新しい年編 その9 こっちに来て・・・手を繋いで欲しい

ちゃんと国にも報告して許可を取ってからの迷宮制覇生活だったので他の貴族様連中からのお茶会や夜会のお誘いを断るにはちょうど良かった生活が終わりを告げるのは3月も半ば。


「密偵からの報告によると皇国、そして帝国が連動するように各地から兵や兵糧を王国との国境に近い都市に集め始めたらしい」

「それは・・・間違いなく宣戦布告してくるつもりでしょうな」

「やはり皇国と帝国は繋がっていたか・・・皇国に関してはこちらより兵数は少ないが強兵、帝国は逆にこちらより兵数が多い」

「何にしてもこちらの倍の数の兵はいるであろうな」


「南の海軍はどうだ?動きそうか?」

「南に関しては今の所全く動きは無いようです。まぁ出ている商船に偽装している軍のことまではわかりませんがね」

「で、アプフェル伯、卿はどの様に対処するべきであると思う?」

「・・・はい?」


呼び出されたのでとりあえず王城には来たものの情報だけはちゃんと聞き取りながらボーッとしてたらいきなり話を振られてビクってしちゃったじゃん。

いや、なんで俺に聞くのん?人数合わせと参加者の高年齢化防止の為に呼ばれたくらいの気持ちでいたのに。

てか質疑応答が必要な時は先に質問内容とか伝えておいて欲しいんだけど?などとどこぞの政治家みたいな文句も言えないので特に何も考えずに思っていたことを口に出す。


「どうするも何も、向こうが王国内に埋伏させていた商会を潰した上でこちらから警告までして誠意を見せてやったのにまだ殴り合いがしたいと言うなら徹底的に、こちらの国名を聞くだけでしゃがみ込んで震えだす様になるまで容赦なく殴る、むしろ相手がごめんなさいしても殴り続けるしかないと思われますが」

「・・・ふっ、アプフェル殿?は何を言っているのか。そもそも相手は二正面で倍の兵力なのだぞ?具体性もなく威勢の良い事を言うだけなら酒場の酔っぱらいでも言ってのけるぞ?」


小さくそこかしこから失笑が上がる。

なんか知らんおっさんにいきなり絡まれたよ・・・。確か・・・なんとかさんだな、うん。

だって本当に何も考えないで喋っただけなんだもの。


てか具体例ねぇ。

簡単なのは王国軍全軍で西と北、帝国軍か公国軍のどちらかの敵軍に対峙して時間稼ぎをしてもらって、もう片方の軍をメルちゃんとサーラ嬢の2人が殲滅している間に敵国内の軍事施設やら城塞やらを俺がグチャグチャにしてくるという『ソロゲリラ作戦(日帰り)』とかいかがだろうか?


・・・駄目だな、ないとは思うけどもしも2人を付き添い無しで放置して怪我でもさせちゃったら、あまつさえ戦死なんてしたら、そして何かの拍子に傷ついた2人が捕らえられて敵兵に辱めれれでもしたら・・・敵国が人っ子一人居ない焦土と化してしまう。

民間人の大量虐殺、この世界に魔王が誕生する瞬間に立ち会うとかちょっと穏やかじゃないからね?その場合は立ち会うどころか俺が魔王って呼ばれるんだけどさ。


うわ、変なこと考えたらむっちゃ2人のこと心配になってきたんだけど?

血まみれになったメルちゃん、敵兵に踏み躙(にじ)られるサーラ嬢。

そして裸で首枷に繋がれ嬲られたりなんて・・・うがあああああああ!!!!!

いかん、心配通り越して怒髪天突くわそんなん!

ほら、俺って少しだけ過保護じゃないですか?

おまけに少しだけ独占欲も強いみたいじゃないですか?


少し冷静になろうと振り返り俺の後ろで立つ2人に


「ちょっとこっち来て?そうそう、2人で両側から俺と手を繋ぐ感じで」


小首をかしげながらも言う通りに手を繋いでくれるメルちゃん(黒い悪魔)と脊椎反射で何も考えないで手を繋いでくるサーラ嬢(黒い悪魔part2)。

ふぅ・・・よし、少し気分が落ち着いたかな。


いや、お偉いさんが集まってる会議中に女の子と手を繋いでいちゃいちゃしてる場合じゃないんだけどさ。

そもそも2人が女の子だと認識されてるかどうかは別にして。

『みんなはどんな顔してるのかな?』と周りを見渡すと貴族様が何人か泡吹いてひっくり返ってるんだけど・・・何してんだよあの人達は、てかそれ大丈夫なの?何かの伝染病とかじゃないよね?


「ハリス・・・いきなり強烈な殺気を撒き散らすのはやめようね?て言うかいきなりどうかしたのかい?」

「へっ?殺気ですか?そんなもの特に出してはいないと思うんですけど・・・。いえ、ちょっこっとこの2人が戦場で倒れてる所を想像してしまいまして。敵対者に対する怒りで我を忘れそうになってました」

「間違いなくさっきの殺気の理由はそれだよ・・・て言うかその2人が倒れることとか有り得るのかい?何度か家の屋敷で衛士に稽古をつけてる所を見たけど怪我をするとすら思えないんだけど?それにそこまで気にかかるならとっとと娶ればいいだろうに」

「少し強くても女の子ですからね?俺が2人を心配するのは仕方のないことなのです。あと其の件に関しましては高度な判断と情報を精査する必要がございますので」


「閣下、私は戦場で倒れたりはいたしません!例え魂が天に召されようとも、何百何千本の矢をこの身に受けようとも、その場で盾となり壁となり閣下をお守りいたします!!」

「私だってそうそうお前以外に負けることなどないさ。で、でも心配してくれるのは・・・嬉しいよ?ハリス、ありがとうね?」

「・・・そうだね。てかサーラはそんなに気負わないでいいからね?むしろ2人とも絶対に俺より先に死ぬのは認めないからね?」

「それはもう求婚の言葉では無いのかな?」


何やら言ってるコーネリアス様は放置して久々のデレデレメルティス、略してデレメルと武蔵坊の様な事を言いだしたサーラ嬢を交互に見つめる。

うん、今日もとっても邪悪(スタイリッシュ)。

何かこう・・・そんな事言われるとグッと込み上げてくるモノがあるんだけど。

もちろん胃液では無くて愛おしさとかだからね?

座ったまま繋いでいた手を離して2人の腰に腕を回して身体を抱き寄せる。

うん、鎧、カッチカチやな。


あれだな、戦争とかどうでもいいと思ったけど、いや、今でもどうでもいいと思ってるけど・・・友人知人、それなりに好意を持っている女の子に害が及ぶならそうも言ってられないもんな。

むしろ殺られる前に殺るの精神って言うの?因果応報は自然の摂理だ。


てかもともと売られた喧嘩なんだから殴り返された相手の事まで考えてやる必要もないしね?

ほら、たまにいるじゃん?勝手に攻めてきて反撃されて敗退した途端に『俺と仲間ががこんな目に遭うなんておかしすぎるだろう!?』とか『どうして俺の家族が死ななければならないんだ!?』とか『必ず、報復はこの俺の手で必ず果たしてやる!!』とか言い出す意味のわからないやつ。

是非その場に居合わせたらみんなも言ってやって欲しい『攻めて来るお前の責任だよ馬鹿』と。


あと、会議は一旦休憩に入った。

そこそこの数の知らないおっさんが泡吹いてるだけじゃなく少数の粗相しちゃった知らないおっさんが混ざってたみたいで・・・。

着替え、入浴、軽食などなどを済ませてから会議の続きが始まる。

俺はその間別室で2人と並んで座って黙ってお手々を繋いでた。


何だろうこのこっちの世界に来てからはあまり出てこなかった情緒不安定な感じ。

戦争が近いから神経が高ぶってるのか、昔とは違い『どうしても守りたい人』がいるから余計に不安になっちゃうのか。

イライラと言うかソワソワと言うか非常に気持ちが悪い。


そして会議が再開されたけど知り合い以外誰もこっちに顔を向けなくなった不思議。・・・不思議!

おかげさまで無駄な発言も減り特に余計なチャチャが入ることもなく決定したことは


『国軍が北で皇国軍の相手をして時間を稼いでいる間に五大精霊様にお力をお借りした俺と黒騎士2人が西で帝国軍を追い返して北に援軍に向かう』


と言う最初に思いついた作戦――果たしてこれは作戦なんだろうか?ただの力押しでしかないんだけど――の少し変化型で行くこととなった。

ひっきりなく四方八方から2万匹のゴブリンに襲いかかられた経験が活かせそうで何よりだな!

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