第5話 あの日の清算



金城さんと二人で歩くこと10分。

しつこい姉ちゃんの電話を無視し続け、あっという間に目的のファミレスに到着した。

でも帰ったら姉ちゃんに殺されるかも知れん。



「恐らく今日1日で一生分の運を使い切りましたわ!明日はその皺寄せで隕石が直撃するかもです!」


「そうか」


中に入ると挙動不審な一人の女の子が、座っていた席から立ち上がり不機嫌そうに近づいて来る。


長い黒髪に年相応の背丈。

黄色いスカートと水色のカーディガンという控えめな格好をした少女、眉浦桃花。


遅い到着を不満に思ったのか頬を膨らませている。

俺だって急いで来たわ。



「お、遅かったじゃない!もう来ないと思ったんだからね!」


「……相談って何?とっとと聞かせろよ」


「な、何よ!せっかくだから何か食べて行きなさい!お小遣い持って来たんだから!500円までなら好きな物奢ってあげるんだからね!」


「……おう…………さっきとキャラ違くない?」


「学校じゃないんだから気を張らなくてもいいの!お嬢様学校に通うのも大変だわ〜」


「いやお前らの学校にお嬢様要素皆無だろ?今日出会ったヤツらほとんど教育に失敗してるじゃねーか」


「な、なんですって!?──そ、それよりも、隣の綺麗な女の人はさっきまで貴方と一緒だった……金城さんよね?」


「はい、名前を覚えて頂き光栄ですわ」


──名前を呼ばれた可憐はスカートの裾を摘み、丁重に挨拶を行う。

人目に付く豪華なドレスを着こなしており、常人が行えば痛い動作も、金城可憐に掛かれば十全十美な立ち振る舞いとして完成される。



「わわ、こちらこそ宜しく!眉浦桃花です、わ!」


それほど長くないスカート裾を掴み、可憐の作法と口調を真似る桃花。しかし完成度は月とすっぽん。

それを観て雄治は内心ほくそ笑むのであった。



──────────



「ミランダ風味ドリアを二つお持ちしました」


金城さんと同じ商品が運ばれて来る。

500円で満足できる食べ物といえば、やっぱりこのミランダ風味ドリアしかない。

この完成度で500円でも十分お釣りの来る安さ……マジでどうなってんだよ。



「ゆ、雄治様……ほんとに子供に奢らせて良かったんですの?」


「本人が良いって言ってるんだし、良いんだよ──それに、観てみろよあの顔を」


「……?」


「えへ〜ん!」


「俺たちに御飯を食べさせる事で凄まじい優越感に浸ってやがるぞ」


「あらほんと」


むしろ、ご馳走になる方が喜ばれる場合もあるんだと可憐は理解したようだ。



「頂きます」


「頂きますですわ」


雄治は専用の容器に盛られたドリアという大海原の一角をスプーンで掬い、口の中に入れる。

熱々の御飯がトロトロチーズとミートソースでコーティングされ、口の中に入れると広がるドリア独特の旨味。加えて焦げ目のついた表面の美味しさは際立っており、奥に隠されたご飯と一緒に頬張ることで混ざり合う美味しさ。食感もフワッとして優しく口溶ける。

それなのに御値段は驚愕の299円。


雄治はあまりの美味しさに感極まった。



「金城さんも食ってみな、飛ぶぞ!」


「はい……では───あむっ……こ、これは!?」


「金城さん、どう?」


「……超絶美味しい(恐ろしいほど普通ですわ)」


「DARO?」


「どうして英語発音ですの?」



そして、二人の会話に桃花が割って入る。


「そ、それで相談なんだけど!」


「ごめん、食べ終わるのを待って」


「あ、うん………私も食べようかしらそれ」


「わたくしのを一口あげますわ」


「あ、ありがとうございます……はむっ!」


「どうだい小学生、死ぬほど美味いだろ?」


雄治はドヤ顔でそう聞いた。



「いや普通なんだけど」


「はぁん!?」


「金城さん!?本当にこれが超絶美味しいの!?普通なんだけど!!」


心配そうに可憐を見詰める桃花。

可憐の頬は羞恥でほんのり赤く染まる。



「あの……その……」


「金城さん、言ってやんな。このドリアがどれだけ美味いかをハッキリ言ってやんな」


「……超絶……美味しい……ですわ」


「なぁ?金持ちで舌の肥えてる金城さんが超絶美味しいって言うんだ、それはもう間違いなく超絶美味しいって事なんだよ」


「金城さんの味覚変!!」


「うぅ……」


(気を遣ったばっかりに……でも雄治様が喜んでくれて満足ですわ)


桃花の好感度が下がった。

しかし、かわりに雄治の好感度は上昇したので、可憐にとって良い結末となった。



………10分後。


食事を終え、ようやく眉浦桃花が話を切り出した。

さっきまでの雰囲気とは裏腹、場にはただならぬ空気が漂い始める。



「……お母さんのことで相談があって」


「……!」


お母さんという単語を耳にし、無意識に体を強張らせる雄治。しかし、その変化に気付かない桃花は止まる事なく話し続けている。



「一週間前、学校がインフルエンザで休校になったの。それでいつもより早くお家に帰ったら、お母さんが知らない男の人と手を繋いで出掛けるのを見ちゃって……」


「……ぁ」


「そ、それはとんでもない話ですわね」



──動揺を見せながらも冷静に対応する可憐。

今の情報だけでも明らかに浮気現場に遭遇していると可憐には理解出来た。


ただ、目の前の少女がショックを受けてると分かっていても同じ目にあった事のない可憐にとっては現実離れした話に過ぎず『可哀想だ』『酷い母親だ』という感想に留まる。

悪い事だと分かっていても、やはり他人事のように思えてしまうのだ。ましてや出会ったばかりの少女が語るなら尚更。



……ただし、雄治は違う。

息をするのを忘れるくらいの衝撃を受けていた。


三年前、自身が苦しむキッカケになった出来事……それと同じ話をたったいま聞かされているのだから──



「……う〜ん……流石にわたくし達には荷が重すぎますわ。お父さんか……学校の先生、友達に相談してはどうでしょう?」


至極もっともな可憐の意見。

しかし、これに対する桃花の返答を雄治は予想する事が出来た。



「ダメなのっ!……恥ずかしくて身近な人には話せないし……お父さんにも話せない──だって」


桃花と、当時の雄治は全く同じ考えをしていた。


「離婚になったら嫌だもん」

「離婚になったら嫌なんだろ?」


それは母に対する愛情とかじゃない。

彼女は家庭の崩壊を恐れている。目の前の少女の家族構成は解らないが、俺は姉ちゃんと離れ離れになるんじゃないかと心配した。

引っ越す事になるんじゃないか、友達に知られると嫌われるんじゃないか……母さんに二度と会えなくなるんじゃないか……とか。



「……え?」

「雄治様?」



──雄治が桃花の言葉の続きを言い当てた。

それに二人の少女は驚きの声を上げる。



「……詳しく話してくれないか?」


「……助けてくれるの?」


「……出来る限り協力する……けど、家族に打ち明けず黙ってると決して良い結果にはならない。そこは前もって分かって欲しい」


坂本雄治は優しい口調で少女にそう話した。

まるで当時の自分に言い聞かせるかのように……それが間違った判断だと雄治は誰よりも良く知っているのだ。



「…………」


それに対して少女は答えなかった。

恐らく、黙ってるつもりだったのだろう。

それすら当時の自分と重なってしまい、どうしても雄治はこの相談を無視できなかった。

かつての自分が取らなかった正しい選択肢……それが何なのかは今なら良く分かっている。



だから彼女に協力する事を決めた──



──これは……きっと神様がくれた、あの日をやり直すチャンスなんだと。


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