新しい年編 その16 帝国軍・・・全軍消失

「我々は神聖なる――」


何やら宣言を始めた旗持ちの騎士に向かい『バシュッ!』と言う風切音とともに放たれる『備え付けの強弩(アルバレスト)の太い矢(ボルト)』。

城門の上に何も無いと寂しいから飾りで置いてみたんだけど問題なく作動したね。

そして・・・騎馬の人の顔に命中したね。

命中したと言うか兜ともどもに頭が弾け飛んだんだけどさ。


・・・いやいやいや。


「サーラさん?何か言おうとしてたのにどうしていきなり撃っちゃったのかな?」

「はっ!どうせ聞いても閣下が不愉快になるだけだと思われましたので!!」


そうだね、確かにそれはその通りなんだけどさ・・・。


「サーラ、兜を脱いでこちらに来なさい」

「・・・はっ!」

「ハリス、腹立ちなのはわかるが殴るのは勘弁してやって・・・どうしていきなりサーラに口づけたの!?・・・そしてキスが長いな!?」


だってサーラ嬢の手がね?震えてたから。


「サーラ、初めての戦場で緊張するのはわかるが妖魔に囲まれて疲労困憊して倒れるまで切り結んだことを思ったらどれほどのこともないからね?そもそも今回は俺が魔法でドーンするだけだからそんなに気を張らなくても大丈夫だよ?」

「・・・はい、申し訳、ありませんでした・・・」


上目遣いにとろんとした目でこちらを見るサーラ嬢の頭をよしよししてから兜をかぶりなおさせる。うん、精霊さん以外のうちの子もとても可愛い。

ちなみにそこでアルバレストの弦を張り直そうとしてるヴェルフィーナ嬢、それは貴女の細腕では引けませんし、仮に敵兵を撃ち殺しても貴女にキスはしませんからね?

そう、身体は許しても(一緒にお風呂に入って添い寝はしても)心は許さない(キスはダメ!)のだ。俺氏、言ってることが相変わらずのどクズ加減である。



さて、一応は『伝令の使者』を送り出した所、有無を言わさず『伝令だった死者』にされた帝国軍。

壁の上で撃った人間がキスをしてるとは思いもよらないだろうが相当に腹は立てているだろう。外国の昔話なら幸せなキスをしたらハッピーエンドなんだけどなぁ。


距離があるのでハッキリとは聞き取れないが敵総大将らしき人間がなにやら号令をかけて、泥濘を避けるように隊列を立て直し総攻撃の準備を始める。

いや、相手が上から見下ろしてるのくらいわかるだろうに総大将の位置がバレるような行動するとかどうなんだよ。

王国含む近隣諸国、本当に長期に渡り戦争してなかったんだろうなぁ・・・。


てかさ、ここって一応見栄えを良くするために城門の形に整えてはあるけど『門の形に整形しただけの壁』だからどんなに頑張って攻撃しようが壁を崩さない限りは開かないんだけどね?

さらに門の形になってるから(上に家を建てられるくらいには)他の場所よりも分厚い作りだしさ。


ああ、そう言えばどうしてわざわざこんなところに防壁を建てたのかの説明をしてなかったよね?

ものすごく簡単な話なんだけどね?


『俺の近場で、出来るだけ目に見える範囲内で敵全軍に集まって体勢を整えさせたかった』


からなんだ。だってさ、あっちこっちにてんでバラバラに布陣されると皆殺しにするのに時間がかかるじゃないですか?

殺るなら殺るでシステマチックにそして徹底的に。

どうせ敵兵を生かして返そうが恨まれるだけで感謝なんて一切されないのだから。


そこそこの時間がかかったがなんとか隊列を整えて陣を組み終わる帝国軍。

いや、そんなダラダラと行動してたら普通の戦争なら門から出た騎馬隊に本陣まで蹂躙されてるぞ?もっと普段から訓練しておけと。

そして用意が出来たならこちらも遠慮なく行くよ?

『魔法一発撃つだけ』だけど『ここからずっと俺のターン』なんだから。


「ラッコちゃん、ウサギさん、こき使って申し訳ないんだけど・・・力を貸してもらえるかな?」

『キュッ!!』

『フスフスフス!!』


精霊様が2人(2匹?)揃って俺の体をヨジヨジとのぼってきて両肩の上に立つ。

俺は敵軍に向かって両手を突き出し、新しく作っておいた魔法を唱えるだけの簡単なお仕事である。

手を前に突き出したのはもちろん『それっぽく見えるから』である。

俺って案外形から入るタイプなのだ。


呪文の完成と同時に上空に広がる直径1kmはあろうかと思われる超巨大な六芒星の魔法陣。

突如として現れたソレを、騒ぐことも忘れ唖然とした顔で目を見開き見上げる帝国軍。

ゆっくりと、ゆっくりと帝国軍に向かい落ちていく魔法陣はまさに神の御業・・・。


・・・

・・・

・・・


いや、別にさっきの魔法陣にはこれと言って何の意味も無いんだけどね?

ただ相手に『上が危険ですよ!!』って思わせたかっただけで。

もちろん効果は抜群だった。


「ハリス、特に何も起こらないようだが・・・」

「でも敵軍が全く動かなくなりました!」

「動かないだけではなくなにやら大騒ぎしているようにも見えるね?」

「まぁさっきの超巨大魔法陣以外は見た目の物凄く地味な魔法だからね?」


そもそもがド派手に何かが起こるような魔法ではないのだ。

そして帝国軍、動かないんじゃなくて動けないんだよなぁ。


だって足元が『べちゃべちゃするだけの泥濘(ぬかるみ)から少しでも動くと、むしろ何もしなくても自重だけで沈んでゆく底なし沼』に変化したのだから。

目の前一面に広がっている広大な草原、そこで攻撃命令が出るのを待っていた帝国軍、後方に待機していた輜重隊まで全軍を巻き込んで。


うん、見た目に変化が乏しいから途轍もなく地味に見える魔法だけど文字通り『一晩で都市が一つ地上から無くなる』ような凶悪な魔法なんだよ。

もちろん精霊さんの協力と元々の地質的な要因が無ければここまで広範囲の効果は期待できないんだけどね?


「何だろう、特に何も変化が無いのに敵軍のそこかしこから悲鳴があがっているな?」

「いえ、少しずつですが敵兵が小さくなってきていませんか?」

「小さくなっているのではなく足元から沈んでいってるんじゃないかな・・・?」

「ヴェルフィーナ嬢、正解」


既にいろんな箍(たが)が外れている俺、魔物とは言え生き物を殺めたことのある2人の騎士様とは違い箱入り娘・・・でもないけど公爵家御令嬢のヴェルフィーナ嬢。

為す術もなくじわじわと荷物や馬が、そして大勢の人が沈んでゆく光景に顔を青くしている。


「ヴェルフィーナ嬢、少々顔色がよろしくないみたいだし一度奥に戻っておくといい。メルティス、サーラ、姫様をお連れしろ」

「ま、待って!待って下さい・・・貴方は、ハリスはどうするんだい?」

「俺?俺はこのまま、事が全て終わるまで見届けるさ。見送りの人間くらいは居てやらないと連中も浮かばれないだろうしね。いや、足場もつかまる所もなく沈んでいってる人間に浮かばれないとか言ったら『ふざけんな!』って怒られるだろうけどさ」

「なら私も、君に最後まで付き合うさ。王国の人間として、ヴァンブス家の人間として、君の伴侶となるかも知れない友人としてね」


自嘲気味にため息をつく俺と青い顔のままでそう言いきるヴェルフィーナ嬢。

そんな顔で空元気出さなくてもいいんだけどなぁ。


「・・・ヴェルフィーナは思ったよりも強いんだな」

「ふふっ、惚れたかい?」

「ええ、最初にお会いしたときからその美術品のようなお身体だけは大好きでしたけれどね?」

「・・・もう・・・バカっ!!」


「メルティス、サーラ」

「私も下がらないからな?」

「私もです!閣下の騎士として、は、ハリス様の妻として、いつも、いつまでもお側に控えさせていただきます!」

「サーラ!?自分だけちょっと良いこと言うのはズルいと思うぞ!!私も!!私もそんな感じだから!!」

「メルちゃんは本当にポンコツさんだなぁ」



昼過ぎに始まった帝国軍との戦闘は日が沈む前に終了した。

帝国軍全軍の『消失』を以って・・・。

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