一章 貴方…………もうすぐ死ぬわ②

「そろそろ……の、はず……」

 連れてこられたのはさっきの場所からそうはなれていない森の中だったが、朔はゼエゼエと息を乱していた。どうやら体力は変わらず底辺のままらしい。

たんれんが足りないのはどっちだよ」

い。あっ、いたわ……!」

 木々の間から最初に見えたのは、背中につばさの生えた小さな真っ白い馬……

 すげー、ペガサスだ!

 朔の言う通り、ちゃんとペガサスがいたってことは、本当にここ、朔の作った『アスラグ』の世界なのか……!?

 直後、ペガサスが、かいな生物に囲まれていることに気付く。あっ、これが魔物か!

 パッと見、むらさきいろのカマキリ。両手のかまと全身のシルエットはまんまカマキリ。

 ただ、体長が二メートルくらいあって、顔に目玉っぽいのが五つある。

 それが三びき集まって、ギリギリ……とみみざわりな鳴き声をあげながら、仔ペガサスを追いめていた。

「あの子は私がまもるわ……げつりゆうすいけん!」

 そんなわざめいだか流派だかをさけぶやいなや、朔が飛び出していったので、ぎもかれた。

 マジであんな化け物と戦うつもりか!?

「バカ、ちやはよせ──」

 止める間もなく、朔はもう一番そばにいたお化けカマキリ(仮)に接近していて、向こうも朔に気付いて、大鎌をり上げる。

 やられる──とゾッとしたせつ

「ひょーん!」

 朔がこしいていた剣をしゆんそくで抜き放ち、ざんっ、とお化けカマキリを腰のところで上下に切断した。

 かと思うと、今度はひらりと高くジャンプをし、

「ひょん!」

 二ひきを脳天から真っ二つ。

 そういえば『圧倒的けんさい』の持ち主なんだっけ。すげー! でも……

「ひょーん!」


 け声が変!!


 またたく間に三匹の魔物をちくした朔は、すちゃっと剣をさやに納めると──

「何!? 何なの、この声!? なんでこんなけた音が出るの……!?」

 絶望した顔で頭をかかえた。

「そういう設定は作ってなかったのか?」

「作るわけないでしょ! 完全にイレギュラーよ!」

 どうやら本人にも不本意な発声だったらしい。まあ、シンプルに変だしな。

 せっかく息をのむほどりゆうれいな剣術なのに、これではくせが強すぎて笑ってしまう。ぷぷぷ。

 それにしても、ファンタジー世界に来たからって、いきなり剣をにぎってあんな化け物にりかかっていけるか?

 たとえこれがシナリオで確定された勝利だとしても、もっと躊躇ためらうのが自然な反応だろう。

 やっぱこいつ、ぶっ飛んでる……と、オレが朔のヤバさをさいにんしきしていたら。

 ガクリとひざを折って「いったいなんののろい……?」と落ち込んでいた朔の頬を、仔ペガサスがペロリとめた。


なぐさめてくれるの……?」

 ふっと頬をほころばせた朔だけど、立て続けに仔ペガサスが「ハアハアハアハア……」と目をハートマークにしてせまってきて、「ま、待ちなさい! 待て待て!」とろうばいする。

「ヒヒーン、ヒッヒーン、ハアハアハアハア」

「お、落ち着け、どうどう!?」

 押したおされそうな勢いだったので、オレも横から押さえ込んだところ、仔ペガサスの額に小さな角のようなふくらみがあることに気付いた。

「朔、こいつ、ユニコーン混ざってねえ?」

「なん……ですって!? ユニコーンといえば有名な処女ちゆうじゃない!」

「言い方!」

 だが確かにユニコーンは、だんどうもうだけどけがれなき乙女おとめには懐いて服従する、ただしその乙女が処女じゃないと知るやげきして乙女も殺してしまうというトンデモ性質があるらしい。

 だから朔を異常に気に入ってるのか? まだ子どものくせに早熟というかなんというか。

「私のおくでは助けるのはペガサスだったわ! なんでユニコーンが……」

「ハアハアハアハア、ヒッヒヒーン、ヒヒーン……」

「興奮しすぎだろ、こいつ! こら、おとなしくしろ!」

 ユニコーンが混ざったペガサス、言うなればペガコーンは、バサバサッと羽をバタつかせて「ブルルルル!」といらたし気にオレを振り返った。

 かと思えば、いつぱく動きを止めて。

 ハアハアハアハア、と今度はオレの方へ寄ってくる。

「うわっ、なんでオレまで!?」

「少年もイケる口だったみたいね……ロリコン・ショタコン・ペガコーン」

「最低ないんを踏むな! どうすんだよ、こいつ!」

「ユニコーンは処女のふところかれるとおとなしくなるっていうけれどれたくない……ええい、ぼんのう退散!」

 朔が鞘に入った剣で仔ペガコーンの角をパコーンと打ちすえる。

 ひるんだところをすかさずオレがヘッドロックして、どうどう、となだめると、ようやく落ち着いた。神秘性も何もあったもんじゃないな。


「ブルルル……」

 仔ペガコーンは翼としっぽを振ると、こっちだ、と言うように時々オレたちを振り返りながら、歩き始める。

 後をついていくと、少しずつ森にきりがかかり始めた。

ほうの霧よ。ペガサスの先導がなければ行けない場所に向かっているから、見失わないように」

 どんどんくなっていく霧に不安になったが、やがて急に晴れたと思ったら、一気に視界が広がって、目の前に湖が現れた。

「なんかこの辺、空気が違うな……」

 自然の中だからもともとれいだと思ったけど、さらんでるっていうか……水のとうめいかんはんない。すごくせいひつで神聖な空間って感じ。

 空をかし込んだような澄んだ青をたたえる湖を、ほとりからのぞき込むと、よくじつねんれいより幼くみられるオレの顔が水鏡に映った。

 うわー、本当にぎんぱつへきがんになってる……すげーイメチェン。

 でも意外と似合ってるかも?

 水をすくうと、ひやりとほどよい冷たさ。……やっぱり、夢じゃなさそうだな……。

「この世界は、千年前に魔王ゾディアークによってめつぼうの危機にあった。絶望のふちで魔王に立ち向かい世界を救ったのが、一人のぶかくもれつな美しい月のがみと、十二星座の加護を得た『十二聖』と呼ばれる選ばれし者たちだった……アスラグのたみならだれでも知っている、〈アスタリスク・ラグナロク〉としようされる伝説よ」

 朔が仔ペガコーンの首をでると、角を持つ天馬は「ヒヒーン」とひときわ大きくいなないた。

 同時に、湖の中央がポワンとかがやき始める。なんだなんだ?

「月の女神は、星魔法『終焉の日ラグナロク』を行使して魔王をふういんしたの。そして、その究極魔法発動のかぎとなったのが、神剣『セレスティア』。せんとう後、力を失ったセレスティアは、ひっそりとある場所に保管された……」

「もしかして、それがこの湖?」

「そういうことね」

 うなずくと、朔はブーツのまま、ジャボッと湖の中に足をみ出す。

 次の瞬間、湖の水がザアアッと朔を中心に左右に真っ二つに割れた。

 うおおお、モーゼの出エジプト!? これは熱い。

 湖の底の中央には、ひとりの剣がさっていた。

「……! ……! ……!」

 朔は無言で顔をせ、グッと両のこぶしを握りながらしばし感きわまったようにふるえていたが。

 やがてふうっと息をき出すと、なんでもないという様子で「行きましょう」と神剣へと続く湖底への道を歩き出す。

 こいつ、表情はいつもほとんど動かないけど、感情はわかりやすいんだよな。

 今もほおは赤いし目はキラキラしてるし、冷静ぶっても興奮してるのがバレバレだ。


 水深は一番深いところで俺たちの身長の二倍くらい。

 割れた湖のかべを横から見ると、キラキラれる水面の下で水草がただよい、魚がスイスイ泳いでいた。

 水の壁にさわってみたくなったけど、それがきっかけで魔法が解けたりすると困るので、ぐっとこらえる。

 やがて辿たどり着いた、湖底の中央。

「千年のあんねいは終わりを告げ、再び、魔王が復活しようとしている。その気配をいち早く感知し、しんけんはペガサスを使って呼び寄せたのよ……月の女神の生まれ変わりである、私、朔=エクリプス=ミッドナイトを!」

 朔が剣を引きいたしゆんかん、ひときわまばゆい光が放たれ、オレは思わず顔を伏せる。

 少しして視線をもどすと、もう剣の発光は収まって、朔が色んなポーズを構えながらえつっていた。

 えーと、設定を整理すると、地球で生きてた『最上朔』の前世が、今のアスラグのはくしやくれいじよう『朔=エクリプス=ミッドナイト』で、そのまた前世が千年前に魔王を倒した『月の女神』ってことか。

 いくつ前世があるんだよ! つくづく転生大好きだな、こいつ……。

「……近くで見ると結構ボロボロなんだな、それ」

 神剣の剣身はびているし、全体的にくすんで古ぼけた印象だ。

「まだ本来の力がよみがえっていないからよ。特別なさやに納めれば復活するわ」

 なるほど、そういう仕組みか。


 しかしながら、ここまで朔が話している通りの出来事が続くということは、この世界は朔が創作した厨二小説の世界であるというのは、認めざるを得ないようだ。

 ……いや、待てよ。

 今までは朔のこと、ただの厨二病だと思ってたけど、この世界は創作じゃなくて本当に朔の前世の世界で、実は朔は前世の記憶持ちの転生勇者だった──なんて可能性もあるのか?

 …………いやいや、まさかな。だってこいつが昔、ノートに色んな単語を書き連ねてひつさつわざめいをうんうんうなりながら考えてるの、見たことあるし。

 朔はただのちゆうびようかんじや……のはず。たぶん。



 オレたちが湖の畔まで帰ってくると、湖底の道には左右から水が流れ込み、湖は何もなかったかのように元の静かな姿を取り戻した。

「で、これから朔はその神剣を持って、魔王をたおす旅に出る、みたいな?」

 こしかざりリボンを外してクルクルと剣に巻き、臨時の鞘代わりにしている朔にたずねると、「そんな他人ひとごとみたいに」とかたをすくめられた。

「壱星だって、『十二聖』の中の一人、ふたの加護を持つ『そう聖』なんだから」

いやな予感はしてたけど、やっぱりオレも巻き込まれるのか……! てか『十二聖』とやらも千年前から転生してるわけ?」

「『十二聖』は転生じゃなくて、力が代々引きがれていて、世界の平和をする使命を背負った存在よ。『十二聖』は誕生したその時から、周囲から特別な存在とにんしきされ、育てられるわ。その一方で、月の女神は〈アスタリスク・ラグナロク〉の大戦以降、完全に消息不明。だから前世の私もこの時点では、これが神剣であることも、自分が月の女神の生まれ変わりであるという宿命もまだ何も知らないの。すべてを知るのは魔王のしゆうげき──」

 そこまで話したところで、ごげんだった朔の顔が、サーッと見たこともないほど一気に青ざめた。

「なんだ、どうした!?」

「た……たたたった今、思い出した事実があああるのだけ、ど……おお落ち着いて、ききき聞いてく、れる……?」

「いやおまえこそ落ち着け! ろれつがまともに回ってないぞ?」

 朔はブルブル震えながら、視線をキョロキョロと彷徨さまよわせ、浅い息をり返す。

「とりあえず、深呼吸したら?」

「そそそ、そうね……」

 すーはーすーはー、と大きく息を吸って吐いてを繰り返してから、朔はかくを決めたようにオレを見つめ、頬を引きつらせながら、告げた。


「あのね、壱星。貴方あなた…………もうすぐ死ぬわ」


 …………は!?

「約四ヶ月後、私たちは復活してしまったおうの襲撃にうの。でも、神剣の力はまだ不完全で、私たちには反撃する力が足りなくて……」

 説明しながら、だいに朔の大きなみどりひとみが、うるうると水気を帯びていく。

すべのない絶体絶命のじようきよう下で、魔王のねらいが私の命だと知った壱星は…………その…………」

「……もしかして、双子の利点を生かし、朔のふりをして身代わりになって、魔王に殺される……とか?」

 声を震わせて引き継ぐと、朔はコクリと頷いた。

「前半最大のクライマックスシーンよ」

「………………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」

「…………………………ひ」

 長いちんもくの後、オレがぼそりと声をらした瞬間、朔の肩がビクゥッとねる。


「人を勝手に殺すなーー!」「殺すなー」「殺すなー」「すなー」「なー」


 オレの全力のさけびは、広い湖にひびわたり、何度もむなしくこだましたのだった。

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双子転生 厨二な姉が創った異世界で、オレはまさかの死亡エンド!? 藤並みなと/角川ビーンズ文庫 @beans

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