第58話 弟子と奴隷1

 奴隷の二人とお揃いの黒いマントを羽織りなんとか寒さはしのげそうだが心中は穏やかでは無い。

 

「ユキです、よろしくお願いします。」

 

 一応挨拶しておいたが二人はふっと笑う。

 

「私共は奴隷ですので、言葉使いは命令口調で、名は好きに呼んでくださって構いませんが一応私はレブ、こっちはケイ。」

 

 まだ三十代か四十代位の二人は年下の私にも丁寧に接する。

 

「カトリーヌ様の弟子なら私共のあるじも同然ですから、何なりと申し付けて下さい。」

 

 深々と年上の男達に頭を下げられ大変居心地が悪い。

 

「はぁ、よ、よろしく。」

 

 慣れないうちは近寄らないでおこう。

 

 レブは早速先に立ってカトリーヌを案内し始めた。最後尾はケイだ。

 辺りは岩ばかりでどうやらどこかの山岳地帯らしく遠くまで見渡しても岩だらけだ。道なき道は登り坂で草木は全く生えていなかった。

 しばらく行くと山腹にポッカリと洞窟が口を開けておりそこへと入って行った。入ってすぐの平坦な所に大きなテントが張ってあり中へカトリーヌを通した。

 テントの中は暖かくシンプルではあるが高級感のある空間が準備されており、テーブルにカトリーヌを案内するとケイはすぐに熱いお茶を用意し、カトリーヌに差し出し一歩下がるとレブが説明を始めた。レブの方が年嵩でちょっとダンディな感じだ。

 

「この洞窟の奥へ小一時間ほど行った所にミスリル鉱石が発見されました。」

「まだ誰にも見つかってないだろうね。」

 

 カトリーヌは優雅な手つきでカップを口に運ぶ。

 

「それが、採掘はされておりませんが何か情報があったようでこちらへ方面へ向かっている一行がおります。恐らく冒険者だと思われます。半日ほどでたどり着くかと。」

「チッ、見つかると厄介だ。急ぐよ、ここも片付けな、行くよ。」

 

 ほんの一瞬カトリーヌが寛いだだけの高級感溢れる空間は撤去され魔法陣でどこかへ飛ばされて行ったようだ。

 

 酷すぎる。用意にどれくらいかかったの?

 

 すぐに洞窟の奥へ向けて歩き出す。薄暗い空間に顔をしかめたがふとベルトのポケットに明かりの魔石がある事を思い出しぐっと握って起動させる。皆もそれぞれ何かの魔術具で明かりをとっているようだ。

 デコボコとした地面は緩やかに下りやがて崖っぷちに突き当り不気味な谷間に道を阻まれた。谷底から聞こえる風の音に誘われどこまで深いのか確かめようと顔を出そうとしてレブに止められた。

 

「下には魔物がおりますゆえお気をつけて。」

 

 そう言われ今度はそっと慎重に覗くと深い谷底は暗くてよく見えなかったが、そこに蠢く影ある。

 

「アレなんですか?」

 

 レブに聞くとニコリと笑った。

 

「行けばわかりますよ。」

 

 そう言うとデコボコした地面を崖沿いに移動し平らな場所を選んで施したのか魔法陣があった。すでに木箱がいくつか載せられておりその横へ四人が固まって乗り、一瞬で移動した先は岩場の陰だった。

 

「お静かに。」

 

 レブは私にそう言うとそっと背を押し陰から外を見るよう促した。コソッと見たそこは、キラリと眩しい銀色に輝く結晶のような鉱物が辺り一面に広がっていた。周りを巨大なトカゲが多数蠢き気持ち悪さを演出している。

 

「メタルリザードです、魔術が効きづらくて手こずります。」

 

 ここにいる四人中三人は魔術師…まさか私ですか?

 

「最初に何ヶ所か鉱物をバラけさせて頂いて我々がそれを回収している間は奴らを抑えて下さればいいです。なんなら倒さない方がここが守られて良いかも知れません。希少な鉱物はすぐに取り尽くされてしまいますから。」

 

 私が魔物を引き付けてる間に何かを進める。ヒュドラの時と同じなんですけどね。

 

「アレには毒は無いんですか?」

「えぇ、毒はないです。少し皮が硬いだけです。」

 

 少し、ね。

 

「何コソコソしてんだい、早くしな。」

 

 後ろで女王様…いや師匠が苛立っていらっしゃる。ご機嫌を損ねれば早く契約解除してもらえないかもしれない。はぁ…

 

 吐いたため息をそのまま吸い込みグローブをはめるとレブがそっとマントを外してくれた。

 

 これから動くのに慣れないマントは邪魔だからね。

 

 ゆっくりとメタルリザードが蠢くミスリル鉱石の所へと近付いた。

 

「ユキ様、右から来ます。」

 

 レブからの声で咄嗟に右に腕を振り上げるとどこからか飛びついてきたリザードが弾き飛ばされて行った。それを皮切りに次々とリザードが地を這いこちらへ迫ってきた。

 

「鉱物を崩してください!ユキ様。」

 

 ケイの叫びに足でそこらの光る岩場を蹴り倒すとボロリと鉱石が転がった。

 

「おぉ、流石カトリーヌ様の弟子!あの硬い鉱石がいともたやすく。」

 

 ケイが驚きの声をあげながら回収を始めた。私はすぐに飛び掛かってくるリザードを掴んでこちらへ向かって来る集団めがけて投げ飛ばした。

 

「早くおし、なにトロトロしてんだい!」

 

 いやもう必死に戦ってますけど!

 

 リザードは次から次に湧いて出てくる。それを投げたり蹴ったり、間に合わない時には踏んじゃったりしたけどそれもケイとレブによって回収されていった。何かの素材になるようだ。

 飛び掛かってくるリザードのトカゲ独特の突起によって私の腕も足も傷だらけだ。尻尾で払われた時は流石に痛かったがレブが素早くポーションをかけてくれた。

 主に私のサポートはレブがしてくれ魔物の攻撃に対応しきれ無い所は魔術で牽制し助けてくれた。そのすきにケイが鉱石をせっせと運び時々私に鉱石を崩せと指示してきた。

 

 この奴隷ふたりほんとに優秀だな。

 

 

 

「そろそろ行くよ、いいかい、引きな!」

 

 カトリーヌのその声と同時にレブは私の腕を掴みグイッと後ろへ引き戻すと入れ替わりに物凄い火力があろうかと思われる熱をはらんだ火球が飛んでいき、岩場の陰に入ると同時に爆発音がし次の瞬間に私達は崖の上に転移していた。崖の下からもうもうと煙が上ってきている。どうやら崖の一部を崩しミスリル鉱石を隠したようだ。

 

「ちんたらしてんじゃないよ、早くおし!」

 

 私を掴んでいたレブの手は離され即座に乗っていた魔法陣を改良するとそこへミスリル鉱石が入った木箱をどんどん乗せ次々と転移させて行った。

 

「これは簡易の物なので人が長距離移動するには危険です。」

 

 レブは私にそう説明すると最後の箱を送った後魔法陣を消した。

 

「終わりました、カトリーヌ様。」

 

 その声を聞く前にカトリーヌ戻り始めていたので急いで付いていき洞窟から出ると岩場の坂を下り始めた。

 

「チッ、もう来たか。お前たちがグズグズしてるせいだよ。」

 

 カトリーヌは素早く陰に身を潜めるように私達に指示し下から上がってくる冒険者達をやり過ごした。

 五人の冒険者はゾロゾロと坂を上がっていたが一人の黒いマントの男が辺りをキョロキョロと伺いながら進む。

 

「どうした?何かいたか?」

 

 連れの冒険者がマントの男に話しかける。

 

「いや、気のせいか…ふと何か匂ったんだが。」

 

 確かにカトリーヌから上品な花の薫りがする。いい石鹸でも使って優雅に薔薇の香水とかつけてそうだ。雪も降ってるうえ風もあるからすぐにかき消されるだろうが、コイツは鼻がきくのかな。

 

「気のせいだろ、とにかく急ごう。寒くてかなわん。」

 

 一行はそのまま恐らく洞窟目指して行った。

 私達も安全を確認した後すぐに岩場から出ると坂を下り魔法陣へ向かった。

 

 ここへ来た時に使った魔法陣に素早く乗るとヒュドラの時と違いレブも一緒に乗り込んで来た。

 

「ケイは後始末がございますので。」

 

 レブがすぐに説明してくれ、深々と頭を下げるケイの姿はあっという間に消えカトリーヌの屋敷の倉庫へ転移した。

 カトリーヌはサッサと魔法陣から出て優雅に階段を上る。

 

「後は任せた、ユキ、終わったら勝手に帰りな。」

 

 呆然と彼女を見送っているとレブがフッと息を吐き少し気を抜いたのがわかった。

 

「お疲れ様。」

 

 声をかけるとニヤッと笑った。

 

「失礼しました。カトリーヌ様は激しい方なので…」

「そうよね、いつもこんな感じなの?」

「そうですね…あまりご存知無いようですが何故弟子に?」

 

 心底不思議そうに首を傾げられる。

 

「成り行き…かな。」

 

 元をたどればあの馬鹿貴族のせいだと腹は立つけど、もう奴はシルバラに居ないし考えたところで私にはこれ以上どうにも出来ない。二度と顔を見なくて済めばいいけど。

 

 

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