第20話 信じられない

「雅君」

「なんだよ

「あ、あのね。今日は、肉じゃがにしたんだよ」

「……どれが?」


 じゃじゃんと弁当箱の蓋をリアラがあけると、そこには白ご飯とじゃがいもがあった。

 肉は? いや、じゃがいも炒めただけじゃないのこれ?


「き、今日のは自信あるから、食べて」

「まあ、食べるけど」

「あ、やっぱり待って!」

「な、なんだよさっきから」

「……」


 リアラの様子がおかしい。

 いや、いつも情緒不安定なこいつだけど、今日はやけに女の子っぽいというか。

 どうしてずっと照れてるんだ?


「なあ、体調でも悪いのか?」

「ど、どうして?」

「だって、なんか大人しいというか」

「そ、そんなにいつも騒がしいみたいな言い方やめてよ。それよりどう、おいしい?」

「……まあ」

 

 味がしない。

 素材のまま、じゃがいもの味はするけど。

 なんか土を食ってるみたいだ。

 とは言えない。


「なあ、もうお腹いっぱいだから」

「あ、あーんしてあげる」

「……は?」

「い、嫌なら別にいいわよ! や、やっぱよくない!」

「な、何言ってるんだお前? ここ教室だぞ」

「し、知ってるもん! なによ、私にあーんされて困ることあるの?」

「……あるだろ」

「な、なんでよ! もしかして好きな子がいるとか」

「なんでそうなる。普通に恥ずかしいだろ」

「雅君のバカ!」

「お、おい人の話を」


 教室であーんなんて、本当の彼女だとしても罰ゲームみたいだから嫌だというのに、話を聞かずにリアラは弁当をさっさとしまって怒った様子で出て行ってしまった。


 俺たちの様子をずっと見ていた連中は、「喧嘩したぞ」と騒ぎ出す。

 その騒ぎに便乗するように人が群がってくる。

 気まずくなって、結局俺も教室から飛び出した。



「……雅君のバカ」

「橘、どうした?」

「あ、尊君」


 今日ばかりは優しくしようと思っていたのにいつもの如く怒り散らして教室を飛び出した私は一人で校舎裏で落ち込んでいると、そこに尊君がやってきた。


「おいおいまた喧嘩か? いい加減進歩ねえなあお前ら」

「だって……今日は雅君が私のせいで絡まれたって聞いたから、せっかく優しくしてたのに」

「ふーん、知ってたんだ」

「うん、クラスの子に訊いたの。でも、尊君が助けてくれたんでしょ?」

「あー、それはちょっと違うな。あいつがアホ共にちゃんと言ってたぞ。俺のリアラに手を出すなーって」

「……え?」

「あれ、これ言っちゃダメなやつだっけ? いや、まあいっか」

「ね、ねえ尊君。それってほんと?」

「ああ、俺はあいつが好きだーってな。ほんとラブラブだなお前らって」

「……ほんとに言ってたの?」

「なんだよさっきから。結構な大声で言ってたから訊いたの俺だけじゃねえぞ。ほんと、ああいう男らしいとこたまに見せるのってずるいよなあいつも」

「……」

「橘?」

「……」

「お、おい橘!?」


 雅君が私のことを好き?

 好きって、みんなの前で大声で言ったってほんと?

 え、うそ? いや、ほんと?

 あうあうあう、どうしようどうしよう……え、嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう。


「たちばなー、おーいたちばなー」

「……」


 あれ? なんか尊君の声が遠くなっていく。

 視界が暗くなっていく……。



「……ラ」

「……ん?」

「リアラ!」

「あ、雅君?」


 私を呼ぶ声に、意識がうっすら戻ってきた。

 そして目をあけると、そこには心配そうな顔をした雅君が。

 どうやらここは保健室のようだ。


「リアラ、大丈夫か?」

「あれ、なんで?」

「尊から連絡があって。急に倒れたって聞いたから心配したんだぞ」

「……うん」


 そっか、心配してくれてたんだ。

 もう、いつも雅君は大袈裟なんだから。

 昔、私が転んでひざを擦りむいた私より動揺してたし、私が泣いてるといつもハンカチかしてくれて、お気に入りのやつなのにそのまま私にくれたりもしたっけ。

 ほんと、優しいとこは昔から変わんないなあ。

 

 ……ほんと、私も昔から変わんない。

 あの頃はずっと猫を被ってたけど。

 わがままでおっちょこちょいなのは昔も今もそのままだ。

 なのにいつも雅君は一緒にいてくれたのに。

 私がいつもダメにしちゃう。


 でも、こんな私をまだ好きでいてくれるなんて、本当なんだろうか。

 あまりに嘘みたいな話にびっくりして、まさか失神しちゃうなんて我ながらびっくりだけど、それくらい信じがたい話だ。


 尊君の勘違いなんてことも大いにあり得る

 でも。


「……ねえ、雅君」

「なんだ? 飲み物なら水買ってきてるぞ」

「うん、ありがと。でも、そうじゃなくて」

「なんだ?」

「……」


 確かめたい。

 雅君は私のこと好き? って。

 たった一言だけ、訊きたいだけなのに。

 喉がきゅっとなって、言葉が出てこない。


「……なんでもない」

「そっか。今日は先生に許可もらったから落ち着いたら一緒に帰ろう」

「うん。もう大丈夫だから、帰ろっか。マチタンもいるし」

「そうだな。帰ったらご飯やろうな」

「うん」


 いつになく、雅君は優しかった。

 多分それが倒れた私に対して気遣ってるだけだとわかっていても、その優しさが嬉しくて。

 その優しさが苦しくて、私はこの後何も話すことができず。


 雅君に連れられて少し早めに学校を出ることとなった。

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