第21話  結婚指輪

「ねぇ幸太こうたくん。婚約指輪ってほしくない?」

「え、急にどうしたの……」


 日曜日の朝。


 朝食を二人揃って食べた後、ソファーで一息ついていると隣に座る綾間あやまさんが前のめりになりながら俺に言った。

 そして何故か満面の笑み。


「だってさぁー、私と幸太くんも結婚して半年くらい経ったじゃん? だからペアの指輪くらい欲しいなぁーって」

「いや、一応まだ結婚はしてないけどね」


 この半年の間に綾間さんの認識の中では婚約中から結婚済みにシフト化されていた。


 そういえばお試しで始めたこの関係だけどあれから結構経ったよなぁ……。


 最近は俺も結婚をするということに少しだけ関心が持ててきた気がする。

 多分綾間さんが許嫁だったからなのかもしれない。


 さっきから婚約指輪がどうとか言ってるけど、こんな面と向かって婚約指輪を要求してくる女性を見るのは初めてだ。いや、前にそんなことがあったらおかしい。

 ていうか、婚約指輪って高そうだなぁ。


 だが綾間さんが指輪その物が目当てで売り飛ばしてしまう酷い女性でないことは俺もちゃんと理解している。


「で、欲しいでしょ? 婚約指輪」

「……もしかして綾間さんが言ってるのって、結婚指輪のこと?」

「えっ……。そうなの?」

「多分ね」


 やはり勘違いをしていたみたいなので、結婚指輪と婚約指輪の違いがわからない天然な許嫁に丁寧に教えてあげる。


「婚約指輪っていうのはね。プロポーズする時に男性が女性にあげる、いわゆる給料三ヶ月分ってやつのこと。これはペアじゃなくて一つしかないんだ」

「ほぉ……。やけに詳しい」

「だから婚約指輪って派手なものも多いし、普段からつけて周るのは無理かもね」

「それじゃあ、合わせて三つ必要ってことだよね」

「いやいや。設定上結婚してるってことになってるのなら、いまから婚約指輪は買わなくても……」

「そういうことなら、まず結婚指輪を買いに行こう!!」

「切り替え早っ!!」


 指輪がどうしても欲しいらしい綾間さんに俺は一つ質問してみる。


「なんでそんなに指輪が欲しいの?」

「それは……。離れていても会えなかったとしても、幸太くんと一緒にいるような気持ちになれるのかなって思って」


 少しテレながら目を逸して言う綾間さん。

 むちゃくちゃ可愛い。


「じゃあ……。少し、見に行ってみよっか」

「え! いいの!!!」


 彼女の優しくて可愛い笑顔を見てしまうとどうしても甘くなってしまう。


 ――そして俺と自称”お嫁さんは銀座の有名なダイヤモンドセレクトショップ(シャネルン)に来ていた。なんだか、この状況どこかの漫画で……。


 店に入ると大きく透明なショーケースがズラリと並んでいて、中では綺麗なジュエリーが輝いていた。


「え、八十万……」

「はい、こちらは当店で一番安価な指輪でございます。やはりこの値段だと輝きも落ちてしまいますので、他の商品を持って参りましょうか?」

「い、いや! 大丈夫です!!」


 慌てて断る綾間さん。


 この値段を見たら流石の元国民的アイドルでも怯むと思っていた。


 すると綾間さんがスタスタこっちに近づいてくる。


「ねぇねぇ、幸太くん。八十万のだったら頑張れば買えそうだけど」

「え!?」


 あまりの衝撃と危機感で一瞬足がすくんだ俺は、綾間さんの手を引き急いで店を出た。


 このままだと八十万の指輪を勢いで買ってしまいそうだったから。


「流石にシャネルンのダイヤリングの値段みたら諦めてくれるかなって思ったんだけど、今まで溜めた貯金を切り崩してまで購入しようとしてたから……」

「でも、一生に一度の愛を形にした指輪だから買いたかったんだぁー」

「そう、だよね……。じゃあ、ちょっと着いてきて」






           ◆





 俺が綾間さんを連れてやってきたのは、とある商店街のジュエリーショップ。


 ここなら指輪のグレードや質は落ちるけど値段はお手頃価格だ。

 でも綾間さんがここで満足してくれるかどうかは少し不安。


 店に入ってすぐ綾間さんは商品に近づいてしゃがみ込んだ。

 そして指を折って値段を数えていく。


「幸太くん……。安い!! むちゃくちゃ安いよ!」

「そ、そうだろうね……」

「私このリングがいい!」


 見てみるとそれは一カラットにも満たない四万円と少しのリング。

 ダイヤモンドの輝きもシャネルンのものと比べればそんなに良くはない。


「安いけど、本当にこれでいいの?……」

「うん。だって値段で価値が決まるわけじゃないし。この指輪なら今日一日の楽しい思い出をいつでも思い出すことができるでしょ?」


 その言葉を聞いて彼女がどれほど俺のことを思ってくれているのか、ほんの少しだけ分かったような気がした。


「幸太くん、四万円ってあんまり安くはないと思うよ?」

「そうだね……」








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