第32話 ダンジョンの異常7

 エリンはルーと共に私にどんな印章がいいのか離れた所でコソコソと話し合っていた。何を話しているのか多少気になったが今は文字通り手が離せない。ピッタリのグローブを作るため細かい調整をセオが頑張ってくれてる。

 

「意外と手が小さいですよね。」

 

 テオの言う通り私の手は大人の女性らしいものでは無く小さく子供のようだ。少しコンプレックスでもある。

 

「こんなに小さな手で打撃とか出来るんですか?」

「まぁ、一応…何とか…」

 

 盛り上がっている女子達には加われずそちらを眺めていると待機室で休んでいたライアンが急にこちらにやって来た。

 

「ごめんなさい、うるさかった?」

 

 少しボーッとした感じだったのでそう言うと、

 

「いや、そこまで眠ってなかったから、それよりデザインを見てくれって言ってたろ。」

 

 そんな事で起きてきたのか。別に良かったのに。

 

「そうだったね、グローブはコレ。ここに焼印を入れたらって言われてエリンが考えてくれてる。」

 

 ライアンは何やら革等についてセオと話した後、エリンのいる方に行き女子二人がキャッキャして選んだ物の中から何か指差した。

 

「やっぱりそう思う?私もこれが良い!」

 

 振り向いた彼が何やら黒い感じがして何となく気になったがそもそもエリンが選んだ物の中からだから大丈夫だろう。

 

「何にしたかは内緒ね、楽しみにしてて。」

 

 ご機嫌女神エリンはそう言うと片付けを始めた。

 

「乗馬用キュロットは仮縫いしないの?」

 

 私はルーに聞いた。

 

「大丈夫です。前に細かく採寸しましたし、ね?エリン。」

「大丈夫、大丈夫!私がちゃんとしておくから任せといて。ピッタリのを注文しておくから。」

 

 片付けの最中にライアンはぐるぐる巻の剣を見せると何かをオーダーし、テオがせっせと剣の鞘を採寸しだした。作業が終わり楽しげに三人は帰って行った。

 

「鞘のカバーを作ったの?」

 

 剣の事なんてよく知らないが騎士達の剣には見られない。

 

「まぁな。」

 

 よっぽど大事な剣なのかな?

 

 テオは新しい注文が取れて嬉しそうだったからいいか。紹介した事になるならこれでもう少し値切れるかも。お金は持ってる人から取って欲しい。

 

 その日から数日は平和に過ぎ私とマルコの出番も無かった。暇にあかせてイーサンとモーガンが私に打撃のしかたや蹴りの入れ方、基本の形など教え込みスパークリング的な事もやらされ私だけがクタクタになっていた。

 

 

 

「どうやら魔法陣の修繕が済んだようじゃぞ。」

 

 ある朝マルコが教えてくれた。これで異常に魔物が多く送り込まれることが無くなり昇段試験再開になるだろう。

 

「明日からまた忙しくなりそうじゃな。ユキはレベル15の魔物を減らす為に午後からダンジョンにワシと行くぞ。」

「うへぇ、ホントに行くんですか?」

 

 そもそも初級だってまともに行ったことないのに、ゴブリンとスライムだけとはいえ中級かぁ、気が重いなぁ。

 

 今日はモーガンとライアンが待機室にいるのでここにいるのも気詰まりではあるがダンジョンよりましだ。命は無事だからね。

 ちょっと鬱々としているとまたエリンとルー、テオがやって来た。

 

「商品が出来ました、どうぞ。」

 

 誰もいない店のカウンターに真新しいグローブとキュロット、ブーツが並べられた。

 

「ユキ、早速着て見せて。」

 

 手に取りじっくり見る間もなく何故か嬉しそうなエリンとルーに連れられ事務所まで来た。

 

「これ中に着てね、それからブラウスはこれ、ほら早く。」

 

 何故か注文していない革製のビスチェと黒のブラウス、誂えた乗馬用キュロットに着替えブーツをはいた。

 

「待って…何コレ?!」

「やっぱり似合う!!ピッタリよ!」

 

 エリンとルーが頬を少し赤らめ興奮の眼差しで手を取り合って私を見ていた。

 

 乗馬用キュロットは見事なほどピッタリと腰からヒップラインを描き太腿にも隙間なく沿っていた。

 

「ま、待って。こんな感じなの?私が想像してたのと違うんだけど。」

 

 こんなピタピタのと思って無かった!

 

「私、ちょっとお尻が…」

 

 若干大きめのお尻がピッタリサイズのキュロットによりさらに強調されて恥ずかしい気がする。キュロットってスカート風の物じゃないの?

 

「何言ってるの、ユキはお尻がいいのよ。カッコイイ…」

 

 何故かお尻を撫でてくるエリンは高校時代の友達のようだ。彼女にもよく触られた。

 上下黒ずくめでブーツも黒。血飛沫が目立たない様にと思っていたがちょっとやり過ぎかも。それにしてもお尻が…

 

「早く皆に私のユキを見せに行きましょう。」

 

 いつの間にあなたのユキになったのか、とにかく恥ずかしがる私の手を取り待機室に連れて行かれた。

 

「見てみて!凄くない?」

 

 エリンが目を輝かせて私を全面に押し出す。

 

「ふむ、思った通りよく似合っているぞ、ユキ。」

「やっぱりお前のスタイルに合ってる。」

 

 ライアン、モーガン兄弟が同じように頷きながら言う。

 

「私のスタイルに合ってるって戦闘スタイルの事じゃ無かったの?」

 

 ライアンが薄っすら笑ってるのが気に入らない。

 

「いや、そうだぞ。動きやすいだろ。」

「そうだけど…お尻が…」

 

 私が自分のお尻を撫でつつ溢すと

 

「よく似合っているではないか。着替え用に数着はいるであろ。支払いは私が受け合うから気にするな。」

 

 モーガンがニッコリ笑って神様の様なお言葉をくれたが流石に甘えるワケにはいかない。ライアンの事も絡めてややこしくされて家族の問題に巻き込まれるのもゴメンだ。

 

「いえ、自分で払います。買ってい頂く理由がないです。」

「しかし、私はそのつもりで紹介したのだし…」

「いえ、ホントにお気持ちだけで。あまりお世話になっても返しきれませんから。」

 

 私の言葉にまたライアンがまた少し笑っていた気がする。モーガンは肩をすくめ仕方なさそうに引き下がった。

 

「ではもう一揃えお作りするとして、これがご請求額です。」

 

 伝票には小金貨一枚と大銀貨二枚のところを小金貨一枚に値引いてくれていた。

 

「えぇ〜っと、これって…ひゃ…くまんゴル?」

「はい、なにぶん新人ですのでお安くさせて頂きました。ライアンさんをご紹介して頂いた分でお値引きしてさらにお安くなっております。」

 

 ニコニコ笑うテオの横でエリンが顔を引きつらせている。

 

「ユキ、やっぱりモーガン様に払ってもらえば?私は最初からそうだと思ってたからけっこういい革選んじゃったの…」

 

 私の懐事情を知っているだけに厳しさも分かってくれてる。

 

「グローブの革はオレが選んどいた。一級のやつを。」

 

 黒い笑顔の理由はそれか!なんてやつ。

 

「私は構わんぞ。」

 

 モーガンが優しく微笑みながら眩しい光を放っているように見えるが私にも意地がある。目の前のライアンがニヤニヤと笑ってるのがとにかく腹が立つ。

 

 払ってやろうじゃない!

 

「マルコさんお金貸して下さい。」

「ユキ、やめなよ。百万ゴルなんて返せるわけないよ。」

 

 エリンが心配して顔色が悪い。月に1万ゴルずつ返してたら…八年四ヶ月かかる、やってやれない事は無いがそれまでにまたグローブやブーツを購入しなければいけないならエンドレス借金返済だ。

 

「き、給料あげればいいんでしょ?」

「そうだ、レベルが上がれば給料もあがる。チンタラやってる暇ないぞ。ただでさえ行き遅れなのに一生ここで魔物を倒して生きるのか?」

「行き遅れじゃないし!」

 

 ライアンを睨みつけながらマルコに手を出した。

 

「貸して下さい。すぐに返してやるんだから!」

 

 マルコがお金を取りに行ってる間に借用書にサインと血判をさせられ見事私の借金は百十万ゴルとなった。

 三人が帰ったあとガックリと落ち込んだ私にムカつくヒゲモジャが声をかけてくる。

 

「早く飯食ってレベル15を片付けて来いよ。」

 

 キーッ!コイツ殴って借金が無くなるなら今すぐヤッてやるのに!!

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