2,祖国の終焉


 祖国の姫デボラは、才ある姫だった。ありすぎたと言ってもいい。姫君はまず、王子が不在の国であったために国技である伝統の剣術を身につけた。その太刀筋は基礎をしっかりと踏まえつつ相手の弱みを即座に見抜き体勢を崩す堅実なもので、相手がよほど合憲でない限り負けることはなかった。また、同じく国技である舞踊においても才能を遺憾なく発揮した。全身の各部位から表情にいたるまで、髪の毛一本単位で動かす繊細な舞に見惚れないものはなかった。


 そうして様々な期待とともに国を背負った姫君は、戦火によって瞬く間に不遇の日々に追われることになる。戦前であれば、時間の許す限りその才を発揮し溌剌としていた。しかし、戦火においては城に閉じ込められ、ちっぽけな軍に参加することも叶わない。することといえば日がな城に籠り、戦況をうけるのみの疲弊した生活。それが来る日も来る日も続いた。


 そしてその生活の末に国に残ったものが、おぞましい数の民の死、王の首なき遺体、何もできなかった王妃と姫君、城を守った数少ない生き残りである使用人や兵士、軍師、消耗しきった国土。つまりは、小さくも文化にあふれ美しかった祖国は「敗戦国」となった。


 国が変わってしまった絶望の中で一番に動いたのは王妃だった。王妃は姫君と生き残り達を城の外に逃がし、城を燃やし、城に残る全てを殺したと敵軍に宣言した。その後は知られていないが、捕虜となったか敵軍の元で死罪になったかのどちらかだろう。その身を挺して、残るもののすべてを守ろうとした。


 そしてその子である姫君は、隠し通路から城を出る寸前、生き残りたちに声を高らかに宣言した。


「今、まさに燃え落ちんとするこの城の支配する国は滅びました。故に、かの国の王も、王妃も、彼らの唯一の子であった姫ももういてはならなりません。お前たちの仕えるところの姫君デボラは死なねばなりません」


 その場にいる全員が沈黙を守り、国の象徴の崩れ行く音だけが響いていた。


「私がこれから生き延びる道を進むのであれば、それはこの国の姫としてではなく、全くの別者とならなければならないでしょう。そのため、王族としての全てをここに置いていきます。この私が、姫を殺しましょう」


 そこでかの方は一息つき、低い威厳のある声で次のように仰せられた。


「故に、ここに宣言する。これより私の名は『バラク』である。私を今までの名や身分で呼ぼうとするものは私が城を出ると同時に立ち去れ、あるいは城に残れ。全員がこの国に関するものを、記憶を、すべてここに捨てていけ。復讐の心さえあってはならぬ。今ここですべてを捨て去れ。これは、姫君デボラが下した最後の命令である」


 王家に伝わる頭飾りを、かの方はその場に落とし、踏みつけた。結わえられていた姫君の髪はかの方によって解かれ、美しく舞っていた長い髪はかの方の剣で削がれ、かの方は城を出た。


 かの方の最初の命令は、祖国を、姫君の来た道をすべて燃やし尽くすことだった。そうしてかの国は喪われた。


 かの方の瞳は、姫君とは別の煌めきを放つようになった。それが殺意であること気づくのに、それほど時間はかからなかった。


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