒に寝てたんだっけ。
まだ起ききっていない頭でボンヤリとしたまま思い出した。
「おはよう、レブ。まだ暗いねぇ。」
窓の外は薄暗く日は登っていない。私も起き上がるとアクビをしながらグッと伸びをした。
「あの…服装を整えられた方が…」
レブが遠慮がちに顔をそらして言った。
「はぁ?…わっ。」
下を向くとブラウスのボタンがいくつか外れていた。
慌ててブラウスの前を閉じベットから出るとシャワールームへ行った。ちょっと焦っていたせいかドアが閉め切っていなかった為、二人の会話が聞こえた。
「まさか何もなかったんですか?」
「あるわけないだろ!」
きっぱり否定するライアンにレブが今日の予定を話しだした。
「やはりすぐにここから出る方が良さそうです。門番に入った情報によると今日の昼にもよく分からない上からの追手が着くそうです。」
早速レブはこの街の門番からどうにか情報を手に入れたようだ。
「そうか、じゃあ予定通りすぐに出よう。ユキ、行くぞ!」
支度を整えレブが用意してくれたコートを着て旅支度を積んだ馬に乗り込み、朝焼けの中入ってきた時とは違う反対の門へ向かった。
途中で数人の旅人達が目につきだす。彼らも朝イチに出発する為に門へと向かっているようだ。荷物を大量に積んだ荷馬車を引く者や乗り合い馬車らしきものまで、門に近づいた頃には列をなした大勢の人が開門時間を今や遅しと待っていた。
「思っていたより人が大勢居ますね。これなら出るのは容易そうです。」
基本的に入るより出る方が取り調べは簡単だろう。手配が回っている人物を探す為に入る時の検問を厳しくしても、出る時だけでもさっさと済ませなければ商売人に嫌われる。
私達よりも先に門にいた列に並ぶ人々の中に、昨日レブが上手い具合に門を通り抜けたと褒めた女冒険者が一人で並んでいた。
やはり昨日の男は一緒ではなく早朝に出るという事は自身もここには用はないみたいだ。
馬から下りるとレブと二人で列に並び、数組前にライアンが一人で並んでいた。あの女冒険者の後ろだ。
女冒険者は振り返るとライアンに何やら話しかけている。会話は聞こえないが振り返っている彼女の顔は笑顔でよく見ると美人だ。きっとライアンも楽しげに話してるんだろう。
「また不機嫌になるのは勘弁してほしいんですがね。」
レブがポツリとこぼす。
「不機嫌て?ライアンの事?」
「えぇ、昨日に続いて今日もですか。せっかく機嫌をなおしてもらおうとお二人でゆっくりと休んで頂いたのに…」
ジッと私を見る。
「ゆっくり休んだから大丈夫だよ。」
「はぁ…本当にゆっくりしてどうするんですか。とにかく門を出たら少し先に進んでからの合流です。その時にあの女がいたらライアン様と馬に乗って下さいね。」
「どうして?馬の負担を考えたらレブの後ろの方がいいんじゃない?」
「他の理由を考えてもそうですが、私は結構神経質なもので。気疲れが酷いのでお願いします。」
それからすぐに開門しぞろぞろと列に並んだ人々が動き出した。
前の方で横入りする奴がいて揉めだしたり、数人がランダムに別の場所に呼ばれちょっと調べられたりと意外と時間はかかったが無事に門を抜け再びレブと馬に乗ると走り出した。
十分ほど走った所で街道脇に女冒険者と一緒にライアンが待っていた。レブが変な事を言っていたので機嫌が悪いのかと思いきや上機嫌で話が盛り上がっていたようだ。
彼女は私達に気づくとニッコリ笑った。
「あぁ、ファウロス、連れの人が来たようだね。私はシーリよ、よろしく。」
偽名か、よりによってなんでファウロス。何かの嫌味か?ライアンの顔が笑ってる。
「私はエディです。」
「アウロラよ。」
ピクッとライアンが笑顔を凍らせた。フンッ!
「シーリはこの辺りに詳しいらしくて、裏道にも精通しているそうだ。道案内を買って出てくれたんだが、いいか?」
「いいも何も大変助かります。あぁ、アウロラ。どうも馬の調子が悪い、ファウロスの後ろに乗ってください。」
レブがさっき言った通り私をライアンの後ろに乗せようとした。
「あぁ、だったら私が乗っけてあげるよ。その方が負担も少ない。裏道は険しいからね、ファウロスとじゃ馬が可哀想だよ。」
そりゃ重量的にシーリと一緒の方が良いだろうけど…
私はライアンの顔を見た。
「…そうだな。また後で交代すればいい…アウロラ、乗せてもらえよ。」
レブの後ろから下りる時、小声で「用心を」と言って来た。一緒に行くと決めたのはライアンなのに怪しい所があるのかな?
シーリの方へ行き引き上げてもらうと後ろに乗った。
「あなた身が軽いわね。ホントに馬に乗れないの?」
「そうなの、馬車ばっかり利用してたから。」
乗り込む時はスキルで軽く上がれるが馬を操るのは流石に無理だ。
「じゃあこっちよ、付いてきて。」
シーリは慣れた風に街道からそれて先頭を進んで行った。すぐ後ろにいるライアンが真剣な顔で私を見ていた。
しばらくは街道ではないもののもわりと平坦な道が続いていた。お昼に差し掛かる頃一度休憩し、これからゆく道をレブが聞き出していた。
「この先は川があったと思いましたが?」
「あぁ、今は乾季だから水が少ない、馬で十分渡れるんだ。」
レブの頭の中にも大体の地形が入っているらしく変な方向へ進んでいる訳ではないようだ。ライアンは私の隣に来てこっそりナイフを私のベルトの後ろに差し込んだ。ダガーはドマニに渡してしまっていたし、メイスも無い。丸腰なのが気になっていたようだ。
「あら、仲がいいのね、恋人なの?邪魔しちゃった?でも、ここからは道が険しくなるから私の後ろで我慢してね、アウロラ。」
「ちがっ」
「そうなんだ、こいつ世間知らずだから頼むよ。」
私が否定しようとすると、そう言ってグッと肩を抱いてきた。
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