第11話 甘やかさない
橘リアラに対して、未練なんてものが全くなかったとはいわない。
幼なじみとしてずっと一緒にいて、初恋で、初めてにして唯一付き合った女子なのだからそう簡単に忘れられるわけもない。
むしろ別れたその瞬間からずっと、時を戻せたらいいのにと悔やみ続けてきた。
それでも少し時間が経てば落ち着く。
見合いの件について相談された時は、正直ほっとけないという親心に似た心境だった。
でも、こんなに一緒にいたら。時間が経てばまた、落ち着きをなくしていく。
俺はやっぱりリアラが好きだと、心がざわつく。
まだ、それが本物かどうかはわからないけど、寝間着姿で嬉しそうに飯を食うリアラをみて、抱きしめたいとか思ってしまったのは事実。
今、廊下で一人伏せるように眠りながらそんなことを思う。
しかし、全く筋違いな八つ当たりだとはわかっちゃいるが、最近は休日が多すぎる気がする。
土日に加え、よくわからない祝日もたくさんある。
部活動でもやってる連中は、それでも毎日学校に通う理由ってのがあるだろうが、俺にはない。
もちろんリアラにも。
せめてどちらかが、あるいは両方が部活動に勤しむような生活なら、日曜日なんてものも特別視することなく平坦に終えることができたろうに。
つまりは、こんな気持ちのままで明日リアラと、また恋人ごっこをするのが辛いのだ。
辛いし、不安だ。
俺が変なことを口走らないか、おかしな挙動をとらないか。
そんな自分が、不安だ。
♥
一人でベッドに入って部屋の明かりを消すと、また独りぼっちになったような感覚に陥ってしまう。
すぐドアの向こうの廊下で、雅君は寝ているというのに。
朝になると彼がいないんじゃないかって心配になる。
だったら同じ部屋で寝ればいいじゃないかとも、自分に何度も問いかけたりしたけど。
心の中のエンゼルリアラが「一緒の布団で寝たいって甘えたら、きっと彼も受け入れてくれるわ」と、希望的観測を述べたりするが。
一方でデビルリアラが「同衾とか元恋人なのにあり得ない。ビッチなのかって思われて嫌われるのがオチよ」と、ネガティブなことを言ってくる。
でも、この両極端な私の思考は拮抗しているわけではない。
私の中のデビルが圧倒的に強い。
つまり私は、ネガティブである。
そうじゃないとこんなにヒステリーにならないし、もっと自信をもって彼に甘えることができるに違いない。
素直じゃない、というより素直さがない。
前者だとまだ可愛いけど、後者だから全く可愛げがない。
ほんと、可愛くないな、私……
♠
「おはよう、そこどいて」
廊下で眠る俺は、目覚まし代わりに頭を小突かれて、渋々体を起こす。
「今日は日曜なんだからもうちょっと寝させろ」
「廊下にいると邪魔なの。朝ご飯作るのに」
「お前がここで寝かせておいてそれはないだろ。わがままか」
「ええそうですよ。私はわがままです。知ってるでしょそれくらい」
イライラするのは朝だからか。
これともこいつと喋っているからか。
とにかく話すほどに苛立ちが増す。
やっぱりこんな女を好きだなんて、なにかの間違いだ。
一緒にいるからつい、変な気が起こるだけだ。
「ああ、もうわかったよ。それならベッド貸せよ。そっちで寝るから」
「勝手にどうぞ。汚さないでよ」
「うるさい、じゃあな」
「……バカ」
はっきり言って眠い。
時計を見たらまだ朝の六時。
翌日が休みだからと、調子に乗ってずっと動画を見ていたこともあり、眠りにつけたのは深夜の二時過ぎ。
そりゃあ眠い。
何も考えずに、俺は部屋にあるベッドにそのまま寝転がる。
そしてそのまま目を閉じると、さっきまで固い床の上に布団一枚で寝ていたこともあってか、その寝心地の良さにすぐ眠気が。
それに。
なんかいい香りがする……。
♥
何よ朝からつっかかってきて。
って、私も人のこと言えないけど。でもあんな言い方ないじゃん。
なんかムカつく。腹が立つ。
雅君のことを考えると、なんかモヤモヤする私は、やっぱり文句でも行ってやろうと一度コンロの火を止めてから部屋に。
すると、
「……すー、すー」
彼がベッドで眠っていた。
……ほんと、昔っから朝弱いんだよね。
そのくせ夜更かしして。どうせ昨日だってくだらない動画ばっかり見てたんでしょ。
でも。寝顔かわいいな。
雅君……
思わず彼の寝顔に吸い込まれそうになっていると、彼が「うーん」といいながら寝返る。
そして、私の使っていた枕に顔をうずめた。
……え、ダメダメダメ!
雅君が私の枕にチューしてる!
ど、どうしよう……昨日枕カバー洗濯したばっかなのに。
今日それだけ洗ってたら、きっと雅君だって良い気がしないだろうし。
……でも、雅君気持ち良さそうに寝てるし。
起こさないでおこう。
うん。
朝ごはん、頑張って作ろっと。
♤
「おはよう、ご飯できたよ」
「……ん、わかった」
リアラに起こされてベッドから出ると、テーブル一杯に朝食が並んである。
今日はパンとサラダか。
これなら味付けを間違えることもないだろう。
「いただきます。うん、パンだな」
「なにその感想。美味しいとかないの?」
「お前が生地から焼いたわけでもないだろ。うまいのはバターの味だよ」
「……ムカつく」
俺はこの同居生活で少し昔と変えようと思ったことがある。
それは、リアラを甘やかさないこと。
こいつは甘やかせば甘やかすほどダメになる。
でも、昔はこいつが好きすぎて、なんでも許してしまっていた。
で、こんな感じにわがままなだけの何もできない女のままである。
つまり、リアラのわがままについては親だけでなく俺にも責任があるのではないかと、そう考えるようになったのだ。
だから、ダメなものはダメだと。
大したことないものは普通だと、こいつにちゃんと世間の厳しさを教えてやろうと、そう思ったのである。
まあ、その程度でこいつの性格が治るとは思わないが、これ以上ひどくなるよりはマシだろう。
「で、昼はまたどこかに食べにいくのか?」
「あ、駅前に美味しそうなパン屋さんができたから買って帰らない?」
「じゃあ朝からパンにすんなよ……」
「い、いいの! 今日は一日パンの日なのよ」
「じゃあ晩飯もか?」
「も、もちろんよ! ピザとか、作りなさいよ」
「パンじゃねえじゃんか……」
ほんと、よくわからない女だ。
でも、ピザか。
作ってみるか。
「でね、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「なんだよ」
「牛乳、買ってきてくれない?」
「は? 今飲むのか?」
「うん。今飲みたい」
「じゃあ買ってこいよ。スーパー近いだろ」
「わ、私はお出かけの準備とかで忙しいの。だから買ってきて」
「なんで今なんだよ」
「いいから! 早くしてよ」
「……わかったよ」
また急に意味のわからないことを言い出した。
ほんと、思いつきでものを語るというか、考えるまでもなく言葉にするというか。
ため息をつきながら、俺は一人で部屋を出る。
なんか、尻に敷かれた旦那みたいだな、俺。
♡
雅君がさっきまで寝てたベッド……
私は、そこに思いっきり飛び込んだ。
「はうう……雅君のにおいがするー」
随分と変態チックなことを独り言ちる。
でも、懐かしい匂い。
すごく安心する。
もうこの枕、絶対洗わない。
「はあ……一緒に寝たいなあ。絶対毎日快眠だろうなあ。あー、もうちょっとで雅君戻ってきちゃうけど……も、もう少しだけ」
目一杯、彼の残り香を堪能しようと枕に顔を埋めてジタバタと。
すると気持ちよくなってきて、ふわあっとあくびが出た。
そしてそのまま、ぼんやりと夢の中に落ちてしまった。
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