第20話 昇段試験3
昇段試験では全員が救助要請を申し込む事を義務付けられている。多くの騎士にとっては追加の小銀貨一枚くらいどうという事は無いし同じ期間中、何度も挑戦する人は最初の一回だけ購入すれば未使用なら使いまわせる。
そのせいか危うくなったお客を見逃す可能性が下がるのでそこまで地図に食らいついて見ていなくても大丈夫なようだ。
「まだ今頃はいい、二、三日の間は静かなものだ。騎士達にも余裕があるし時間もある。だが後半は…まぁ、すぐにわかるだろう。」
めっちゃ嫌な
数時間は騎士達も訓練場に大勢いたが夕方になる頃にはだいぶ落ちついた。もうすぐ今日のダンジョンへ時間制の入場は締め切る。本日入場できなかった者は明日の朝、開店してから再び順に入場して行く。夜の間は万一を優先し手続き等は後まわしだ、なにせ人手不足なので。
申込みをする人も居なくなり受付も終了した。また明日、朝から大勢来るそうだ。
ダンジョンへ次の人が入場出来るのは、昇段試験の時だけ限定で中級、上級でも三十分間隔だが、他にも前の人が次の階へ行った時は次の入場が可能だ。中級では時々、優秀な者もいて三十分以内に次へ行く人がいるらしい。流石に上級ではいないようだ。
なので訓練場で待つ騎士は自然と中級の者が多い。数人は自分の順番が近いのでソワソワと落ち着かない。その中の一人にファウロスがいた。
私が順番が来た騎士を案内し終え、待機室に戻る為部屋を横切ろうとした時ファウロスがまたやって来た。訓練場には数名の騎士がいるが近くには誰もいない。
「おい、話がある。」
どこまでも偉そうな騎士様が私の前に立つ。
「何でしょうか?」
出来るだけムッとしないように我慢する。ファウロスは私に近寄ると少し声を落として話してきた。
「さっきのは何だ?」
「なんの事ですか?」
「しらばっくれるな。さっきどうやって私から逃れたんだ。」
更に近づきもう顔が直ぐ側にある。
近いよ、キモい。
ファウロスはそこそこな顔だが必要以上に近づきたくない。私は半歩下るとニッコリ笑った。
「さっきって…あぁ、アレですか。ちょっとしたコツがあって。」
「コツってなんだ?」
しつこいなぁ…
「ライアンに教わったんです、彼に聞いてください。ちょうど来ましたから。」
交代の時間が来てライアンが訓練場に入って来るとまたファウロスに絡まれてる私を見て眉間にシワを寄せた。顎で私を呼ぶと待機室へ私を先に入れ自分もすぐに入った。ファウロスは何も言って来なかったようだ。
「何やったんだ?」
面倒くさそうに言われても私のせいじゃないし。
「さっきどうやって逃げたのかって。」
「それで?」
「ライアンに聞いてって言っといた。」
「オレに振るなよ、面倒くさい。」
私だってそうだよ。
話を聞いていたイーサンがファウロスに話しておくと言って帰って行った。今夜はライアンがここで待機だ。
最初の騎士がダンジョンに入って数時間、地図を見ていると一番深く進んでいる人はレベル34で今のところ動きが止まっている。
「なぜ動かないんですか?」
私がさっきから全く変化が見られない地図上の小さな光を指差した。
「休憩だろ。そろそろ少し休みたくなる時期だ。いくらポーションで回復して体力的に大丈夫でも気力が尽きてくる頃だ。」
ソファに寝転んでいたライアンが起き上がるとベルトの準備をしだした。
「行くの?二、三日は静かだってイーサンは言ってたのに。」
剣を鞘から抜き刃を確認しながら再び戻すとなんてこと無い風に話す。
「静かさ、数十人が今、ダンジョンに潜っているのに救助要請は一晩で数回で済むからな。後半はそうは行かない。皆疲れてくるからな。まぁ、そいつは自主的に戻ってくるんじゃないか。初めての上級で今のレベルなら面目も立つ。下手して救助要請になったらレベルは後戻りだ。」
「でもまた最初からやり直すのよね。」
「同じ昇段試験中なら迷宮は変わらない。もう一度入ればもっと早く進めるからもっと深くまで行けるだろう。道を覚えていたらの話だがな。」
なるほど、何度も入れる人はやっぱり有利なんだ。金か…
そうこう話していると、どうやらさっきの騎士が自主的に帰ってきたようだ。自ら脱出用の魔法陣を使うと待機室にポンと音がなる。
迎えに行きレベルクリアの手続きの為に四角いタイルの上にクレジットカードの様な物を乗せタッチパネルでクリアレベルを入力し、キンっと金属音がして『所在発信用魔石』を返還してもらうと私の仕事は終わり。その騎士はまだ入っていない騎士達に今回の迷宮の様子を聞かれていたが疲れた笑顔で首を振って答えるのを拒否していた。
交代で本日最後の騎士が上級へ入る案内をした。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
緊張した面持ちの騎士を見送りまた待機室に戻った。
「お前はそろそろいいぞ。」
今日はダンジョンには行ってないけど時間的には既に残業、確かに疲れた。
「すみません、お先に失礼します。」
今夜はライアンだけが残るようだが深夜にマルコが様子を見に来ると言っていた。昇段試験中は入っている人数が多いので『所在発信用魔石』をライアンとマルコとイーサンは常に携帯していて非常呼び出しもあるそうだ。従業員専用の『所在発信用魔石』には通信機能も付いていてグッと握って起動させると話が出来るらしい。
ホントに凄いわ、魔術具って。
私は待機室から出ると着替えを取ってシャワールームに行きサッパリすると事務所へ戻った。
さて、どこで眠ろうかな…
「起きろ、そこをどいてくれ。」
また起こされてハッとして目を開けると眠そうなライアンの顔が目の前にあった。
「おはようございます。わ、ちょっと、待って。」
彼は私とソファの間に無理やり乗り込んでくるとグイッと体を入れ私を追い出した。何とか落下をまぬがれ床にペタリと座り込む。
「ちょっと、何するの…よ?」
ライアンは既に目を閉じイビキをかきだしていた。
もう少しやり方があるでしょ…でも、徹夜明けご苦労さまです。
目の前で熟睡するヒゲモジャ男を見てふとイーサンが言っていた「ライアンは魅力的だ。」って話を思い出した。
魅力的ねぇ…
どれだけマジマジと見てもあまり魅力的には…まぁ見えなくもないか。
床に座り込み、まだ眠気の醒めない頭でまったりと彼の顔を眺めていた。
「寝込みを襲っては行かんぞ。」
「うわぁ〜!」
急に声をかけられ驚いた。振り返ると嬉しそうにニヤついたマルコがそこにいた。
「若い者はいいのう。」
「何が良いんですか!誤解しないで下さい、何も無いですよ。こんなヒゲモジャ。」
何となく顔が熱い気がして慌てて立ち上がった。そのまま洗面所に行くと顔を洗う。
ホントに変な事言うのは止めて欲しい。こんなせまい職場でややこしくなりたく無い。こっちはただでさえ失恋の真っ最中…の割に我ながら元気な気がする。きっと落ち込む暇もないくらい目まぐるしい環境の変化に気持ちがついて行けてないのだろう。二回は死にかけたし。もしかしてそんなに好きじゃなかったのかも。今は元カレをどれだけ想っていたのかも思い出せない。結構冷めた性格なのかな…別れ際に言われたしな、可愛気が無いって。
落ち込む暇がないって言いながら少し落ち込みつつ、身支度を整えもう一度事務所を覗くと倉庫に魔石でも取りに来ていただけなのかマルコは既にいなくてライアンのイビキだけが響いていた。私も急いで待機室へ向かう為訓練場に入るドアを開くと、さっそく朝から順番待ちの騎士達が大勢いた。
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