北へ南へ編 その19 旅立ちの際にはスカーフを振って欲しい

外では散発的に聞こえていた『商国の新兵器(笑)』の発砲音も鳴り止み、会場では俺のパートナーが入れ替わりながら何曲かのダンスが踊り終わった頃。

会場の入り口を見ていた商議員が『ザワッ』とした声を上げたのでそちらに視線を向けると・・・漆黒の鎧が二人。各々一つずつ、いや、一人ずつ人を引き摺りながら戻ってきた。

黒い鎧、もちろん窓から飛び出していったメルティスとサーラなんだけどね?


「閣下、只今戻りました!」

「おかえり、夜の狩りは楽しめたかな?」

「ふっ、あまりにも手応えが無さすぎて運動不足だ」

「私もです!ですのでご褒美に」

「サーラ、その話はまた後でね?」


おっさんおばさんの集まった会場で何を言い出すのか分からない、むしろ分かりすぎているサーラの言葉を遮る。この子はとことん肉食女子だからなぁ。

もちろん俺もにこやかに両手を開いてwelcomeではあるのだが。

そして二人が引き摺ってきたボロボロの元人間、二人とも手足の一本くらいしか残ってない肉塊を見たおばさん連中と少数のおっさんが小さな悲鳴をあげた後その場に倒れ込むことに。


「サムサール、某商会の某とはそいつの事で間違いないかな?」

「タノヴァ商会のルツフィでございます閣下。少々失礼を・・・はい、顔の形は二目と見れぬほどボコボコに変わっておりますがルツフィ本人で間違いございません」

「そうか。ならそちらの始末は商国に任せるとしよう」


『後始末』ではなく『始末』を『お願い(命令)』しておく。

意味がそれなりに変わってくるからね?後始末と始末では。

続いて残りのもう片方の肉塊に目を向ける俺。


「ハリス、こちらは妾に任せてはもらえぬか?」

「もちろん構わないが・・・」

「その様な心配そうな顔をするな。この男はこれでも王族の端くれ、臣下が手を下せば後々何か言ってくる者がいるかも知れぬからな」

「ふっ、そんな人間がもしもいたならそいつも潰せばいいだけだろう?」


こちらに優しい笑みを向けるアリシア。

彼女も皇国との戦場ではあれだけの苦戦をしたのだ。信頼できる部下も幾人も戦死し、それでも泥にまみれながら戦った、辛酸を舐めさせられた一人。そしてこの男はその戦場を作る下準備に手を貸した人間である。

思うところはあるのだろうが・・・あんまり奥さんにつまらない事をさせたくはないんだけどなぁ。

ちなみに『辛酸を舐める』の『辛酸』の味は四角い電池を舌にくっつけた時の物凄く不快な味(?)だと勝手に思いこんでいる。良い子のみんなは真似しちゃっ駄目だぞっ!


「ら、ラポーム侯爵、アリシア・・・痛い、体が痛いのだ!治療、早く治療を頼む!こ、これは違うのだ、私はタノヴァと勇者に唆されただけなのだ!むしろ首謀者は勇者と名乗る詐欺師の方なのだ!」

「兄上、唆されただけの人間は楽しそうに先頭に立って旗を振り回したりしないのですよ。そもそも今回攻め寄せた兵のほぼ全員はあなたが用意した者でしょう?まったく、身内に手をかけなければいけないとはとても残念ですが・・・これ以上未練がましく無様を晒すなこの愚か者が!敗者は敗者らしく潔く散れっ!」


アリシアのその恫喝にビクッと体を震わせる白い人。


そして跪き剣の柄をこちらに向かって差し出し控えていたメルティスから剣を受け取ろうとしたアリシア――の横から歩み出たスティアーシャがその剣を抜き放ち、そのままキャスパールを一刀に両断する。


「なっ!?スティアーシャ・・・」

「ふんっ、帝国皇女である私に兵を向けたのだ、そいつを処刑する権利は私にもあるだろう?」


普通なら聞こえない様な小さな声で「わざわざ血の繋がった兄妹を手に掛ける必要もないだろう」と呟くスティアーシャ。

そしてそんな彼女に「・・・この借りは必ず返す」と呟くアリシア。

美しい二人の姫様のその姿はまるで友情物語のワンシーンを見ているようで。

・・・なんだこれ、あの二人が、行き遅れの双璧と言われていた二人がとても、とてもカッコいいだと!?


「それに比べて白い人ときたらいつまでもこのザマである」

「えっ!?どうしていきなり貶されてるの私!?」


特に何も考えてなさそうな、姫将軍のくせに『力極振り』の白い人であった。



その他の後始末、外に散らばる『三日は食欲が無くなりそうな死体の処理』などは俺の仕事では無いので王国の人間は全員屋敷に戻る。と言っても黒馬車で帰ると坂道を下る際に『何か』にタイヤが乗り上げてゴットンってなりそうだからそのまま屋敷まで転移することに。


「今回の不始末についてはまた明日にでも使者をよこしてくれ」

「かしこまりました閣下」


王子も首謀者?その責任?

いや、王子も言ってただろ?自分は唆されて巻き込まれたと。つまり今回の商国で発生したプチ内乱に関して王国には何の非も無いのだ!


帰宅後はもちろん頑張った二人、そしてアリシアとご褒美タイムである。

事後「あれ?何か忘れてるような・・・まぁ忘れる程度のモノだしどうでもいいか」とそのままみんなで寝たんだけど翌日の朝、またCさんに呼ばれたから何事かと思ったら門の外で勇者姉弟が涙目で立っていたらしい。

ああ、忘れてたのこいつらだったか・・・。

朝ごはんの時スティアーシャが「私も頑張ったのに・・・」とか言って恨めし気にこっちを見つめてたけどこちらも気にしてはいけない。



さて、その後の結末と言うか今回の商国訪問での成果。

まず商国の政治体制が少し変わった。『商首』とか言う妙な名前の役職が出来るらしい。

ちなみに初代商首はサムサールが既に内定しているのだとか。知らんがな。

また、王国、帝国との為替と言うか硬貨の交換比率も納得させた。

こちらに関しては商国でも造幣の魔道具を導入させてくれと泣きつかれたけど王国に使者を出して国王陛下と話してくれと丸投げ。だって面倒くさいんだもん。


先の戦争で王国に迷惑をかけた謝罪及び今回の件の謝罪としてラポーム家にはタノヴァ商会とその下請け商店など全てを取り潰して全財産の没収した資産を、王国には商国の税収の二割を十年間納入。

まぁその話も外交官が王国に出向いて王様と話し合って欲しい。

ちなみに商国から王国に出向く駐在外交官としてハフィダーザが家族全員で引っ越すらしい。俺が帰る時一緒に連れて行くんだけどね?

最初は俺の部下にしてくれって言ってたんだけどサムサールに泣きつかれたらしい。


ああ、あとタノヴァ商会の主導で火縄銃を作っていた工廠と職人なんだけど・・・工廠は『不幸な事故』で更地になった。職人はサムサールが全員抱え込んだ上で二度と鉄砲には関わらせないと誓紙を出してきたのでそのまま。

全員行方不明とかにならなくて良かったね?


勇者とその姉に関しては・・・このまま商国に放置するわけにもいかず、かと言ってひと思いにってのもちょっとだけ、あくまでもちょこっとだけ可哀相に思わなくもないので連れて帰ることにした。

本人たちも権力に関わるのは懲り懲りだと言っていたので王都で高級八百屋でもやらせる予定である。


「てことでそろそろ帰国しようと思う。なんだかんだで帝国に行ったときより圧倒的長居しちゃったな」

「予想以上の成果が出たのだからそれも仕方ないだろう」

「そうだな、私の嫁入りも纏まりそうだしな!」

「えっ!?黒い人もお手つきになったの!?私、手を握られたこともないんだけど!?」


手は出してないんだけどね?アリシアがスティアーシャの事を「あいつは他所に出すと碌なことにならない」だとか「身内に入れておくべきかもしれない」とか中途半端な推し方をしてくるんだよなぁ。てかそれ推してるんだよね?

個人的にはもう二~三年は保留のままでもいいと思ってたり。

まぁそんな事はどうでも良いとして「全く良くはないのだがな?年齢的にも保留などされたらたまったものでは無いからな?」・・・良いとして出港の日。


「さらば商国よ、出向する艦は」

「プリンセスアリシア号じゃな!」

「いや、そうじゃなくそこでシレッとハリスにもたれかかっている私よりとうの立った娘は何だ!私の時はさんざん帝国に置いていこうとしたのに自然な感じで連れてきたその娘はいったいどう言うことなのだ!」

「細かいことは気にしてはいけない。な、トゥニャサ」

「はい、ハリス様」


―・―・―・―・―


サラッと買い物に来てトゥニャサ嬢と悲恋的なロマンスの後とっとと帰るはずだったのにどうしてこうなった・・・

てことでやっと王国に帰国!ここから本格的に南都の領地整備開始となりま・・・なる・・・なればいいな?

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