第24話 【恵太と綾子】と【シノ5】

『やっほー栗原くん! 例の件決まった?』


『やっぱりダイバは予定が合わなそうだよ』


『そっかあ。それなら八月にずらす?』


『いや、八月だと僕も合宿に行かなきゃいけないし、またみんなの予定合わせなきゃいけなくなるから面倒かなって思ってさ。それで、ダイバの代わりを友達に頼んだんだけど、いいかな?』


『代わり?』


『うん』


『どんな人?』


『名前は乾 快斗って言うんだけど、同じクラスのすごいいいやつなんだ。おまけに勉強もできる』


『へえ〜。勉強ってどのくらいできるの?』


『たしか……学年でも一桁くらいの順位は取ってたかな?』


『すごっ!! うん。頭の良い人大歓迎!』


『あはは。ならよかった』


『もうその乾って人は誘ったの? これから?』


『今日誘った。二十七日空いてるって!』


『ほんとっ!? やった〜! これでミズトピアに行けるねっ!』


『あれ、行き先ってミズトピアに決定してたっけ?』


『たしかダイバくん以外はミズトピアに行きたいって言ってなかった? だからダイバくんが来れないならミズトピアに決めちゃっていいかなって。……もしかして乾くんもズーズーランド派?』


『あ、ごめん。どこに行きたいか聞いてなかった。でも多分快斗はダイバとは違ってどこでもいいと思う』


『そっか。ならよかった。でも水族館苦手って珍しいよねっ!』


『ダイバは変なところがあるからなあ』


『でも嫌いじゃないよ。そういうの』


『あはは。俺も』


『……栗原くんって友達想いなんだね』


『快斗もダイバも僕の大切な友達だから』


『おお〜』


『おお〜、って言われるとなんだか恥ずかしいな』


『あはは。……おお〜』


『笑った後に追加でおお〜ってするのやめて!』


『追加でおお〜って何!? 新フレーズじゃん。栗原くんって面白いねっ!』


『おお……ありがとう』


『それじゃあシノにも伝えておくねっ!』


『うん。よろしく〜』


『それじゃあそろそろ寝ようかな〜』


『あ、そうか。それじゃあおやすみ。また明日!』


『え? 学校違うのにまた明日?』


『あ、間違えた! ごめん。変だよね』


『うん。すごく変。でも間違ってはないと思うよっ! おやすみ! ……また明日!』



 *******



 心なしか、友達の感情の振れ幅が大きくなったような気がする。

 部活の朝練が始まる前、綾子に対してそんなことを思った。

「おはよう綾子。なんかいいことでもあったの?」

「あ、シノ! おはよっ! 今日もいい朝だねっ!」

 どう考えてもいいことがあったんだ。今の綾子を見れば、誰でもそう思う。

「実はね、栗原くんたちと遊ぶ日程が決まったの!」

「あら、そうなの」

「七月二十七日、場所はミズトピアで決定しました!」

「あ、場所まで決まったの? 確か、はズーズーランドに行きたがってなかった?」

 私と綾子、恵太くんは水族館ミズトピアで、彼だけは動物園ズーズーランドを希望していた。

 たしか綾子から聞いた話だと、彼は水族館が好きじゃないとか。珍しいなと思う。

「彼が折れたってこと?」

「ううん。ダイバくんは残念だけど不参加なんだ」

 不参加。そう聞いたとき、少しだけ、体の内側のどこかはわからない場所がチクッと痛んだ。

 恵太くんはもちろん、彼にもこの前の私の態度を謝るべきなのに、その機会が無くなってしまった。

「予定が合わなかったってこと?」

「そう」

「なら、八月に変更でもいいんじゃ……」

「私もね、最初はそう思った。でもさ、二十七日に遊んで、また八月にも遊べばいいかなって思ったんだ。その時はちゃんとみんなで予定を合わせて。栗原くんたちと遊べるチャンスは人生で一回きり、なんてことはないんだからさっ!」

 綾子の言うことに、私は深く頷いた。

「たしかに。その通りね」

「……シノってさ、ダイバくんのことが気になってるの?」

 綾子は無邪気な笑顔のまま、私に尋ねる。私はその笑顔の裏に何か別な感情がないか訝しんだけど、どうやらそんなものは綾子の内側には欠片もないようだった。

 単純な好奇心。それが核心を土足で踏み荒らしていく。

「さあ……?」

 彼への気持ち。それについて否定することも肯定することも、どちらも癪に触る気がして、私は答えをはぐらかした。

 決して意地悪じゃない。恥ずかしがってるわけでもない。

「ふーん……? そっか、気になってるんだ。ダイバくんのこと」

「……ちょっと? なんでそうなるの?」

 綾子の「気になってる」が、私の「気になってる」と一致しているかはさておいて、私はすぐにそう断言した綾子が不思議でならなかった。

「からかってるわけじゃないよ。なんとなく。だって、ダイバくんが来ないって聞いたときのシノの顔が、少し寂しそうだったもん。入学式の日と同じ表情をしてた」

 綾子にそう言われた私は、何も言い返せなくなった。

 私の心と、私の表情は、どうやらまちまちな反応を示すらしい。

「もしもシノがダイバくんのことを気になってるなら、私は全力で応援するよっ。何があってもね」

「……ありがとう綾子。でもね、自分でもまだわからないの。彼に対する気持ちがなんなのか」

「私もね、実は栗原くんのこと、まだよくわかってないんだ」

 綾子はケースからラケットを取り出した。

 手に持っていたラケットを床に置くと、体育館の壁に背中をピタリとくっつけ、綾子はそのままゆっくりと床に座った。

 私は綾子の横に、綾子と同じように座る。

「わかってないから一緒に遊ぶのね?」

「そう。栗原くんが私の好きな人なのか、栗原くんが私を好きになってくれるのか、何もわからないからもう一度会うの」

「そうね。会わないと始まらないかもね」

 私の言葉に、綾子は「うん」と大きく頷いた。

「……そういえば、二十七日は私と綾子と恵太くんの三人で遊ぶの?」

「あ、ごめん。言ってなかった! ダイバくんの代わりに……えっと、乾 快斗って人が来ることになったんだ」

 いぬいかいと。フルネームを聞いても、何もわからない。それはそうか。会ったことないもの。……彼と出会ったときがおかしかっただけ。

「もちろん栗原くんの友達ね。なんかね、すごく頭が良いんだって! 学年で一桁に入る成績らしいよっ!」

 そう言う綾子はなぜか誇らしげだった。

「そう。それはすごいね」

「それと、すごくいいやつなんだって! だから安心していいと思うよっ!」

 根拠の無い自信を持ったまま綾子は言う。

「断言するのね」

「だって栗原くんがそう言うんだもん」

「あれ、恵太くんのことは何もわからないんじゃなかったの?」

 少しだけ、意地悪。

「シノ〜意地悪しないでよっ!」

「ふふ。ごめんごめん」

 綾子は少し頬を膨らませると、ラケットを手に取り立ち上がった。

「さ、朝練しよっ!」

「そうね。……綾子、お互い頑張ろうね」

「うん。頑張ろう!」

 少し真面目な顔になって、綾子は言う。

「……ねえ、シノ」

「何?」

「また明日、って……いい言葉だよねっ!」

「え? どういうこと?」

「ううん、なんでもなーい!」

 ポン、ポン、と、白い羽が私と綾子の間を気持ちよさそうに飛んでいる。

 私もどこか清々しい気持ちになって、今なら風のように空を飛べるような気がした朝だった。

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