第40話 希代の魔術師6

 やっと大岩のところまで来るとライアンは男から私を受け取り顔を覗き込んできた。

 

「しっかりしろ、悪いが出番だ。これを飲め。」

 

 また瓶を私の口に当てると中身を注ぎ込んだ。今度は何とか飲み込んだが恐ろしいほど不味かった。

 

「何これ、ポーションより酷い。」

「ハイポーションだ、立てるか?これは流石にお前にしかできん。」

 

 ヒュドラの最後の首は大岩の側にポッカリ空いている穴に放り込まれ後はフタを閉めるばかりになっていた。

 

「忘れてた…最悪。」

 

 痛くて死にかけてんのにやんなきゃ駄目?

 

 ハイポーションのおかげかいくらか動けるとはいえ全身の痛みは消えてない。それでもこれを閉めないことにはヒュドラ討伐は終わらない。ライアンは私を抱えたまま穴とは反対の所まで行くとそっと足を地面に下ろしてくれた。

 

「い!…たい…」

 

 足を地面につけたところから激痛が全身を走る。

 

「悪いな、恨んでくれて構わんぞ。」

 

 彼はそう言うと私を立たせ手を大岩に押しつけた。頭はガンガンに痛むし体は焼けるように痛い、押し付けられた手は肉がえぐれているのかと思うほどの痛みで震えた。

 声が出ないほどの痛みでただ涙を流すだけの私にライアンが優しく声をかけてくる。

 

「辛いのはわかるがやらなきゃ終わらない。オレも一緒に押してやるがお前の力が必要だ、いいか?行くぞ!」

 

 頭ではわかっているがなかなかスキルが使えず大岩は全く動かなかった。その様子に苛立ったのかカトリーヌが私に怒鳴りつけてきた。

 

「ここに何しに来たんだ小娘!役に立たないならヒュドラの首と一緒に封印しちまうよ!」

 

 こっちは死にかけてんだよババァ!ちょっとは優しい言葉をかけてよ!

 

 痛みとカトリーヌの言葉に腹が立ち、もうどうにでもなれと思い手に力を込め押出した。

 するとググッと岩が動き少しずつ進んで行った。

 

「ぐ、うぅ…」

 

 痛みと怒りで目がチカチカする。

 

「良し、いいぞ。」

 

 ライアンも手伝いさらに進み始めたその時、

 

「マズイ!!再生し始めてます!カトリーヌ様!」

 

 部下の男が叫ぶと同時に穴の中からヒュドラの最後の首が飛び出してきたのか大岩が少し押し戻された。

 

「うわっ!」

 

 ギリギリで立っていた私はよろけるとライアンに抱きとめられた。

 

「カトリーヌ!大丈夫か!」

 

 ライアンが叫ぶと同時に物凄い爆発音が聞こえ大岩の向こう一面が一瞬火の海になった。

 慌てたライアンは私を抱えたまま後ろに飛び退いた。火はすぐに消え煙がもうもうと立ち込めたがやがてそれも収まった。

 

「カトリーヌ!」

 

 呼ぶ声に答えたのは余裕綽々よゆうしゃくしゃくで仁王立ちするそのお姿、魔術師で女王カトリーヌだった。

 

「さっきのは焼きが甘かったかね。今度はよく焼いておいたから大丈夫だろ。」

 

 ライアンに抱えられヒュドラの首を確認しに行くと黒焦げで大分焼き縮んだ頭が消し炭の様に転がっていた。

 

「私達って別にいなくても良かったんじゃないの?」

「確かに、ここでずっと待ってれば良かったかもな。」

 

 希代の魔術師の子孫はやっぱり希代の魔術師で女王様だった。これほどの力があるなら一人でやってくれれば良かったのに。私はまたそこから死ぬ思いをしながら大岩を押し出しヒュドラはやっと埋められ魔法陣が起動されると封印は完成した。

 

「良くやった、これで完成だよ。」

 

 その声を聞きそのまま崩れ落ちると私は痛みで意識を失った。

 

 

 

 

「まだ完成しないのか?」

 

 苛立たしそうなライアンの声が聞こえる。

 意識が浮上すると同時に痛みで身をよじった。

 

「気がついちまったのかい、まだ解毒出来ないよ。」

 

 ベットに寝かされているらしいがここがどこだかわからない。痛みを耐える為に体を丸め手に力を込めた。

 

「く…うぅ…痛い…」

 

 それ以上何も言えずにいるとポーションが与えられた。必死に飲み込み少し回復する。

 そっと目を開けるとそこは古びた感じの小屋のような所だった。

 

「ここ、どこ?」

 

 ジリジリ身を焼くような痛みから気をそらしたくて口を開いた。

 

「ヒュドラの封印から近い村だ。今は避難していて誰もいないがちょっと借りてる、解毒剤が出来るまで動けんからな。」

 

 すぐ横でライアンが付いていてくれてる。波が寄せるように痛みが強まりキュッと体を固くし涙をこぼしながら震えているとそっと抱きかかえ髪を撫でてくれる。

 

 痛い…痛い…

 

「まだか?」

 

 彼はカトリーヌの部下に低く激を飛ばす。

 

「もうすぐだよ、落ち着きな。フフ、えらく焦ってるじゃないか。」

 

 カトリーヌは私を心配しているライアンにからかうように声をかける。

 

「こんなに苦しんでいる奴を見てれば誰だってこうなるだろ。」

「そうかい、ライアンがそんなにお優しいとは知らなかったよ。」

「自分だってイライラ足を揺すってるじゃないか。」

 

 どうやらカトリーヌも心配してくれているらしい。

 

「うるさいよ。ほら手を解かせな、握り込みすぎて血が出てる。」

 

 握った手は爪が食い込み出血してるようだがそこに痛みは感じない。それより毒による全身の痛みが激しすぎるからだ。ライアンは私の指をぐいっと解くとそこに毛布を挟み込んだ。

 

「まったく、何やってんだ。」

 

 呆れた声を出しながらもう片方の手も同じようにしそこへポーションをかけた。

 そこから何度か意識を失っては目覚めるを繰り返しやっと解毒剤が完成するとそく飲まされ私は徐々に痛みから開放されていった。

 

「もう動かしても大丈夫か?」

「うん、多分。これで助かるの?」

「しばらくは安静が必要だろうが死ぬ事はない。とっとと帰るよ。」

 

 カトリーヌに急かされライアンが私をそっと抱えると小屋を後にした。カトリーヌの部下達も付いてくると魔法陣まで来たところでまた彼女に深々と頭を下げた。

 

「お前たち、ご苦労だったな。この事はアレクザンダーにもよく言っとくよ。」

 

 そう言うとふっと目の前が真っ暗になり次の瞬間見覚えのあるドアが見えた。どうやら帰ってきたようだ。

 

「じゃあな、ライアンも明日はゆっくりしな。ユキは回復するまで無茶するんじゃない、どれほどの影響が残るかまだわかっていないからね。」

 

 そう言うとカトリーヌはサッサとドアを開け帰って行った。訓練場に入るとそこいた騎士達がざわめいた。

 

「ライアン、ヒュドラを殺ったのか?」

「その娘も戦ったのか?」

「カトリーヌが焼いたのか?」

 

 次々と質問されたがライアンは答えず私を抱えたまま事務所につれてきた。事務所にはマルコがいて私を見ると心配そうな顔をした。

 

「やっぱり毒か?伝説は本当じゃったか。」

 

 とりあえずソファに寝かされ少しホッとした。ここが私の家みたいなものだ。

 

「ちょっと待っていなさい。」

 

 マルコはそう言うと事務所から出て行った。

 

「何とか帰ってきたね。お疲れ様…です、それから、ここまで連れて帰ってくれて…ありがとう。」

 

 ちょっと恥ずかしかったがずっと私を抱きかかえてくれていたライアンにお礼を言った。

 

「随分しおらしいじゃないか。」

「私だってお礼くらいちゃんと言うよ。今回はホントに死にかけたし。ここにいるのが嘘みたいだよ。」

「ま、よく頑張った方だな。」

 

 ライアンはグッと伸びをした。彼が本気で戦う所を初めて見たがこの世界の事をよく知らない私が見ても桁違いな強さだとわかった。一太刀でヒュドラの首が落ちるなんて尋常じゃない。それにあの稲妻の様な衝撃を起こす剣も普通じゃない。

 

「ホントはどれだけ強いの?」

 

 カトリーヌはヒュドラ討伐の為に使った魔法陣はレベル70だと言っていたがどう見てもまだ余裕がありそうだった。

 

「今回の事は誰にも言うな。お前のスキルの事だって広めたくないだろ。オレたちはあくまでカトリーヌの補佐だ、いいな?」

「いいけど、その剣って普通のじゃないよね。」

 

 革職人に作らせたカバーで覆われた腰の剣を見ながら思った。ライアンの強さも本物だろうが使っていた剣にも秘密がある感じだ。

 

「そのことも含めて他言無用だ。わかったな。」

 

 ジッと目を見られこれ以上質問すなと言われた気がして私は口を閉じた。何か事情がありそうだが今はきかないほうが良さそうだ。

 

 マルコが再びやって来るとライアンに私を運ぶように言った。

 

「どこに連れて行かれるんですか?」

「この上じゃよ、カトリーヌがユキの部屋を用意しろと言ってきたからの。これからはこの上で寝泊まりするがいいぞ。家賃三万ゴルじゃ、給料から引いておく。王都シルバラにしては格安じゃよ。」

「え?」

 

 私は直ぐ側のライアンの顔を見た。今日から彼の隣に住むことになるらしい。

 

「シャワー、キッチン、トイレ共同ってここ?」

「そうだな、他はこの辺りじゃ家賃五万ゴルからが相場だ。」

 

 部屋に通じるドアを隔ててシャワー共同…早く給料上げなきゃ。

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