第33話 ダンジョンの異常8

 多少の騙された感はあるものの、グローブもブーツも流石に一流品だけあって手触りもいい。とくにキュロットは気持ちいい程の履き心地だ。キュロットって膝丈のズボンの事だったんだね。

 

「本当に良かったのか、ユキ。」

 

 モーガンが気遣ってくれるがこればかりは仕方が無い。自分の事は自分でやって行きたいし。

 

「ありがとうございます。でも大丈夫です、仕事がキチンと出来れば払えるはずですから。でも注文していないビスチェまであったんですけど。」

「あぁ、それはオレが注文しておいた。騎士と違って鎧はつけないし、体力の無いお前には無理だろ。だから少しでも魔物から身を守る為、見た目も気にするお前にはピッタリだろ。それは多少の魔物の爪ぐらいは防げるすぐれものだぞ。」

 

 優しい言葉とは裏腹な腹黒さを隠そうともしないライアンを睨みつけた。

 

「ビスチェが無かったらもう少し安かったのに!」

「お前のことを心配したオレの気持ちが分からないのか?」

「本気で心配してるなら支払いの事まで面倒みてよ。」

「自立した女性に余計なお世話はしない。」

 

 ほんっっっっとにムカつく!

 

 だけどブーツも良く出来ていて脛の部分は硬い特殊な素材の二重構造で取替えの可能な長く使える仕様になっている。

 

 世の中やっぱり金か…

 

 

 

 午後になってマルコとレベル15の多すぎる魔物の駆除に向かう事になった。新しい服やブーツにベルトを付けポーション、ハイポーション、ダガーを確認し『所在発信用魔石』を起動させ久々のダンジョンに少し緊張していた。

 マルコがダンジョンに向かう姿を初めて見たが、二つの剣を腰に差しまるで散歩にでも行くような感じで歩いている。

 

「しっかりやれよ。サボってたらすぐわかるからな。」

 

 ライアンが見送りながらソファに寝ころんだ。

 

 チッ、地図を見ながらチクチク嫌味でも言ってくる気か、ウザい。

 

 ダンジョンに転送され、真っ暗なところからすぐに明るくなった。前回は目の前に魔物がいたので少し身構えていた。

 

「では行ってみるかの。」

 

 今回は救助では無いので焦る必要は無いがなんとなくダンジョンではいつも駆け足で移動しているのでついつい足は速まる。道を進むとすぐにゴブリンに遭遇した。

 

「ユキ、慎重にな。慣れてきた頃が危ないぞ。」

 

 いや、全然慣れてなんか無いから。

 

 ゴブリンなんていつ見たって気持ちが悪い。私は最近鍛えられた成果なのか緊張感の中にも多少の落ち着きがあった。

 

「ちゃんと最初から気合入れろよ。」

 

 早速ライアンの嫌味な声が頭の中に響いてきた。

 

「わかってるわよ。」

 

 うるさいな!

 

 拳に力を込めると新しいグローブがギュッと鳴る、手の甲に小さく花の焼印があった。

 

 これって確かスノードロップだ、カワイイ…さすがエリン!

 

 テンションもあがり構えるといつものザワッとした感覚がした。自分でスキルを使える状態に出来るようになった気がする。

 すっと息を吸い込み向かってきた一体目のゴブリンを軽く殴った。そいつは少しよろめいたが再び向かって来た。

 

「少し弱いようじゃのぉ。」

 

 マルコが後ろから心配そうに声をかけてくる。

 

「次はもう少し強く打ちます。」

 

 二度目の打撃は手応えがあった。今度はゴキっと音がし首を一回転させるとバッタリその場に崩れ落ちた。

 

「良いですよね。」

「そうじゃの。」

 

 アレにもまみれず始末も出来た。満足そうなマルコと共にそこからは順調に数体のゴブリンを倒していった。最初のうちは一体一体打撃を丁寧に当てつつ蹴りを入れたりし倒していったのだがあまりの数の多さにうんざりして来た。

 

「マルコさん、これいつまでやるんですか?」

 

 場所を交代してポーションを飲みながらため息をついた。体力は回復出来るが気力は尽きてくる。一ヶ所に十数体いるゴブリン、スライムを倒し五ヶ所ほど回ったがまだ多そうだ。

 

「ポーションも減ったし一旦帰るとするかの。ライアン、どっちに行けばいい?」

 

 マルコの声が頭の中に響きライアンにどの方向に行けば帰りの魔法陣に近いか尋ねた。

 

「そこからならもっと進んで…」

 

 グルグルと魔物を探して歩き回っていた為、方向オンチの私には全く居場所はわからない。

 ライアンの指示のまま通り道にいる魔物をたおしつつ進んでいたら背後に気配がした。

 振り向くとゆらりと黒い影が現れた。

 

「うそ…」

 

 それは大きな体を道いっぱいになりながらゆっくりとこちらへ向かって来るトロールだった。

 

「ここ、中級ですよね…」

 

 私の言葉に即反応したのはライアンだった。

 

「何が出た!」

 

 マルコが落ち着いた声で返す。

 

「トロールと…オーガもおるようじゃ。」

 

 トロールの陰から数体のオーガが私達に向かって走って来た。

 

「とにかく走るのじゃ!」

 

 マルコの叫ぶ声と同時に私はダッシュで駆け出した。

 

「何でここに上級の魔物が?!」

 

 走りながら叫ぶ。

 

「とにかく逃げろ、すぐに向かう!モーガン!」

「フム、後は任せろ!」

 

 待機室にモーガンを残しライアンが来てくれるようだ。必死に逃げながらもモーガンが逃げる方向を示してくれる通りに進んで行く。マルコが後を走ってくれるが私は足が遅い。

 

「マルコさん、先に行って下さい。私これ以上早く走れない!」

 

 私の為にマルコを犠牲にする訳にはいかない。何とか粘ればライアンが来てくれる。痛い目には合うかもしれないがここにはポーションがある。上手く行けば命だけは助かる。

 

「何を言っておる!ワシはここの責任者だぞ。置いて行けるわけないじゃろ!」

 

 そう言うと立ち止まり迫るオーガに斬りかかった。不意に攻撃を食らったオーガはあっさりと倒された。

 

「マルコさん!凄い!」

「言ってる場合か、早く行け!」

「行けるわけないでしょ!マルコさんが残るなら私もやります!」

 

 まだオーガとは戦ったことが無く恐ろしさはあるが引き返すと次の一体を思いっきり殴りつけた。まともに顔面に当たり拳がめり込むとやっぱり頭が吹き飛んだ。

 

「おいおい、レベルは上がったかも知れんが洗練さにはかけるのぅ。」

 

 すぐ後ろにいたマルコ諸共飛沫しぶきを浴びた。せっかくここまでキレイにいたのに。まだオーガは迫って来ているがさっきの私の攻撃を見ていたのか無闇に近づいて来る事なく慎重な感じで、こっちもなかなか大きく一発が当たらない。

 

「オーガはゴブリンより知能が高いからな。厄介じゃぞ。」

 

 魔物の動きをかわしつつどうにか攻撃出来ないか様子を伺うが上手く行かない。かと言ってこっちから踏み込むにはまだ経験の浅い私にはタイミングが分からない。

 オーガより遅れること数分、足の遅いトロールがついに追いついて来た。狭いこの場がいっぱいになるほどの大きさのその体で大ぶりに腕を振り下ろして来ると私達は吹き飛ばされた。

 

「キャー!」

「ぐぁ!」

 

 まともには当たらなかったが壁に打ち付けられた。

 

「大丈夫か?!」

 

 ライアンの声が頭に響くが返事が出来ない。痛みに耐えながらマルコを見ると頭から出血していた。何とか助け起こし壁沿いにヨロヨロと二人で逃げる。トロールは愚鈍な動きで油断さえしなければ何とか避けれるがまだオーガが数体残っている。私とマルコはジリジリ追い詰められながらも少しずつ移動し拓けた場所に出た。

 

「ここって前にファウロスを助けに来た所ね。」

 

 だったらもう少し行けば魔法陣がある。きっとライアンはそこから来るはず。

 

「マルコさん、もうすぐですから!」

 

 彼の頭の傷は思ったよりも酷く出血も止まらない。しかしポーションを使う余裕も無く手当が出来ない。やっと一体のオーガを始末した瞬間、マルコがよろめき膝をついた。

 

「マルコさん!」

 

 何とかポーションを使おうとした時、再びやって来たトロールが広い空間に喜ぶ様に興奮し私達に向かって来るとその大きな手を振り下ろした。

 

「危ない、ユキ!!」

「うわー!」

 

 私はとっさに両手を高く上げるとそれをズッシリと受け止めた。

 

 うそ!?

 

 受け止めた自分が一番ビックリしていた。いくらスキルがあるとは言えこんな両手で支えないといけないくらいの大きな手の攻撃を受け止めるなんて、女子力だだ下がりだよ。

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