第38話 希代の魔術師4

 流石に今日は誰かに起こされる前にソファから起き上がった。昨夜はあまり良く眠れずウトウトしては起きるの繰り返しだった。顔を洗い一応仕事用の服に着替え自分でお茶を入れると飲みながら二人を待っていた。

 ライアンはすぐに来ると私にベンチコートの様な形の地味で可愛くない防寒服を渡してきた。

 

「何だその顔は。せっかく買って来てやったのに、言っとくがこいつはどうせ捨てる事になる。ヒュドラは毒があるとは言われてる。少しでもかかれば脱げ。今回は見た目より実用性重視だ。」

 

 おっと、思わず不満が顔に出ちゃった。イケナイ、せっかく買って来てもらったのに。

 

「後は何を用意すればいいの?」

 

 ライアンはダンジョン用のベルトを身に着けポーションを確認しハイポーションも多目に持って行けと言った。

 

「今生きてる人間は誰も戦った経験のない魔物だ。準備は万端にな、けして油断するな。」

 

 いつになく真剣なライアンの顔を見ていると緊張感が高まってきた。

 

「用意はいいかい?」

 

 カトリーヌが高級そうなファー付きの暖かそうなコートに身を包みやって来た。

 

 良いなぁ…ファーがカワイイ。

 

 私は地味で可愛くないコートを着るとライアンも似たようなコートを着て訓練場に向った。

 

「もしかして救助専用の魔法陣で向かうんですか?」

 

 私が驚いてカトリーヌに尋ねた。

 

「そう言ったろ、ここのダンジョンのレベル70だよ。」

 

 二人共躊躇する事無くドアを開き中に入って行った。訓練場には数人の騎士がいてザワつくと口々に何か言っている。カトリーヌは有名な魔術師らしいからそのせいもあるだろう。私も二人について行こうとすると待機室からマルコとファウロスが出て来た。

 

「みんな気をつけて行って来るんじゃぞ。無事を祈っておるからの。カトリーヌ、気をつけてな。」

 

 いつもの怯えた表情では無くて夫として妻を心配している感じだ。カトリーヌは何も言わずに少し笑んでいた。いい夫婦だね…

 

「本当にお前も行くのか!?」

 

 驚いた様子のファウロスに「はい。」とだけ答え魔法陣の上に立った。

 ウザいファウロスは軽く流す。三人が魔法陣の上に揃うとライアンが操作して目の前のドアがボヤけ、一瞬にして見知らぬ土地に着いていた。

 

「うわっ、寒いですね。」

 

 吐く息は白く身震いするほど冷え込む。ぐるりと辺りを見回していると急に背後から声がした。

 

「カトリーヌ様、お待ちしておりました。」

 

 思わず驚いてライアンの後ろに隠れた。

 そこには黒いマントにフードを深く被った二人の男がいてカトリーヌに深々と頭を下げた。

 

「状況は?」

 

 カトリーヌの言葉に一人の男が背を向けて歩き出し私達はそれに付いていった。もう一人の男が説明を始める。

 

「今はここから少し行った所の沼に潜んでおります。近くに集落がありますが一時的に避難させております。」

「毒は?」

「今のところ確認できておりません。しかし封印の後を見るとやはり強力な物があるかと。」

「出来るかい?」

「毒そのものがあればそこから恐らく数時間で用意できます。」

「数時間ならポーションでもつだろう。一つ目の首を落とした時点で作業を開始しな。」

「かしこまりました。」

 

 真剣な面持ちのカトリーヌがカッコイイ、悪者にしか見えないところがなお良い。

 

「ここが封印の跡地です。」

 

 さっき前を歩いていた男が立ち止まり指し示すとスッと下がって行った。

 

「埋めて石乗っけるって言ってましたよね。」

 

 私はここに来る前の会話を思い出す。

 

「言ったさ。間違っちゃいまい。」

 

 カトリーヌはだからどうしたって感じで腕を組んだ。

 

「この辺りじゃコレのこと石って言うんですか?」

「石じゃなかったらなんだい?」

「巨石とか岩石とか小山でもいいかな。とにかく石ではないです。」

 

 そこには巨大な苔むした物体が鎮座していた。

 表面には転移する為の魔法陣のように円形で複雑に文字が書き込まれた物が三つ有り、一つを頂点としその下に二つが並んでいた。魔法陣は百年以上前という年月を感じさせないほどハッキリと読み取れる。

 

「これ消えたんじゃなかったんですか?」

 

 封印が解けたって言っていたので、てっきり何かしら壊れているか消えているとばかり思っていた。

 

「コイツは書き直した。前の魔法陣の上から別の魔法陣が描かれて解き放たれていたんだ。普通はそんな簡単に消えたりするもんじゃ無い。そもそも強力な魔術師が封印したんだからね。」

「それも資料に書かれていたんですか?」

「いや、その話はうちのバァさんに聞いた。封印したのは私のご先祖さまさ、当時この辺りで暴れてたヒュドラを封印して希代の魔術師って呼ばれてたんだ。」

「へ〜凄いご先祖さまですね。」

 

 私が感心して言うと隣でライアンが寒そうな白い息を吐きながらいった。

 

「今じゃカトリーヌが希代の魔術師って呼ばれてる。」

「うぇ!そうなんですか?」

「代々魔術師の家系だが私は若い頃その先祖になぞらえられて百年ぶりの大物と言われていたんだ。」

「今もそうだろ。」

 

 ライアンが苦々しい顔をする。

 

「いや、やっぱり少し衰えたね。勢いが足りない気がする。イキのいい魔物も最近は少ない、だがコイツが出て来たからね。」

 

 ニンマリとするその顔に若干の禍々しさが漂うのは気の所為だろうか?魔物の封印が解かれて喜んでいる様に見える。

 

「それで、またここに封印するんですか?」

 

 寒さと怖さで震えながら尋ねるとカトリーヌは大岩の裏へと回った。付いて行くとそこは地面がえぐれてポッカリと穴があき何かが岩の下から這い出てきた後が残っていた。それは上に置かれていた大岩と同じ位の大きな穴でヒュドラと呼ばれる水蛇の大きさを物語っている。

 

 首一つ分でこれでしょ?全体像は考えたくない。

 

「またここに入れて後は上に石を乗せれば終わりだ。呆気ないね。」

 

 もう終了したかのような言い方のカトリーヌだが私はふと気がついた。

 

「もしかして私ってフタを閉めるためにここに来たんですか?」

「それがメインの仕事だな。他の誰にも出来ない事だ。」

 

 ライアンがニッコリ笑った。

 

 そこを見込まれてたのね、まぁそりゃそうか。

 

「じゃあ私はここで待ってればいいんですか?」

 

 フタ閉め要員なら待機でいいでしょ!

 

「私は無駄が嫌いでね、使える物は使い倒すが信条。ついておいで。」

 

 やっぱり駄目か…

 

 一縷の望みをかけたがやはり戦いにも参加しなければいけないようだ。

 またカトリーヌの部下に案内され大岩から徒歩で三十分ほど歩くと、どんよりとした空気の悪い沼地についた。水は濁っていて水中に何がいるかはうかがえない。

 

「ここか…じゃさっそく始めるよ。ユキ、ここに立って、ヒュドラが出て来たら封印する方へ向かって走るんだよ。」

「は?どういう事ですか?」

 

 カトリーヌとその部下は私の側から離れて行った。隣のライアンに視線を移すと彼はコートを脱ぎ体をほぐしだすと剣を鞘から引き抜き黒く笑った。

 

「準備はいいか?奴の尻尾が沼から出たら合図するからここに引き返せよ、尾を掴んで沼に逃げ込めない様にしろ。その間にオレが首を切っていく、切り口はカトリーヌが焼いて再生出来ない様にしていく。最後の首が落ちるまで油断するな、毒に気をつけろ。毒にヤラれたら体が焼かれるように苦しむらしいぞ。」

「ま、ま、ま、まって急に始めないで!えぇ!?私って何?まさか…」

「お前はオトリで押えで岩運び要員だ、期待してるぞ!走れ!コケるな、死ぬぞ。」

 

 そう叫ぶとライアンは沼に向かって剣を一太刀振るった。

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