摩天楼の戦い【後】

 が、レニダスは用意周到だった。

 鉄の魔剣が黒い光の壁に遮られた。凄まじく硬くて、盾の魔剣を想起させる壁だった。



「殺しなさいィ! この男を殺すのですッ!」



 レニダスが喚き、魔王教徒を呼び寄せる。

 瞬く間に押し寄せた魔王教徒たちがレンの背後から猛威を振るわんとするも、



「退いてろ」



 眼中にない小物ばかり。

 振り向きざまに鉄の魔剣を振るったレンが、敵の剣や杖を容易くも断ち切った。反動で怯んだ奴らに剣圧を浴びせ、その身体ごと弾き飛ばして意識を奪う。



 再びのレニダスへ。が、今度はレンの身体が何かに弾き飛ばされた。レニダスが放った黒い風が、レンを数メイルほど遠ざけたのだ。



「……なぜ、これほどの剛剣使いが!?」



 驚くレニダスを前に、レンは冷静だった。



(いまの、黒魔法か)



 その根底にあるのは魔王の力などではなくて、聖魔法に相反した属性であるという事実のみである。

 あれは人の心に左様させたり、相手を魔法的力で弱体化させることもできる。

 攻撃適性もある。黒い力は身体を蝕み、肌をく炎を放つことすら可能とした。



 意識を奪われていない魔王教徒らは、レニダスを守りながら共にじりじりと後退していく。

 彼らに近寄りながら、



(そんなに急かすなよ)



 レンは左手を覆った炎王ノ籠手に意識を向けた。

 炎王ノ籠手が熱い。火傷しそうなくらい昂っていた。

 レンは鉄の魔剣と同時に炎の魔剣を召喚して、炎の魔剣は左手に握っていた。だからなのだろうか。早く振るえと、強く訴えかけられている気がした。



「レ、レニダス様……! 奴が相手では……ッ!」



 魔王教徒たちはレンを恐れていた。

 しかし、レニダスは違った。奴はまさに狂信者へ堕ちており、レンの強さに驚くも諦めるなんて考えは一切ない。

 ここで命を落とそうと、目的を成し遂げるという強い意志があった。



「偉大なる魔王のために戦う。その意思が皆様にありますか?」



 答えは「はい」だ。

 レンを恐れていようと、教徒たちもまた狂信者である。

 魔王教の刻印に宿った魔王の力の一端を、自らの命を顧みず発揮することに恐れはない。

 奴らが怯んでいたのは、成すべきことをできない可能性に対してのみだ。



「――――偉大なる魔大陸の王へッ!」


「――――魔を統べし、ただ一人の王へッ!」



 魔王教御たちが刻印に手を当てた。

 刻印は肩に、顔に、それに手の甲に――――またある者は胸元を飾っていた。ドクン、と魔王教徒たちの身体が揺れた。



 しかし、そこまでである。

 対面するは、赤龍殺しの英雄だ。この場においてそれを忘れること以上の愚は存在せず、かの英雄もまた魔王教徒の思い通りにさせるつもりはない。



 レンは魔王教徒がそれ以上のことをするその前に、レニダスが部下に命令を下してすぐ、鉄の魔剣をレニダスが生みだした障壁へ投擲。

 あのアスヴァルにすら傷をつけた鉄の魔剣の投擲を、防げるわけもない。

 漆黒の障壁はいとも容易く破られて、レニダスの右肩を貫いた。



「こほァ――――ッ!?」



 巨躯を揺らし、膝をつく。

 魔王に与する者の証を命懸けで発動しかけていた魔王教徒たちが、一瞬だけ目を奪われた。

 その一瞬が、彼らの運命を変えた。

 振り向いて、レニダスを見るも投擲されたはずの鉄の魔剣が見当たらない。

 代わりに、彼らの全身が唐突に縛り上げられた。魔力を孕んだツタがいたるところの地面から現れるや否や、ぎゅっ、と首までも拘束された。



「ぐ、ぉ……」


「自然魔法……だと……」



 瞬く間の出来事であった

 拘束され、悉く意識を奪われる魔王教徒たち。

 ラディウスの言葉通り、ほとんどのことがレン一人によって成された。この作戦の中核である魔王教徒らを生け捕るということが、ここで成し遂げられる。



「く、くくく……」



 レニダスが嗤った。

 不気味に、下卑た笑みを浮かべながらだった。



「ああ失敗ですねェッ! 侮り、舐めていたのは我らのようですッ!」



 先ほどの投擲で手放していた杖を必死に掴み取り、レニダスその石突で地面を叩いた。彼の足元に生じた複雑な魔法陣。それがあっという間に庭園中に広がった。



「ッ――――聖紋術式、、、、だと!?」



 ラディウスが言った。



「くふふふッ! 私はエルフェンに仕えていた身ですよォッ! このくらいの聖紋術式なら、行使できて当然ではありませんかァッ!」



 レンは刹那の時間に思い返していた。



(聖紋術式は主神に仕える神官の力――――)



 元は聖地が生み出した特殊な杖や剣を媒体に、神官の魔力を以て行使する力である。聖地が中心にある大神殿、銀聖宮にて作り出された聖水によって磨かれし武器による、聖なる力の権化だ。

 その強さは神聖魔法に似て、強大だ。

 神官自身の魔力と、用意された武器の相乗効果でその強さは千差万別。



 いずれにせよ、とレンは両手に持った剣を構え直した。

 レンの顔にはまったく驚きがなく、逆に喜んでいた。



「助かるよ。それを待っていたんだ」



 レンが落ち着いた声で言い放った。



「この庭園に何か隠しているだろうとは思ってた。それが何かって、残されるくらいなら土壇場になって使ってくれないかって、ずっと期待してたんだ」


「く、くく……ッ! まるで私を誘ったような言い方ですねェッ!」



 ふっ、とレンが笑った。



 すると――――ぽつ……ぽつ、と雨が降りはじめた。

 レンは髪を雨で濡らしながら、レニダスから目を放さずに、



「強大な聖紋術式は魔法陣を敷くこともある。それを撤去するのは面倒だ。専門の技術を持った者を数人用意して、数日かけないとかき消せない」


「――――それがどうしたというのですッ!」



 魔法陣が光りを漏らし出す。

 ラディウスたちはそれでもレンを信じた。



「だったら、発動させてしまえばいい。お前が残したすべてを一度発動させて、この庭園からすべて消してしまう。お前たちを捕縛するだけじゃない。不穏なすべてを同時に消してこそ、この作戦は成功って言えるんだ」


「愚かな……ッ! 聖紋術式の力を知らないようですねェッ!」


「知ってるよ。きっと、お前と同じかそれ以上にな」



 眩い閃光が魔法陣の至ることろから生じた。

 レニダス以外の……レンを含む皆の足が重くなった。逃すまいと、光が皆を包み込むようにしてだった。



「――――ラディウス、信じてくれる?」



 唐突に、雨を浴びながら振り向いたレン。

 そのレンをみて、ラディウスはニヤリと笑った。



「ああ、好きにしろ。――――だが、次から先ほどのような懸念は先に言え。若干、心臓に悪いからな」


「あー……ごめん。次からはそうするよ」



 レンは年相応の爽やかな笑みを浮かべ、頷いた。

 その右手にあった大樹の魔剣が魔法陣の光に混じって姿を消す。レンは代わりに炎の魔剣を右手に持ち直し、逆手に構えた。



(――――見せてみろ)



 いくらレンと言っても、ラディウスが居る場で賭けなんてしない。

 確たる自信があったからの行動なのだ。

 燃やし尽くせ、そう言わんばかりの灼熱を、炎王ノ籠手を飾る深紅の宝玉が鈍く光って知らせていた。

 弱きアシュトン、自分をそう呼んだ龍の炎をレンは誰よりも知っている。



「愚かな主神の光に焼き尽くされなさいッ!」



 きっとその力は、計り知れない強さを知らしめただろう。

 あくまでも、行使できた場合に限って。



「もっとも、レオメル人には本望でしょうがねェエエエエッ!」



 レニダスが再び、石突で地面を叩く。

 彼の足元を中心に広がった魔法陣の中心から、聖紋術式による光芒が生じようとしていた。

 聖なる力で焼き尽くす。普通に戦うだけでは勝てないと悟ったが故に、自分も死ぬつもりで放つ攻撃だった。



 しかし、叶わない。



「なぁ――――レニダス」



 レンの動きだけ、コマ送りのそれに見えた。

 レニダスもラディウスも、獅子聖庁の騎士たちとっても、炎の魔剣を逆手に構えたレンの所作のすべてが、ひどくゆっくりに見えた。



 ほんの僅かな一瞬、レニダスが杖の石突で魔法陣を突いたすぐ後だ。

 逆手に構えられた炎の魔剣が、レンの足元に広がっていた魔法陣を突いた。



 聖紋術式の光が影のように感じる、そんな黄金の炎だった。

 レンの足元から、その炎が魔法陣に沿って広がった。魔法陣を灼く黄金の炎が辺りを包み込む。

 それは生物を焼き尽くすことなく、魔法陣だけを焼き尽くした。

 魔法陣を駆け巡る黄金の炎がまるで、幾頭も爬行する龍たちの姿のようだった。通り過ぎた場所は黄金の炎が波となり舞い上がって――――



 いつしか、魔法陣がすべて焼き尽くされたときだ。

 本来、聖紋術式の光芒が天を穿つはずだった庭園から、黄金の炎が天高く舞い上がった。


 

 一瞬だけ、その周囲に限って雨が止んだ。蒸発したせいでひどく蒸し暑くなったのも一瞬で、今度は黄金の炎が去ることで生じた強風で雨が戻った。

 濡れた髪が額に張り付いたレンは、炎の魔剣を地面に突き立てた。



「言っただろ」



 先ほど口にしかけたその先の言葉を、



「俺はそれを待っていたんだ」



 完全に対処しきってみせたレンが再び口にした。

 魔力を消費しすぎて、更に出血も激しいレニダスはぺたりと地べたに腰をついていた。

 髪をかき分け、その整った顔立ちに並んだ瞳に覇気を孕ませたレン。そのレンの瞳に射抜かれたレニダスは、消耗激しく視界が霞みつつあった。



「こ……の……」


「教えてくれ。忌み嫌う主神に関わる力を使った気分はどうだ」



 レニダスは意識を手放すその直前、忌々しげにレンを見て言う。

 その声は嗄れて、弱々しかった。



「――――ヒヒッ。その顔が、魔王の力に絶望しますように」



 ぱたっ、とこれっきり倒れたレニダス。レンが悉く意識を奪った魔王教徒たちも死んでおらず、昏睡したままだ。

 作戦はこれにて完遂。

 ラディウスとユリシスが説いた理想がすべて、ほぼレン一人の手によって遂げられた。

 


 驚くラディウスらに振り向いたレンは、



「よしっ、あと始末だ」



 と、ほっと安堵した様子で言ったのである。



「……何て男なのだ、お前は」


「しかし殿下、頼もしい限りでございましょう」


「そうですとも! ああ、なんということだ! もう訓練がしたくてたまりませぬ! これほどの力を見せつけられ、滾らぬ方が嘘というものでしょう!」



 皆の声を聞きながら、レンはやっと終わったんだと息を吐いた。



(それにしても)



 剣王はどこにいたのだろう。

 最後まで力を貸すことはなかったが、どこから様子を窺っていたのか気になった。

 そう、レンが考えだして間もなくだった。



『――――』



 遥かに天空からだった。

 魔物の嘶きが辺り一帯に響き渡り、雨雲の奥から巨躯をさらけ出す。



 四対の、計八つの翼を羽ばたかせていた。苔むした黄土色の鱗に全身を覆われた、数えきれない触手を全身から生やしたクラゲにも似た身体つきの、数多の瞳を身体中に浮かべた醜悪な魔物だった。

 その口はアースワームらに似て獰猛な牙を並べている。

 その体躯は大時計台をそのまま喰らえそうなほどの巨躯を誇っていた。



(ッ――――穢空あいうろのタイラント!?)



 覚えがある。

 七英雄の伝説Ⅱにおいて、終盤に現れた魔物だ。レニダスが口にしていた教主が使役する魔大陸の魔物で、格はBランクとされていた。



 レンが過去に戦った魔物でアスヴァルを抜いて最も強かったのは、イェルククゥが命懸けで使役したマナイーターだろう。あれでもいいとこCランク上位程度であり、天空に現れた穢空のタイラントとは格が違う。



「くっ……」



 空の魔物とは戦い辛い。

 まさかの存在が現れたことに、レンは密かに思った。恐らく、レニダスにとって本当の最終兵器はあの魔物なのだと。

 帝都周辺に防衛の力が働いていると考えて、空に控えさせていたのだろう。

 聖紋術式の開放によって、何らかの指示が下されて姿を見せたと考えられた。

 


 だが、



「レン! 奴は障壁を破れん!」


「い、いやいやいや! ラディウスはさっき、そんなのこの大時計台に存在しないって――――ッ!」


「それについては後で詳しく話す! いずれにせよ、魔物は守りを超えられんのだ!」



 ラディウスの言葉を証明するかのように、穢空のタイラントはある一定以上の距離から近付いてこなかった。

 大時計台の最上階から遥か上空で、見えない壁に触手を振るっている。



(だとしても――――)



 守りの力があっても、このままではいられまい。

 レンは何とかして戦わなければと思い、ラディウスのその手段について相談しようとしたのだが――――彼は不意に目を見開く。



 無視できない力の奔流が、自分に向けられていた。でもそれが、すぐに天空へ向けられたことにも気が付いた。

 天空で触手を振るう穢空のタイラント。



 ――――それが、割れた。



『ァァァァアアアアアアアアアアアア』



 天空に響き渡る慟哭だった。

 漆黒の天球そのものがヒビ割れたような、不可思議な空間のひずみをレンに見せつけながらだった。

 音が止み、雨が止む。

 世界の中心があのひずみと化したように、すべて吸い込まれていくかのように。

 その中心に存在したはずの魔物は真っ二つに立たれ、白い光に灼き尽くされていく。



『そのために、彼女、、の助力を得られないかと思い、私から陛下にお尋ねした次第だ』



 もはや乾いた笑みしか出てこない。

 液晶モニターという工業製品越しではなく、自身の目でそれを見たらこうなるのか。意味がわからない。あんな力が存在していいのか。

 考えることなんて、いくつもあった。



 だが、何よりも強く感じたことが一つだけである。



「……あれが」



 あれが、世界最強の剛剣使い、、、、、、、、、の力なのか。

 あるいは世界にたった五人の、流派を問わず存在する最強か。



 最も強いのに五人? とレンも疑問を抱いたことがない。なぜならば、剣王に至ってはそういう次元にないから。いまのレンにとっては、全員が最強であることに違いなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 名のある剣士の多くが、自分だけの戦技を編み出している。

 先ほど穢空のタイラントを処した戦技は、その中で最も破壊力に富んだ、決め手とも言うべき戦技であった。ラディウスが後で説明すると言った守りの力は破壊せず、悪しき魔物だけを打ち倒した特殊な戦技だ。



 その戦技の名を『リ・ヴェルナ』と言った。

 彼女の生まれ故郷、天空大陸の古い言葉で天の怒りという意味だ。

 七英雄の伝説の中でも披露されることのなかった、彼女の絶対的な力の象徴とも言えよう。


 

 エレンディルが誇る巨大建築物の一つ、空中庭園の一角。

 一般市民が足を踏み入れることができない階層は、大時計台より僅かに高い場所にあった。そこには、皇族専用の魔導船が停泊できる滑走路が伸びている。彼女はそこに居た。

 一人で、既に雨が止んだ夜風を浴びながらだった。



「――――アシュトンは、実在したのですね」



 彼女は鈴を転がしたような声の佳人だった。

 その銀髪は絹より滑らかで、濃紺の布に金糸をあしらった法衣に良く映える。神秘的な美貌のその人は先のように呟き空を見上げた。



 隣の石畳には、背の高い彼女とほぼ同じ長さを誇る白銀の剣が突き立てられていた。あのヴェルリッヒを以てして、これ以上の剣は作れないと言わしめた天下の名剣である。

 彼女はその剣を魔道具の布で覆い鞘代わりにすると、それを手に持って歩き出した。


 

 剣王序列第五位、白龍姫・ルトレーシェ。



 彼女が何を考えて此度の助力をしようと決めたのか、答えは皇帝ですらわかっていない。

 だがそれを、彼女も語ろうと考えていない。

 すべては、彼女のみぞ知ることだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 場所は大時計台屋上にある庭園へと戻り、あれから十数分後のことだった。

 レンに限らず、皆が剣王の強さに唖然としていたものの、この作戦の目的を思い出してすぐに正気を取り戻した。

 いまは捕縛された者たちを運ぶ作業に取り掛かりつつ、レンは辺りを窺っていた。



(もう何もなさそうだな)



 一応、騎士たちも辺りを散策している。

 そうした調査に使う魔道具も用いて、入念に最後の仕事が行われていた。



 それにしても、剣王のすさまじさと言ったらとんでもない。

 レンはあの光景を何回でも思いだせる自信があった。以前彼はレザードと剣王を目指すのはどうかと話したことがあったが、



(……俺、何ておこがましいことを言ってたんだ)



 そりゃ、世界最強の一人なのだから当然と言えば当然の強さだった。

 レンだってその力を侮っていたわけではないが、それまでの考えを改めるのに十分すぎる光景だったことは言うまでもない。



 本当に、今宵は色々なことがあった。

 息を吐いたレンにラディウスが「レン」と声を掛けた。



「騎士たちには、レンの力のことを口止めしておいたぞ」


「ありがと。でもいいの?」


「レンは隠したがっているように見えたからな。とはいえ、戦えば戦うだけその力は露見されてしまう。いずれ口止めできなくなると思うが……」


「わかってるよ。別に俺も、死ぬまで隠しきれるとは思ってないしさ」



 生まれてすぐは、この特別な力をあけすけにすることへの警戒心から。次にレンは力を明らかにすることは弱点を知らせるも同然と学び、魔剣召喚の正体は秘密にしてきた。



 いまもラディウスにその真意を伝えたわけではないが、彼はレンを気遣った。

 次に「いつか、レンから私に教えてくれ」と、それ以上のことを聞こうとしない優しさすら見せたのだ。



「……して、先ほどから何を考えてぼーっとしていたのだ?」


「へ? 俺が?」


「ああ。何か考え事をしていたようだが」


「そのことなら、剣王のことだよ。あんな強さを見せつけられたら、俺も力不足を痛感しちゃうし」


「…………」


「あの、何で黙るのさ」



 ラディウスは肩をすくめた。

 彼も彼でその顔に大分疲れが見えた。



「私にしてみれば、レンですら理解が追い付かぬ強者なのだ。そんなレンが何を言ってるのかと考えていた」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね」



 だけどレンも、強くなれたからこそわかったことが多く存在する。

 何よりも顕著だったのは、相手との力の差をすぐに理解できるようになったことだろう。それ故に、剣王には力の差どころか生物としての差を見せつけられた気がするが、いつか剣王の足元くらいには到達したいと思った。



「さて」



 ラディウスがレンを手招いた。向かう先は、庭園の最奥にある大時計台の装置を司るモノの前だった。

 そこに行く際、ラディウスはこちらに近づかぬように、と騎士たちに命令を下す。

 奥にたどり着いたところで、二人はその先にあるモノを隠すように立った。



「レンには話しておかなくてはな」


「例の、この大時計台に守りの力はないっていう話のことかな」


「そうだ。察しが早くて助かる」


「けど守りの力がないわけじゃないんでしょ? さっきは実際、あの魔物が空に現れたときにその力を示してたみたいだし」



 ラディウスが頷いた。

 彼は大時計台を司る装置に手を伸ばす。そこには漆黒の石造りの箱があり、複雑な文様が刻まれていた。ラディウスが触れるとそれらの紋様が光った。箱の上下が内側から持ち上げられ、内部に備え付けられた小さなテーブルが見えてきた。



 テーブルは二人でなら食事ができそうな小さなそれで、中央に金属製の台座が置かれていた。



「これこそ、ミリム・アルティアが作り出した大時計台の制御装置だ」


「――――あれ? 魔石がないような……」



 恐らくこの台座に魔石を置くのだろう。

 台座に向かうように、この内部にも複雑な文様が刻まれていたことから、レンはすぐにそう理解した。

 しかし、ラディウスがあっさりとした声で言う。



「なくて当然だ。なぜなら、この大時計台にあった力はもうここに存在しない」


「……経年劣化で壊れたとか?」


「く、くくっ……レン、頼むから、真面目な顔で馬鹿なことを言わないでくれ」


「ええー……俺は本気だったのに……」


「ならばすまない。先ほどのレンの姿と落差があり過ぎて、私もついな」



 そう言うと、ラディウスが目の前の箱から手を放して元に戻す。



「もう五十年以上前のことだ。我ら皇族とアルティア家が協力して事にあたり、この大時計台にあった力を移動させて別の場所で管理している」


「ってことは、ここを襲っても意味がなかったってこと?」


「そうなるだろうな。しかし、魔王教もこればかりは調べられまい」



 巨大な権力者たちが協力したとあって、さすがに難しいだろう。

 ラディウスとレンは目の前の装置に背を向けると、この庭園を離れるべく、長い長い階段へ向かった。



 帰りは下りだから少しは楽だろう。急がなくていいから特にそうだ。

 猶、レニダスにはラディウスが既に解析の力を使ってある。ラディウスなりに思うところはあったそうだが、内容を整理してからレンに伝えると言っていた。



「……考えてみれば、レオメルが昔のまま設備を維持するわけなかったなー」


「ふむ、理由がわかったようだな」


「そりゃね。古いとはいえ魔石の入れ替えで一度停止する防衛装置なら、改良しようと思って然るべきだ。その準備に長い時間が掛かったんだろうな、って考えてたとこ」



 機密のためラディウスは何も口にできなかったが、彼の笑みがレンに頷いているようにも見えた。

 


 下へ下へとつづく長い階段の前に立ち、先に歩きはじめたレン。

 いざとなればラディウスの盾となれるようそうしていたのだが、疲れ切った彼の足が、ふらっと階段を踏み外した。



 でも、レンならすぐに態勢を整え直せる。

 そのはずだったのだが、レンの腕が背後から掴まれ支えられた。



「……足、引っ張るなよ?」



 楽しそうに笑ったラディウスにそう言われ、レンはばつの悪そうな顔を浮かべた。



「別に、自分でもどうにかできたよ。……まぁ、お礼は言っておくけど」


「こちらも冗談だ。あれだけの仕事をしたレンに、先のようなことを言えるはずが無かろう」



 二人はそうして、共に疲れ切った表情を緩ませた。

 しかし疲れているだけではない。レンもラディウスも、達成感が疲れに勝っていた。



 だからなのだろう。長い階段を下り切った先の広場に立った二人は、騎士たちの歓声を浴びて笑った。

 どちらともなく片手を上げて、ぱんっ! と互いの手を交わしたのである。



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