第56話 後の祭り

 何故だか貴族にばかり目をつけられる。やはりスキルのせいなんだろうか?

 

 ファウロスは無断で帰り、私も事務所で気持ちを何とか立て直すと待機室に戻った。イーサンは何事も無かったかのように地図を眺めくつろいでいたので私も黙ったまま椅子に座った。

 冒険者三人は順調に進んでいる。

 

「このパーティはかなり慣れているようだな。迷いが無い…」

「ベテランてことですか?」

「そうなんだが…」

 

 進み具合が順調なのはいい事だろう、何が気になるのかな?

 

 結局私の勤務時間内には彼らは脱出せずそのままイーサンを残し終業となった。

 

「一人で大丈夫ですか?イーサン。」

「勿論、大丈夫だ。いつもの事だ。もうすぐマルコも来るだろう。」

 

 昇段試験以外の日は割とこんな感じなようで、私は先に上がる事になった。

 

 外に出てグッと伸びをする。

 色々あった大変な二日間だった。ふらりと路地へ入り二階にある住まいへ非常階段のような鉄製のステップをカンカン音を立てて上っていく。

 

 疲れたなぁ…でもお腹すいたかも。

 

 何を食べようか考えていた。昇段試験中は食事付きだったから何も考えず届けられた物を食べていたけど、今夜は一人だし外へ行かなければ何も無い。

 

 エリンの顔が見たいな。

 

 シャワーを浴び彼女にもらったワンピースに着替えると部屋を後にした。

 

 昇段試験の時は各地に散らばっていた騎士達も交代で王都シルバラへ帰って来るから街が賑わうらしい。その為人が増え行商人が一時的な店を広場に設けられたスペースに所狭しと立て、お祭りの様な騒ぎになるらしい。

 だがこの辺りは静かな住宅街で観光客もあまり来ない。普段なら昇段試験はとっくに終わり初級のダンジョンへ挑む一般の客もいるらしいが今回は昇段試験も延長しダンジョンも壊れたりとそれどころではなかったし、魔物が強くなっているという噂も出ていたようで来たのは冒険者が一組だけだった。

 私が最ダンから唯一出たのは城へ向かう馬車の中だけだったのでその賑わいがどれ程のものか知らないまま終わりそうだ。

 

 エリンの店について中に入った。

 

「今晩は、エリンいますか?」

 

 まだ早い時間なのか客はおらず開店したばかりの店で彼女はテーブルを拭いていたが、振り返って笑顔を見せてくれた。

 

「ユキ!仕事終わったの?何だか久し振りな気がする。」

「私もだよ、色々あり過ぎて、疲れたぁ。」

 

 様子がおかしかったのかエリンは真剣な顔をするとそっと抱きしめてくれた。

 

「そっか、何でも言って。話聞くよ、よしよし頑張ったんだね。」

 

 何も言わなくても優しくしてくれる女神エリンの存在がありがたい。

 私を奥のテーブルに着かせビールのジョッキを二つドンと置いた。

 

「さ、とりあえず乾杯よ!」

 

 ガチャリと音を立てて乾杯し一気にジョッキの半分くらい飲むとダァーッっと息を吐く。

 

「もうー聞いてよ!大変だったんだから!!」

 

 疲れたなんて嘘みたいにそこからは夢中で飲んで話して食べていた。エリンは時々は客に料理を運んでいたけどほとんど私の前に座りじっくりと話を聞いてくれた。

 

 

 

「とにかくその騎士は抹殺しなきゃいけないわね!今すぐ探し出して私がこの手で始末してあげる。」

 

 エリンが何杯目かのジョッキをテーブルに叩きつけ叫んだ。ちょっと目がすわってる。

 

「もう僻地に飛ばされてるわよ。騎士団長が言ってたもん。」

 

 作り話に金貨、全く悪びれた感じもなかったクズが最後に謝ってくれたのはカトリーヌが睨んでいたからだ、そしてライアンも…

 

「ねぇ、ライアンってさ…」

 

 ふと彼の事が気になりつい口にした。

 

「ナニナニ?何か気になるのかな?」

 

 エリンが急にニヤけて顔を近づけた。

 

「ち、違う。間違えた、き、騎士の人ってさ、あの、やっぱりスキルがある人を取り込みたがるのかな?」

 

 彼女のあまりに嬉しそうな顔にちょっと恥ずかしくなってビールを一口含むと話題を切り替えた。

 

「もう…どうでしょうね、でも力を欲しがる人は多いでしょ。権力争いが厳しいそうだから。」

 

 残念そうに乗り出した身を引き椅子の背もたれに体を戻した。

 

「だからって結婚までしたがる?しかも貴族になれって言われて。」

「ちょっとそれ聞いてない!詳しく話して!」

 

 私は再び背もたれから離れたエリンに今日二度のプロポーズを受けた事をヒソヒソと話した。エクトルの事は名を伏せて助けを得る代わりに多分本気では無かったと思うが迫られた事ともう一人はファウロスだと内緒で言った。

 

「相手は貴族だから絶対に誰にも言っちゃ駄目だよ。エリンに何かあったら大変だから。」

「大丈夫、その辺は心得てるよ、私も命が惜しいから。でも…ちょっと、ドキドキしちゃう。身分差を超えての愛…」

「愛!?かな?」

「愛だよ、愛!貴族が平民に求婚!今まで何度か聞いた事あるけどそこまで高位の貴族では初耳だよ。」

「ある事はあるんだ。」

「まあね、でもそのせいで出世からは外れるらしいから、結局愛人にって事になっちゃうのよ。」

「そうなんだ…」

 

 まさかのファウロスが決死の求婚だったのかな。出世を棒に振るなんて王の側近の息子なのにそんな無茶、父親は知ってるのかな。まぁ、断ったから心配ないけど。

 

「アレ?でもユキ、それペンダントでしょ?今までしてなかったのに。もしかして立会人の為に誰かと仮に婚約したの?」

 

 どうやら婚約や結婚にも石で契約するらしくエリンは興味深げに鎖を引き出しトップについている石をマジマジと見た。

 

「これ相当良い石よね。どんなお金持ちと婚約したの?契約料も高かったでしょうね。」

 

 カトリーヌと師弟関係を結んだ石は高価な物だったらしい。

 

「契約料って?」

「これだけの石で契約したなら力の強い結び付きが得られるわ。そのためには力の強い魔術師による強い効果の魔術が必要で簡単には解除出来ない事になってるはずよ。普通平民の結婚にそこまでしないわ。そもそも貴族がやってる契約を真似てるだけだし。」

 

 平民にはもともと結婚に際し何かをすると言う事は無くただ役所に届け出るだけだった。だが貴族の間で石を送り契約するという事をロマンチックに捉え真似だしたのが始まりらしい。

 貴族は財産やその後の政治的な結びつきなど契約を結ばなくてはいけなかったのが現状だが誰かがそれをいい風に捉えられるようにでもしたのだろう。

 今では貴族も平民も結婚に石を使って契約をするようになったらしい。内容は人それぞれ「永遠の愛を誓う」って重いものから「いつも一緒」ってものまで、平民の契約ではそこまで強力なのは出来ないから契約に違反しても大した事はないらしい。誓約書みたいなもんだ。

 

「でもこれ結婚や婚約じゃないよ。カトリーヌの弟子になったの。」

 

 エリンの顔が引きつった。

 

「カ、カトリーヌって、魔術師カトリーヌ?あの?」

「まぁ、多分そう。希代の魔術師カトリーヌ。」

 

 エリンが椅子を飛ばさん勢いで立ち上がりテーブルに手をついた。

 

「嘘でしょ!?ホントにホントなの?」

「え〜もう怖い、なんで皆そんなに脅かすのぉ…」

 

 私はみんなの反応を見るたびどんどん落ち込む。

 

「ねぇ、弟子って何するの?」

「なんでも。」

「なんでもって、なんでも?」

「そう、なんでも。行けと言われれば行って、来いと言われればどこまでも着いていく。街でも山でもダンジョンでも戦場でも外国でも…」

「うわーもういい、もういいよ!怖い怖い怖い。」

 

 私は震え上がってもう一杯ビールを頼んで飲んだ。

 

「どうしよ…早く解除しなくちゃ。」

「契約期間はいつまで?」

「……知らない。そんなのあるの?」

 

 ブルッと震えもう一杯頼んで飲んだ。

 

「相当の力で契約してそうだから、ちゃんと内容聞いといた方がいいよ。…もう遅いけど。」

「もう一杯ビール!」

 

 私、終わったかも。

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