第51話 それでも、好きだから
私の『愛』は歪んでいると知っている。
それでも、この『愛』は嘘偽りのない本物だということも理解している。
だから——諦めたくないと、私は求めてしまった。
自分本位の独善で、彼に願ってしまった。
どうか——私の『恋』が貴方の胸に届きますことを。
この『愛』は歪んでいる。
誰よりも何よりもきっと歪みに歪み、見る人によっては『愛』と言うには浅ましく烏滸がましいほどの澱のような『妄執』と言われるのかも知れない。
確かにこれは妄執も孕んでいる。
ただ、初めて見つけてくれたのが彼だったから。
ただ、私を私として受け入れてくれたのが彼だったから。
ただ、その偽りない抗う姿に惹かれてから。
だから妄執でもあり、独占欲でもあり、自己顕示欲の化身でもある。
綴琉が私を見ていてくれていることが嬉しかった。
彼の瞳が私として映してくれているのが好きだった。
だから、妄執してしまった。
綴琉が誰かと何かをするのが嫌だった。私じゃない誰かを求めているのが耐えられなかった。だから、独占したいと傷を負わせた。
私を見て欲しかった。彼の中で私が希望となっていたかった。彼と一緒に生きたいと心から求めた。だから、自己顕示欲へと変貌した。
私の『恋心』は始めから狂っていた。
決して、純情な『愛情』などではなかった。
彼にフラれた時、世界が絶望に陥った。この世界で生きている意味すら見いだせなくなりそうだった。それでも、夢というただ一つだけの希望があった。だから、また走りだせた。まるで、報われなかった『恋』を認めないために。
私は歌った。歌い続けた。この身に宿す純情な夢を実現するために。彼への恋心を忘れないようにするために。
だから——七歌と友達になった。
純粋な友達になりたい欲と、七歌と友達になることで彼との縁を切り離さない願望も確かに存在した。
だから、嬉しかったと同時に浅ましい自分に嫌気が刺した。
友達や本音を利用してまで彼に繋がりたい、愛し合いたい要求を悍ましいと自覚した。
だから、何度も何度も自分に問うては、何度も何度も純粋な答えだけを求めた。
その結果、やっぱりどうしようもなく彼が好きで、どうしようもなく歪んでいた。
きっと、私は彼の『愛』に飢えていたのかもしれない。
彼に見て欲しかったのかもしれない。
他の誰でもない私という女の子を。
なのに、彼にあんな顔をさせた時、胸が激しく痛んだ。今までに感じたことのないくらいに胸が痛くて痛くて、なぜか虐められていた時の記憶がフラッシュバックした。
意味はわからなかったけど、この胸の痛みが彼を傷つけた痛みなんじゃないかと、私は初めて『愛』の痛みを知った。
あの時の私はこの『恋』と『愛情』が歪んだものだと知らない。だから、楓さんに気づかれていたのかはわからない。でも、今ならわかる。
楓さんが言おうとしていたことは——私自身が信じている『恋』じゃなかった時、私は彼を好きでいられるのか——。
わかってしまう。わかってしまう。
この歪みと淀みの澱のような『愛』も『恋』も『好き』も——正しいものではない。
間違っているのだと、私は理解してしまった。
ただ、彼が綴った少女の恋の物語と、それを歌った彼によく似た玲の歌によって、私は自覚させられた。
はっきりとしなかった彼への想いが克明に私を掻き毟り、切り刻み、喉を絞めて、血を流して、内臓を抉って、皮を剥いて、眼球を潰して、耳を千切って、脳を裂いて、骨を砕いて、神経を焼き尽くす。
私の『愛』は歪んでいた。
けれど、どうしようもなく『好き』……なんだと私は思った。
きっと間違っている。きっと後悔する。きっとこの関係性を狂わせる。
それでも——私は彼に知ってほしかった。
私は彼を知りたかった。
私は彼の唯一無二でいたかった。
だから、抱きしめた。だから泣いた。だから、手を繋いだ。
きっとどこまでも純粋な『恋心』。
誰にも譲れないただ一つの『愛情』。
永遠に捨てることのできない彼にだけの『好き』。
「私は——綴琉が好きだから」
終わらせないといけない『恋心』。
決して報われない歪んだ『愛』。
それでも『好き』は変わらないから。
だから————
「私は彼の傍に居続ける」
誰もいなくなった夜の海岸。波が犇めく星空の霊妙な静けさ。
夏なのに冷たすぎる夜空と海の輝きを浴びながら、私は独り海に沿って砂浜を歩いた。
夜明けより蒼の世界で生きる者たちへ 青海夜海 @syuti
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