第83話
***
どうやら考えが甘かったらしい。
王宮の一室に監禁されたヴェンディグは憮然とした表情で寝台に腰掛けていた。
山の中で捕まってからずっと、抵抗もせずに「国王と話したい」と主張しているのに、いっこうに願いが叶えられる気配がない。パメラに操られた誰かが途中で握り潰しているのだろう。
(でも、俺が捕まったという報告は行くはずだ。向こうから話に来るのを待つか、攻め方を変えるか……)
ヴェンディグは頭を働かせながら自分の左頬に手をやった。
そこには何もない。ヴェンディグの中に、ナドガはいない。
完全に一人きりになるのなんて、十二年ぶりだ。ついつい心細くなってしまいそうだ。
(しっかりしろ、馬鹿野郎。ひとりぼっちを怖がっている場合じゃねぇや)
ヴェンディグは自分を叱りつけ、頬を叩いて気合いを入れ直した。
「よし」
寝台から立ち上がると、ヴェンディグは部屋の扉へ近寄った。鍵は掛けられていないが、常に見張りの兵士が立っているので逃げるのは不可能だ。少しだけ扉を開けて、見張りの兵士に声をかけた。
「ライリー・ノルゲンを呼んでくれ。カーリントン公爵が大事な話がある、ってな」
主をなくした離宮は、がらんとして寒々しい。
ラベンダーの花がまき散らされた広間に立って、ライリーはじっと床を眺めていた。花は既に枯れているが、まだまだ強い匂いを発している。蛇はここに近づけまい。ナドガも、シャリージャーラも。
精油をぶちまけた床からは、乾いてもまだ匂いが香るようだ。割れた瓶の破片が散らかっている。割れ損なった瓶が転がっているのを見つけて、ライリーはそれを軽く蹴った。瓶はごろごろと転がって、花束にぶつかって止まった。
ヴェンディグの身体は確保している。後は、レイチェルをみつけて保護し、ナドガを二度と近づけないようにすればいい。そして、シャリージャーラを油断させて人間の力で倒せば解決だ。能力も弱点もわかっているのだから、蛇の王などいなくとも戦える。
そう思うのに、昨日からずっと言いようのない不安感がこみ上げてきて収まらない。
ライリーは眉間に皺を寄せて、嫌な感覚を振り払うように頭を振った。
間違っていないはずだ。ヴェンディグだってそのうち理解してくれる。
ライリーは自分にそう言い聞かせた。
「ノルゲン様、王宮に戻るようにとのご命令です」
兵士が一人、ライリーを呼びにきた。
「何かあったのか?」
「は。どうやら、カーリントン公爵閣下がノルゲン様をお呼びのようです」
「ヴェンディグ様が……」
ライリーはぎゅっと口を引き結ぶと、王宮へ向かって身を翻した。
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