第22話 昇段試験5
イーサンが救助要請用の扉へ消えていくのを確認して再び待機室へ戻ろうとするとライアンが訓練場に入って来た。
「行ったか?」
すぐにイーサンの出発を確認してきたので頷いた。そのままこちらへ歩いてきていたがそこへさっきの女性騎士アウロラが近づきライアンの腕を掴んだ。
おぉっと…
「久しぶり、ねぇちょっと話せない?」
さっき私を見ていた挑戦的な瞳を挑発的な感じにシフトチェンジしたアウロラが彼にグッと近づく。
やだ、なにコレ!プププッ、ライアン迫られてるの?
私は自然と顔が笑ってしまうのを何とか我慢して成り行きを見ていた。
「アウロラ、いま忙しいんだ。」
「あら、救助にはイーサンが行ったから大丈夫よ。その様子じゃ徹夜だったんでしょ?もう少しゆっくりすれば?」
掴んだ腕に自分の腕を絡ませ体を密着させてライアンを見上げている。
ほう…あんな風に男に迫るといいのか。参考になります。
「そうするよ、向こうでな。」
ライアンはアウロラの
「良いのぉ?あんな無下に断って。もの凄い美人なのに。」
「うるさい、余計な事言わなくていい。それよりイーサンは上級のどこに行ったんだ?」
私の言葉にウザそうな顔をすると地図に目をやった。
「レベル35です。」
そう言うとすぐその階の地図を拡大しイーサンの居場所と救助対象を確認する。まだ疲れが取れていない顔で眉間にシワを寄せ地図を睨む。
救助専用の魔法陣からダンジョンへ入ると迷宮内に数か所ある転移魔法陣の中で目的地に一番近い所へ自動的に送られる。この機能は迷宮が複雑な中級以上にある物で一つの階に脱出できる魔法陣はレベルクリア用と合わせると四ヶ所になる。広い迷宮の中、いくら救助要請をしても間に合わなければ意味がない。どこで救助が必要とされるかはわからないので要請する側もいつ決断するかが生き残るポイントになる。
「35のこの辺りか…」
段々と救助対象へ近づくイーサンを見ているとまた頭の中に声が響いてきた。
「ライアン、地図を見てるか?」
少し息があがってる声でイーサンが話しかけてきた。
「あぁ、今見てる。どうだ?」
「いまのところ問題無いが話に聞いた通り少し魔物の強さが上がっているようだな。」
既に数体の魔物に遭遇したようでその手応えから今迄との違いを実感したようだ。
「気をつけろ、オークあたりから随分違う。オーガやグールは格段に強さが増してる感じだ。」
いつもとは違う魔物にライアンも昨夜は大変だったようだ。ここに来てすぐにベルトを着けたがそのバックル辺りには昨夜負った時のものなのか血がこびりついていた。傷自体はポーションで治してあるので見当たらないが過酷さがうかがえる。
「結局何回行ったの?」
昨夜の呼び出し回数を聞くとライアンはしばらく黙り込み、
「十、いや十二か。戻らずそのまま向かった時もあったから十二だな。中級が多かった。マルコさんが三回行ってくれたが限界に近かった。今日あたり嫌な予感がするな。」
深夜から朝にかけて休む間もなく要請が相次ぎ中級は大変だったようだ。ライアンが対応しきれない分やレベルの浅い所はマルコが対応したようだ。
「嫌な予感て?」
「間に合わない時が来るかもな。」
低い声で呟くように言った。
間に合わないって事は誰かが死ぬって事、だよね…
今更ながらこの仕事の怖さを感じた。
イーサンが救助対象を連れ無事に帰ってきた。私はすぐに駆けつけたがその
「大丈夫ですか?」
やっとの思いで絞り出した言葉にイーサンは、
「大丈夫だ、心配かけたな。」
そう言って微笑んでくれた。疲れているだろうに、その気遣いに涙が出そうだ。
「イーサン、話をきかせろ。」
ライアンが直ぐにイーサンを待機室に呼んだ。私は帰ってきた騎士の姿を見てすぐにシャワールームへ連れて行った。流石にこのままでは帰せないだろう。脱衣場で騎士は顔色を悪くしたまま、まだ震える手で兜を脱ぎ、次いで鎧を脱ごうとして血で手が滑り上手く脱げなかった。私はそれを手伝おうとして鎧に手をかけた所へライアンが飛び込んできた。
「何やってる!ここはいい、他の騎士達が面倒を見るから構うな。戦って興奮した後の騎士は気が高ぶっていて危険だ。こっちへ来い。」
無理やり私をそこから連れ出すと入れ替わりに騎士の一人が脱衣場へ入ると仲間を手伝い始めた。
「警戒心がなさ過ぎる!」
なんだか凄く怒ってる。私にはよくわからないがどうやら心配してくれたようだ。
「えっと、ごめんなさい。気をつけます。」
見知らぬ者とふたりきりで脱衣場は考えれば少し危ないシチュエーションか。
「ここは今、日常と違う。用心するんだ。」
そのまま待機室まで腕を掴まれたまま連行された。ちょっと嫌だがここは大人しく従っておくか。
訓練場を通り過ぎる時アウロラが私を睨んでいた気がするが私は悪くない…事もないか。後が怖そうだ。
待機室にいたイーサンが困った顔で私を見た。
「ユキ、帰ってきた騎士の事は仲間に任せておけばいい。下手に構うと危険だ。」
まるで猛獣のように扱っている気がするがイーサンは至って冷静そうだ。用心に用心を重ねてという所か。
イーサンは濡らしたタオルで顔や体を拭いながらダンジョンの様子をライアンと話していた。
「やはり魔物が強くなっている。オークがハイオーク位のやつもいた。」
「オレの時もいたよ。上級もそうだが中級の方が酷いかな。」
「そうなのか?上級の方が迷宮が広い分、散っているせいじゃないか?」
「中級の方は集団が増えてるって事か…」
個々の力が増しているのに集団でいられれば確かに格段に違うと感じるだろう。
「少し上と話してみる。ここを任せても大丈夫か?」
「朝のうちは多分大丈夫だろう。」
イーサンはいつもと状況が変わっている為このまま昇段試験を続けるのか騎士団の上司と話し合うようだ。
彼が出て行くとライアンはいつも通りソファに寝転び地図を眺めている。
「ねぇ、こんなに大勢入っている時は道順をどうやって覚えるの?イーサンは覚えてなくても迷ってなかったみたいだけど。」
私はイーサンが道順を覚えていた様子も無いのに迷い無く現場に最短でついた事に驚いていたので聞いた。
「魔法陣に入る時にこれに読み込ませるんだ。」
『所在発信用魔石』のある場所をポンと叩くとそう言った。魔法陣に入る時に操作しておけば魔石が行く先を示してくれるらしい。
「だったら覚えなくていいじゃない。」
初めて初級に行かされると言われた時に必死に覚えたのに!
「馬鹿、覚えてる方が早く行けるに決まってる。いちいち示される方向を気にしてたら判断に時間がかかるし気が散って魔物の発見も遅れる。」
できる男の発言にぐうの音も出ません。
ライアンは地図を気にしながらもエリンの店から運ばれて来た朝食を食べ始めた。具沢山スープで肉多め。添えてあるパンをスープに浸しながら胃へ流し込むと再びソファに寝転ぶ。
味わうとか無いんだね。
「次の人、案内するの?」
私はこんな状態じゃダンジョンに送り込むほど混乱が増すんじゃないかと気になった。
「どっちに転ぶかは分からないけど行きたいと言われれば止められない。キャンセルする奴も出てくるだろ。」
とりあえず案内する為に訓練場に行った。
「次の方、ご案内します。」
私が順番を待っていた騎士を呼び出すと、彼は躊躇しつつも前に出ると兜を被った。
無理しない方がいい気がするけど、そう簡単に引けないのかな。プライドより命だと思うけどな。
私よりも若そうな騎士が
「大丈夫ですか?顔色悪いですけど。」
上級のドアを開け中に入ると私は小声で聞いた。他の人には知られたく無いだろう。若い騎士は笑顔を引きつらせて言った。
「も、もちろん大丈夫だ。」
なんだか心配だな。
「いざという時は早目に救助要請して下さいね。一回目は誰でも様子見ですから。」
早く帰ってきても気にするなって感じで笑顔で送った。その騎士は初めての上級だった。
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