第51話  君は変わらない

 まだ外は肌寒いと感じる日の放課後のこと。


 幸太こうたは学校が終わるとすぐに教室を出て、下駄箱に向かう。いつもなら図書室に寄って帰ったりするのだけど借りている本もないし、係の仕事もなかったので帰ることにした。


 ホームルームが終わってすぐの廊下や階段には沢山の生徒がガヤガヤしていて、皆すぐには帰ろうとしない。

 みんな一日の集中力が切れて、周りの生徒はみんな嬉しそうな様子だった。


 正門から歩道に出ていつもの交差点までゆっくり歩いて行くと信号に引っかかる。

 少し待って信号が青になり横断歩道を渡りきったところで、後ろから自分の名前を呼ぶ細く綺麗な声が聞こえた。


「幸太くん!だよね?」

「え……? う、うん」


 後ろを振り向くとそこには黒髪ショートで身長は低めのめちゃくちゃ可愛い女の子が立っていた。制服からして同じ学校ではなく、隣の学校の生徒。

 うーん。見覚えが全く無い。


「あ!その顔は誰かわからないって顔だぁ!」

「え、えっと。はい……」

「小学生の時以来だね。こうちゃん!」


 彼女がそう言った瞬間、昔の記憶が一気に蘇るような感覚を感じた。


「もしかして三空ちゃん!!??」

「そう!久しぶり!!」


 俺の目の前にいる女の子は津崎三空つざきみくちゃん。俺が小学生の時一番仲の良かった女の子だ。それと初恋の人。


 でも三空ちゃんは親の離婚の関係で引っ越しすることになってそれからは一度も会うことがなかった。もしあの時、もっと早く告白していれば。想いだけでも伝えられていたら。そう思ったこともあった。


「三空ちゃんはあれからどんな感じ?」

「うーん。こうちゃんと離れ離れになってからは、お母さんの実家がある大阪で中学まで暮らしてたよぉー。でもこっちが懐かしくなっちゃって……。」

「そっかぁー」


 それから、お互いに今日はたまたま時間があったので、昔よく一緒に遊んでいた公園に行くことにした。


 公園につくとついこの間のことを思い出した。

 ここは数ヶ月前に取り壊し工事が行われようとしていて、陽太と電話で父さんに中止をお願いした公園。幸い工事は取り消しになって、今では以前よりメンテナンスされて奇麗になっている。


「そういえばこの間、ここ取り壊されそうになってたんだぁ」

「そーだね。父さんに頼んで残してもらったんだ」

「え!!? お父さん何者!」

「あ、そっか! 三空ちゃんは知らないか」


 まだ俺が小学生だった当時の父さんは、今の会社の下っ端社員だったので、三空ちゃんは社長になっていることを知らなかった。


 それから長らく三空ちゃんと懐かしい思い出話をした。

 あたりはすっかり暗くなって、そろそろ帰らないといけない時間。


「え!!陽太ようたくん変わってないねぇー。あ、……もうこんな時間だ」

「そうだね。そろそろ帰らないとね!」

「うん!!今日はありがと!じゃ、LINE交換しよ!」


 そうして三空ちゃんは、俺とは反対の道を通って帰って行って。帰り際にちょくちょく振り向いて手を振ってくれた。


 三空ちゃんは今も昔もずっと変わっていなくて、少し心のどこかで安心した。





              ◆





「ただいまー」


 家に帰ると、テーブルには料理が並べられていて、優香ゆうかにご飯を作ってくれたお礼を言う。毎日美味しいご飯が食べられるのは彼女がいてくれるからだと日頃から感謝している。


 優香との夕食が始まって料理もいつもどおり美味しい。

 だけど優香の様子がおかしい。


 いつもよりも口数が少なくて少し心配になる。


 食事が終わると俺は、二人分の食器を洗ってソファーに座る。

 テレビを付けてお笑い番組のチャンネルに変えて一息ついたところで優香も隣に座った。


 すると服を少し引っ張られるような感触。


「ん?」


 隣を見るとほっぺをハリセンボンみたいに膨らませた可愛い生き物が、俺の服の袖を摘んでギュッと引っ張っていた。


「幸太くん、私に言うことあるよね」

「……う、うん」

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