いでそよ人を、忘れやはする。
「ごめん葉汰郎。飲みすぎちゃった」
「ったく、酒弱いんだから気をつけろってあれほど言ったのに……」
「久しぶりに綾子と恵太くんも交えて四人で会えたから、つい」
「まあ、恵太も海外に留学しててなかなか会えないしな。気持ちはわかるけどさ」
「綾子は相変わらず元気だったし、恵太くんは更に大きくなってたような……」
「確か188cmあるって言ってたな。でもバスケの選手の中じゃ低い方らしいぞ」
「すごい世界よね……」
「あいつ、そんな世界に海を渡ってたった一人で挑戦してるんだもんな。すげえよ」
「まあ、恵太くんには綾子がいるからきっと大丈夫よ」
「そうか。そうだよな。というかアヤちゃんもすごいよ。県外とかそういうレベルじゃなくて、住んでる国そのものが違うのにずっと恵太のこと想っててさ。羨ましいよ」
「何? その言い方。まるで私が葉汰郎のことを想ってないみたいじゃない」
「あ、いや違うって! そういうつもりで言ったんじゃないぞ」
「……ふーん」
「拗ねるなよ。介抱してやらないぞ?」
「あ、そういうこと言うんだ?」
「いや、それは冗談だけどさ」
「いいわよ、別に。一人で帰れるし」
「いやいや、危ないし送っていくよ」
「危なくなんてないよ。ここは日本だもん」
「そういう油断がいけないんだぞ。送るから」
「嫌よ」
「……わかった。俺が悪かった。だから機嫌直してくれ」
「ううん。怒ってないよ」
「じゃあ、なんで嫌だとか言うんだよ?」
「……送ったら帰るの?」
「え?」
「送ってくれたら、葉汰郎はそのまま帰っちゃうの?」
「まあ、送るとしたらそうなるな」
「ふーん……」
「だって、夏希は実家で暮らしてるだろ? こんな夜遅くにお邪魔するわけには……」
「そうね。この時間なら、もうお母さんは寝てると思うわ」
「だろ? だから今日は……」
「——あ!」
「ど、どうした急に? 気分でも悪くなったか?」
「あ、あー。忘れちゃったなー」
「な、何を? まさか記憶とか言わないだろうな?」
「ううん、もっと大切なもの。あー、思い出せないなー。困ったなー」
「なんだよ。もったいぶらないでさっさと言えよ。不安になるだろ」
「……帰り道」
「帰り道?」
「そうよ」
「……どういうこと?」
「わからないの?」
「家までの帰り道?」
「家までの帰り道よ」
「さっぱりわからん」
「だから、帰り道を忘れちゃったの」
「やっぱりわからん」
「……もういい。今思い出したから」
「一体なんだったんだ……」
「やっぱりお酒飲むと鈍くなるよね。いつもならすぐにピンときてくれるのに」
「……夏希のこと、言えないかもな」
「え?」
「俺も少し飲みすぎた」
「……そう。なら、ここでバイバイする?」
「嫌だ」
「飲みすぎたのなら、無理に送らなくても大丈夫よ?」
「いや、今日はもう送らないっていうか……」
「それってどういう……」
「——来ないか? 俺の家にさ」
「え?」
「いや、その、今夜はずっと夏希と一緒にいたいんだ!」
「何それ。それなら私が帰り道を忘れた意味ないじゃない」
「い、嫌か?」
「ううん、すごく嬉しい。葉汰郎の家に行きたい。私もずっと、ずっと一緒にいたいな」
「本当か?」
「こんな時に嘘言ってどうするのよ」
「そ、そうだよな! ……なんか緊張してきたな」
「あ、葉汰郎の目。……いやらしい」
「ば、バカ言うなよ」
「目、泳いでるよ?」
「泳いでねえよ。どっちかって言うと、溺れてるのかな?」
「……ふふ。変なの」
「やっぱり、今日はやめとくか? よく考えたら、急にお泊まりってのも……」
「それは困るわ。私、また自分の家までの帰り道、忘れちゃったから」
「……あ、ああ。そういうことか」
「そういうことよ」
「それなら、俺の家に来るしかないよな」
「ふふ。……ねえ、葉汰郎」
「ん?」
「風が気持ちいい夜だね」
「……ああ。そうだな」
風の吹く街 いーたく @q-and-a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます