東へ西へ編 閑話 帝国の憂鬱 その3

私の名はヴィルヘルム、大陸のやや東に位置する『べイオニア帝国』の第二皇子・・・だった。

そう、上の兄がとんでもない失態をやらかしたことにより皇太子となった男だ。

まぁその兄も命を以て責任を取ったのだがな。


さて、その様な状況――主に兄が国内の中小貴族の半数以上を連れて自滅したのが大半の原因なのだが――なので私も含めて療養中の父以外の王族はとても多忙である。

いや、1人だけ好き勝手にしている者もいるのだがな?

そう、この国の第一皇女、私の妹なのだが・・・。


そんな年中徴税騒ぎの様な慌ただしさの中、王国よりの使者が訪れたとの報告が入る。

こちらから戦を仕掛けた上にかすり傷すら負わせることも出来なかった隣国、そしてこちらの失態に対して最大限の譲歩をしてくれた慈悲の国。

来年の年明け早々の譲位などの話もしなければならなかったのでこちらから使者を出そうと思っていた所でまさか向こうから連絡がくるとは一体・・・?

あまり良い予感はしないな、何故ならばあの国には触れてはならない奇人が、いや、貴人が何名かいるからな。


「それで王国からの使者殿とのことだがもう帝国領内に入られているのかな?」

「いえ、それが既に帝都に、それどころか城の門前で待たれていると・・・」

「はぁっ!?他国からの使者が帝国領内に入ったとの連絡も寄越してこないとは・・・王国との国境に配した貴族連中は何をしていたのか!!」

「そ、それがその使者を名乗る者が珍妙な乗り物を操っていたらしく・・・帝国一の駿馬よりも早く、全く止まること無く走り続けられる乗り物であるようで・・・。おそらく魔道具の類ではないかと」


何なのだその乗り物は・・・そんな物が存在するはず・・・無くもないな、特に今の王国になら。

そう、王国で最も注視すべき人物、竜殺しの若き英雄『ラポーム侯爵』ならこともなげにその様な物も用意してのけるであろう。


「そ、早急にその死者殿・・・いや、使者殿に対して王族に対する物に準じる歓待の用意を!!これ以上一分一秒も待たせるわけにはいかん!!」


そしてその様な魔道具を貸し与えられる人間、それも使者として送り出される者がいるとすれば


「・・・その使者殿の背格好などは伝え聞いているか?」

「はっ!何やら怪しげな、いえ、邪悪な漆黒の」

「わかった!!使者殿を直ぐに謁見の間にお通しせよ!!」


一瞬にして肌着がベタつくほどの冷や汗が背中を流れる。

どうやら使者として訪れたのは私が王城を訪れたあの日、侯爵の後ろに控えていた・・・皇国の人間の首を瞬きする間に斬り落としたあの黒い鎧の悪魔であるらしい。

まさか使者ではなく死神が送られてくるとは・・・私は帰国後に何か大きな失態でも犯したのだろうか?

確かに『あの』妹を侯爵の側に送り込もうとしたのは大問題であったかもしれぬが・・・まだ顔合わせもしていないのに?


いや、そもそも帝国と王国の諜報力の差というものを見過っていたのだ、侯爵がそれに怒り先手を打ってきたとしてもなんら不思議なことはないか・・・。

とりあえず今はまだ余計なことは考えるまい。

まずは笑顔で、そう、笑顔で使者殿を出迎えなくてはな!


・・・

・・・

・・・


来ない。


それなりの時間が経過したはずなのに謁見の間まで使者殿が到着しない・・・。

私の鼓動が時の経過とともに早くなってゆく。


「使者殿はまだいらっしゃらぬのか?」

「はっ!直ぐに確認してまいります!」


と言って出ていった近衛隊長がしばらくして真っ青な顔で戻ってきた。

・・・とりあえず彼の報告を聞きたくないのだが?

しかしそうも言っていられないのが上に立つ人間の辛い所。


「・・・何があった?」

「はっ、それがその・・・門番が・・・使者殿を追い返してしまいました」

「なっ!?・・・国賓待遇で、否、王族待遇で歓迎するようにと伝えたであろうが!!何がどうなればそれが追い返すなどと言う結果になるのだ!!直ぐに追いかけて謝罪した上でお戻りいただけ!!」


詳しく聞いた所によると入城の際に『剣を預かりたい』と言うのをいつも通りの横柄な態度で伝えた所で相手が難色を示し、さらに珍しい魔道具らしき乗り物を取り上げようと多人数で囲んだ挙げ句にこちらから剣を抜き放ったところを・・・相手に威圧されただけで全員気絶してしまったと。


「それではもう完全に宣戦布告したも同じではないか・・・」

「ですが其の者らの態度もいかがかと思われますが?他国よりの使者なのですからそれなりの節度というものがありましょう?」

「態度だと?1人でこの城を制圧出来るほどの武を持つ者が上位者に与えられた剣や魔道具を取り上げようと多人数で取り囲んでおいて相手が悪いと?」

「し、しかし、見るからに怪しい風体の者共を武装したまま城内に入れるわけにもいかぬかと」


確かに怪しさにおいては群を抜く、他の追随を許さない怪しさでは有るけれどもっ!!


「倒れた衛士の上に親書の様なモノが置かれてはいたのですが」

「すぐによこせっ!!」


書状は時候の挨拶から始まり帝国と王国の間にある山脈をトンネルで繋ぎこれからの交易や人の行き来を楽にしたいこと、また王国での新通貨の発行予定と帝国でも同じ様に通貨を新造してはどうか?など・・・どこからみても友好な態度の文面で埋められていた。


「で、その友好の使者を有無も言わさず取り囲み、あまつさえ武器まで抜いて威圧的な態度に出た挙げ句に相手に威圧を返されて全員気絶したと」

「ふ、不甲斐ないばかりであります・・・」

「不甲斐ない?そうだな!相手との力量差もわからず数を頼ればどうにかなるなどと思い上がる馬鹿が城門を守る、これほど不甲斐ないことはそうそうあるまいな!!そもそも私が連絡、命令を下しているのにこの伝達の遅さ・・・城の内外に限らず一度大幅な人員の整理をするべきであろうな!!」


もちろん私自身の責任も有るだろうが帝国は敗戦国なのだと言うことを理解できていない馬鹿が多すぎるのだ!

それもただの敗戦ではなくこちらから宣戦布告もなく一方的に戦を仕掛けておいて文字通りの意味で全滅したのだぞ!?

人が足りないからととりあえず死んだ貴族の次男三男などを据えたのは大きな間違いだったらしいな・・・。


「私が謝罪に向かう!今すぐに馬車の用意を!!」

「相手の使者にも多少の非が有ることです!殿下が御出になるなど王国に舐められますぞ!?」

「はぁ・・・卿は何も理解できていないようだな?・・・父から長年に渡っての城仕え、誠に大儀であった!後は年金でのんびりと余生を過ごすと良い」

「なっ!?殿下、なにとぞお待ちを!殿下!殿下ぁ!!」



こちらは第二皇子の心の葛藤など知らないでのんびりとした帰り道の2人。


「面倒で時間のかかりそうな謁見とか飛ばせて超ラッキーでしたね!」

「いや、全然ラッキーではないと思うぞ!?うう・・・帰ったらハリスに叱られる・・・。でも剣を寄越せだのバイクを献上しろなど納得の出来る話ではなかったからな!!」

「叱られる・・・それはつまり閣下にお仕置きされるってことですか!?お尻を叩かれたりほっぺをつねられたり・・・いえ、それよりもやはり全員斬り捨てた上で城を占拠するべきだったのではないでしょうか?」


「どうしてお前は叱られるのに喜んでいるのだ・・・?あとお前は考え方が物騒すぎる、そもそも手紙を届ける程度のことも出来ないのだから二度と使者になど出ないようにしろ!」

「ぶぅ・・・届けられなかったのはメルさんもじゃないですか!」

「わ、私はちゃんと届け・・・置いてきたから問題は無いのだ!!」


やはり完全な人選ミスだった。


―・―・―・―・―


まぁ王国のお城でも大騒ぎになったくらいだから他所の国のお城でも騒ぎになるよね・・・。

門兵の態度も悪いけど使者としての対応も臨機応変に出来ていないので痛み分けな感じのお使いでした♪

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