エピローグ 〜晴れて人間不信になりました〜
──最早どうやって教室に戻ったのかすら覚えていない。愛梨や碓井達が思い詰めた俺を見て心配していたらしいが、それすらも記憶になかった。
………
………
「ρ((∂v/∂t)-v×∇×v+(1/2)∇q²) = ρF-∇p+(4/3)∇μΘ+∇(v・∇μ)-v∇²μ+∇μ×(∇×v)-Θ∇μ-∇×∇×μv……この問題の答えが解る子は居らんかい?超簡単だぞ!!」
──俺は教科書を見詰め、先生の退屈な授業を聞きながら一人思案する。
何故、俺がこんな思いを立て続けに味合わなければいけないんだ?どうして俺は上手く立ち回る事が出来ないんだ?
おかしい……人生がおかしい。
そしてあんな難しい問題が解ける訳がない。
愛梨に振られた日から……いや、元を辿れば母さんをあの場所で見かけた日から、全ての歯車が狂った気がする。
もう三年前の出来事だが、やはりあそこから負の連鎖は続いている。
──やっぱり俺が悪いんだろうか?
確かに真人間とは程遠いかも知れないけど、人を傷付けた事はこれまで一度もなかった。心で不満に思う事が有っても、本当に思ってる事は口にせず、ふざけた話をして躱し続けて来た……言いたい事を我慢してきた。
愛梨と一緒に登校したくないのに強く断らなかった。母さんに対しても罵倒したい気持ちをグッと堪えた。楊花に後ろから抱きつかれても突き放さなかった。
姉ちゃんにナメられても、生徒会長に愚痴られても、それを嫌だと言わずに冗談を言って誤魔化してきた。偶に言う事があっても濁す程度に留めてきたんだ。それなのに──
「──雄ちゃん、一緒に帰ろう。今日は石田くんも部活で忙しいみたいだから」
「……え?……あっ」
愛梨が随分気の早い事を言ってくる──と思ったが時計の針を見て驚愕させられた。
どうやら考え耽っている内に、いつの間にか放課後になってたらしい。見渡すと周りの皆んなも帰りの支度を始めていた。
ちょうど心配そうに俺を見ながら教室を出て行く碓井と目が合う。嬉しそうに手を振ってるから、今日も何度か声を掛けてくれていたのかも……
もしそうなら気付かず悪い事をしたな……碓井の事だ、今日がバイトじゃなけりゃ放課後も来てくれただろう。
アイツはそういう良い奴だ。
だからこそ馬鹿みたいな話で盛り上がれる。
……そういや昼ご飯も食い損ねたし腹が減った。とっとと帰るとしよう……嫌な出来事は全部忘れるに限る。
──そして幼馴染に話しかけられてる今の状況も、嫌な出来事の一つに過ぎないんだ。
「どうしたの?……まさかあの子を待ってる……とか?」
不満そうに聞いてくる愛梨に対し、雄治は顔色を一つも変えずに答えた。
「いや来ないよ。というか、もう一生来ないんじゃないかな?」
「え?!あ、そ、そうなんだ。その方が良いよ!あの子ってちょっとおかしい所があったし」
「そうだな、愛梨の言う通りだったよ。あの子はおかしい。俺には合わない」
異様なほど辛辣な言葉に若干驚きながらも、思うように事が進み、愛梨は内心ホッとした。
石田が部活を終えるのを待って一緒に帰る約束だったが、愛梨は予定があると嘘を吐き断っている。
そんな嘘を付く理由は、雄治と楊花の関係を邪魔する為だ。
今の愛梨にとって、雄治と楊花を別れさせるのが何よりの最優先事項だった。
しばらく雄治と登下校を共にし、楊花をどうにか引き離そうと考えていただけに、破局したと聞いて愛梨は思わず頬を綻ばせる。
「……何がおかしい?」
「え、いや、別に!ただ雄ちゃんが目を覚ましたみたいで嬉しくて!──うん!じゃあ帰ろう!今日ね、買いたい物があってさ!ちょっと寄り道して行こうよ!」
「目が覚めた……まぁ確かにな」
「でしょ?!……じゃあ早く行こうよ!」
愛梨は幼馴染の手を引っ張り、上機嫌に教室を出ようとする。昨日、雄治と楊花が付き合ってると知ってからというもの、愛梨は眠れないほど悩まされていた。
その鬱憤を晴らすかのように、愛梨は雄治の手を取り意気揚々と歩き出す──
──しかし、雄治を掴んだその手は、彼本人によって乱暴に振り払われてしまうのだった。
突然の出来事に目を丸くし振り返る愛梨。
そして互いに目が合うと、雄治はハッキリと愛梨に自分の気持ちをぶつける。
「お前もアイツと同類だぞ?」
「ど、同類……?な、何が?アイツって、だ、誰と?」
愛梨は激しく動揺する。
そんな彼女に雄治は言葉を重ねた。
「だから、楊花と同じってこと。俺には合わない」
「あ、合わない!?わ、私が!?」
「そうだ」
「はぁ!?意味わかんない!!そんなの絶対に有り得ないから!!何年一緒に居ると思ってるの!?雄ちゃんと私が合わないなんて、絶対に絶対にあり得ないから!!」
「…………」
愛梨が声を荒げ叫ぶ。
今のは流石に教室中に聞こえた筈だ。雄治は面倒な事になりそうだと呆れながら教室を見渡した。
しかし、オタクっぽい男子三人が苦笑いを浮かべてるだけで、他には誰も居なかった。
彼らなら話を広める事もないだろうと、雄治はとりあえず一安心する。
となれば目の前の愛梨だけを処理すれば済む。
「愛梨、俺が告白したのを覚えてるか?」
「……アレは言わなかった事にするって言ったじゃん」
……なるほどね。
まさか言葉通りに捉えていたとは……確かに言ったが、俺の気持ちを少しでも考えてくれていたら、そんな風に捉える事なんてなかった筈だ。
今まで言いたくても我慢してきた。
でも、もう良いだろう。これからはハッキリ言おう……言わないと愛梨には伝わらない。
「確かに言った。でも説明しないと伝わらないから仕方なく言うけど、アレは拒絶のつもりで言ったんだよ」
「え?拒絶?なんで?意味わかんないよ!」
「意味わからないのはそっちだ。俺を振って石田を選んだんだろ?だったら俺に構わず彼氏と一緒に居ろよ。つーかいちいち言わないと分かんないのか?彼氏持ちの女の子と二人っきりで付き合わされる俺の身にもなれよ」
「………な、なに?どうしたのよ?ゆ、雄ちゃんじゃない……そんな酷いこと言うのは雄ちゃんじゃない!!」
雄治は面倒くさそうに首を振った。
そして、言ったことに対する答えが一切無かった事から、もう愛梨には言うだけ無駄だと悟る。
「もうわかったから。しばらくお前とは距離を空けたい。人の気持ち考えないお前と居るのはウンザリなんだよ……だから先に帰っててくれない?目障りだからさ」
「…………ッ!」
合わない、拒絶、距離を空けたい、ウンザリ、目障り……どれも雄治が発してるとは思えないほど辛辣過ぎる言葉だった。
そんなものに愛梨が耐えられる筈もない。
愛梨は唇を強く噛み締め、涙を流しながら教室を飛び出して行った。
もちろん雄治は後を追わない。むしろようやく言いたい事が言えて清々しい気分になっている。
──そうだ……初めからこうしてハッキリと口にすれば良かったんだ。
そうすれば苦しまなくて済んだのに……ああ~、スカッとした。ずっと溜め込んでた悪い空気が、一気に入れ替わった気分だ。本音をぶつけるのがこんなに気持ち良いなんて夢にも思わなかったよ。
馬鹿だな俺も……無意味にずっと我慢して……だがこれで良いんだよ、これで。
アイツらは俺を傷付けてくる……だったらやり返せば良いんだ。向こうが良くて俺がダメなんて言う道理はない。
雄治はカバンを担ぎそのまま帰る……つもりでいたが、その前に一部始終を目撃していた男子三人組の元へと向かう。
「な、なんでござるか!?」
「これ、喫茶店のコーヒー無料券。三つあるから3人で使ってくれ。気不味い空気にしたお詫びだ」
「おお!サンキューでござる!坂本殿!──代わりにこの遊○王カードあげるでござるよ!」
「………ううん、いらない」
「そんなキッパリと!?」
その後、彼等と少し話をして教室を後にした。他愛もない会話だったが、やはりストレスを微塵も感じずに話しをする事が出来た。
今ので確信した……やっぱり男子は話し易い。
女のような分かり難くさが全くないからだ。
──最初に母さんに裏切られ、次に愛梨、そして楊花。大事な人たちに俺は尽く裏切られ続けて来た。
大好きだった母さん……あの日を思うと辛くなる。母さんに非がなかったとしてもやはり無理だ。
信じていた幼馴染……俺の気持ちを踏み躙った。仮令悪意がなくても俺は許せない。
可愛いかった後輩……趣味が同じで一緒に居て楽しかった。なのに彼女は母さんや愛梨に植え付けられたトラウマを呼び起こした。
そして姉ちゃん……プリンを食べた。
──そうだよな……やっぱりそうだ。
さっきの町田くんは良い子だったし、碓井も俺を裏切った事がない。他の友人達だってそうだ。
俺を裏切るのはいつも女。
偏見ではなくそれが揺るがぬ事実。
もう奴らに騙されるのは懲り懲りだ。
──昇降口を目指して廊下を歩いてると、ある女性に声を掛けられた。俺は仕方ないと振り返る。
「あ、坂本くんっ!まだ学校に残ってたんだ、良かった!──このプリント先生が坂本くんに渡してって……はいっ!」
……彼女は確か同じ学年の中岸由梨さんだ。
クラスは違うけど、確か橘雄星という学校一のイケメンが彼氏だと聞いた事がある。
男を顔で選ぶような女性だ……まるっきり信用できない。きっとプリントを受け取ったら最後、なにか良からぬ難癖を付けられるに決まっている。
「貴女の事は信用出来ませんので、それを受けとる事も出来ません」
「えええ!!?なに!?なんで!?なんで初めて話をする男子に目一杯嫌われてるの私!?って、ちょっと、どこ行くの~!?」
もうこれ以上、裏切られるのはごめんだ。
ムカつくし、ダサいし、居心地悪いし、何よりツライ……信じてた人間に裏切られるのは、三度体験しても一向に慣れる気配がない。三人とも心から信頼していたから尚のこと……あんな思いをするのはもう嫌だ。
じゃあどうすれば良いか……?
そんなの簡単だ。ちょっと考えれば子供でも分かる。
要は最初から近付かなければいいんだ、そんな奴らには……それこそ単純にして最高の安全策。
女達が裏切る生き物だと最初から分かってるなら、これから行動を変えていくしかない。女という存在に関わるのは……もう辞めにしよう。
今日から自分を変えていく。
言いたい事を我慢する人生なんて、これ以上ごめんだからな。楊花は分からないが、愛梨は熱りが冷めた頃に再び俺の前に姿を現すだろう……でも関係ない、何度だって追い払ってやる……だって──
──嫌いだからな。
──今の彼には裏切った三人のみならず、老婆や女児でも敵に見えてる。女を見るだけで拒否反応、嫌悪感が表れるように出来上がってしまったのだ。
こうして、坂本雄治の女性不信な日々の幕が上がった。
ーーーーーーー
第一部のエピローグです。
まだまだ続きます。
気が向きましたら、おすすめレビューして頂けるとめちゃくちゃ嬉しいです!!
これからも宜しくお願いします!!
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