英雄は怖気ず。

 男からは「中には入らないように」とそう告げられた。



 テントの中の灯りで、中にいる者のシルエットだけが見えた。まだ日中とあって外が明るくても微かに。角度から見て陽光の当たらない場所だったからだろうか。中にいる者は椅子に座っているようだ。みてくれはレンと同じくらいの少年といったところで、体格も外にいる男たちより小さいのがわかる。



「レン・アシュトンと言ったな」



 まだ少年の声だった。

 でも、何か魔道具で少し加工しているのか、不自然にしゃがれた声だった。だからなのだろう。識っているはずの声なのに、レンはその声を思い出せなかった。



「はい。レン・アシュトンと申します」


「硬くならずともよい。楽にしてくれ」


「……どのくらいでしょうか?」


「同い年の友人と語らうようにしてくれて構わん」


「――――」


「どうした。なぜ黙る」


「失礼しました。考えてみれば、同い年の友人とも言える存在が居なかったもので」



 すると、今度は革製のテントの中の少年が黙りこくった。

 彼のシルエットは椅子に座ったまま、さっきまで片手に本か何かを持ちながらレンに話しかけていたのだが、彼の手がすぐ傍のテーブルに置かれた。本がぱたん、と閉じる音が外にも小さく聞こえた。

 次にその少年が、レンの声がする方に顔を向けたのがわかった。



「はっはっはっはっ! 友がいないからわからないか! なら致し方あるまい!」


「……笑わないでいただけると嬉しいのですが」


「失敬。しかし、私がアーネヴェルデ商会の幹部だからと身分は気にする必要はない。話しやすいようにしてくれて構わん」


「いいのですか?」


「ああ。そなたから見て私など、所詮顔も知らぬ相手だ。少し話を聞きたいだけだからそう気にせずともよい」



 相手にここまで言わせておいて、また遠慮して気を遣うのもどうかと思う。

 レンにしてみれば、相手がいまのように何度も頼み込んできたのだから、仮に頼みごとを聞いた後で文句を言われる筋合いもない。

 故に彼は、「わかった」と遠慮がちに言った。

 最後の最後まで迷うも、相手の言葉を尊重することにした。



「俺を傍に呼んだ理由って?」



 さっきまでと違い、砕けた口調で問いかけたレン。

 彼は知らなかったが、彼の周囲ではアーネヴェルデ商会に所属する剣士たちが驚き、やや頬を引き攣らせている者すらいた。

 そんなことはまったく知らないレンが、じっと答えを待った。



「興味深い話を聞いた。そなたは我が商会の依頼を受けたと言うが、事実か?」


「うん。ってか嘘をついてどうするのさ」


「――――ではもう一つ。そなた、何かこちらに連絡をしたことはあるか?」


「ああ、依頼を受けた初日にね」



 それを聞き、シルエットだけの少年の身体がピクッ、と微かに揺らいだ。

 また、レンの周囲に居た男たちも眉を吊り上げ、今一度、おもむろに同士たちで顔を見合わせたのである。



「それがどうかした?」


「興味深い連絡をしてきた者がいると思い、私の記憶に残っていたのだ。いつか機会があれば会ってみたかった。そう言えば、この場を設けた理由がわかるだろう」


「ああ、道理で。でも安心したよ。あの後すぐ依頼が完遂ってなったからね」



 順調に調査が進んだのだろう、レンはそうした旨の言葉を口にした。

 方や革製のテントの中にいる少年は、何か考えはじめた様子を見せる。椅子に座ったまま口元に手を運び、足を組み替え何か考えているようだった。



「そなた、此度の一件に興味があるようだな」



 ないと言えば嘘になる。

 いまでこそ降りかかる火の粉には見つけ次第大股で駆け寄り、桶を振り回して水をぶちまけ消火したいレンにとって、無視する気にはなれない話だ。



「我々は犯人を盗賊団の構成員と考えている。危険だぞ」


「知ってるよ。無茶はしない程度に探ろうとしてるだけだって」


「無茶をしないとは言うが、大きく出たものだ。恐れはないのか? 相手は商隊の護衛の足を大地魔法で粉々に砕いていたというのに」


「……怖くないとは言わないけど、何もしないうちに状況が悪化する方が怖いかな」



 少年はレンの返事を聞いて黙った。

 再度、何か考えているようだ。



「そなたにだけ教えよう。我らがここにいる理由だが、つい数時間前、盗賊団の痕跡と思しきものを発見したからだ」



 既に襲われた者を餌にしたり、見捨てたわけではない。

 少年は情報を得てすぐにこの地へ急行し、何なら正騎士にも連絡を入れつつ、辺りに犠牲者が出ないようできることはすべてした。

 また、商隊が襲われた際に助力したのだって、急行したアーネヴェルデ商会の剣士だと言う。



「私や私の部下以外は知らないはずだが、既に周辺の地形で犠牲者が出ないよう、私の方で処理している。後は盗賊団のアジトを疾く見つけ、殲滅するのみだ」


「簡単に言ってるけど、すごいね。他に怪我をする人はいなさそうで安心したよ」


「だからそなたも手を引いておけ。無理をする必要は無い」


「……」



 少年は次に、アーネヴェルデ商会の調査結果にて、盗賊団が焦っていることがわかっていると口にした。ここにきて今日まで慎重だった盗賊団が、少しずつ尻尾を掴ませつつあることに触れた。

 レンが依然として町に帰ると言わなかったから、更に相手の危険性を説くためだ。



「此度の盗みは、盗賊団が自分たちで計画したものではないと思われる。何者かが背後にいて、仕事をさせているのだろう。でなければ無意味でしかない物ばかりが盗まれている」


「なるほど。前の盗みで足りないものがあって、その首謀者が怒ったのか」


「そうだ。私も同じことを考えている。――――それにしても、よくわかったな」


「他に焦る理由がないわけじゃないだろうけどね。ただ、用意周到且つ慎重だった奴らが焦ったって聞いたら、首謀者が怒ってるって言われた方がしっくりくる」



 少年は上機嫌に肩を揺らしてつづける。



「その焦りがなくとも我らはすぐにでも情報を得られたと思うが、おかげで早く調べられた」


「おおー……さすがアーネヴェルデ商会。貴重な情報をありがとう。おかでげ俺も盗賊団のアジトを調べられそうだよ」


「待て待て待て……どうしてこうも強情なのだ?」


「ごめん。無理をするとは言わないけど、性分なんだ。自分でできることは自分でした方が良いって、何度も学んでるからさ」



 いまの言葉は、ただ傍から眺めるだけではいられないという気持ちの表れだ。

 進んで危険に首を突っ込むことに快楽を覚えているわけではない。これまでの経験から、自分から動くことの意味を学んだが故の考えだ。

 レンは苦笑を浮かべ、革製のテントに背を向けた。



 手綱を引いていたイオに飛び乗って、イオの鬣を撫でる。イオが心地良さそうに「ヒヒン」と短く嘶いた。



「それに君の言い方だと、盗賊団は一層危険な状況と言ってるも同然だ。無辜むこの人を襲いながら無理に仕事をしてもおかしくない」


「理解してくれて何よりだ。だからそのまま町へ帰ることを勧めると言ったのだ」


「逆だよ。危ないっていうのなら、やっぱり何もせず見過ごすなんてしたくない」



 そのとき、少年は革製のテントを飛び出してレンの顔を見たくなった。

 この男はどのような表情でいまの言葉を口にして、これからどのように盗賊団を探そうとしているのか気になってしまった。

 しかし立ち止り、ため息を漏らす。



「もう一度言うがやめておけ。無作為に探したところで、そなたに見つけられるはずもない」


「じゃあ、仮に見つけられたらどうする?」


「――――先の依頼書にあった報酬に上乗せはできるが、そういう問題ではない。この際だからハッキリ言おう。そなたでは無理だ。仮にアジトを見つけられたところで、奴らに蹂躙されてしまうとは思わないのか?」


「あー……盗賊団って、十何人もいるんだっけ」


「ああ。故に無駄死にする必要はない。そなたは頭が良いのだから、そんな愚かなことは――――」



 レンは笑った。

 革製のテント越しの少年も、辺りに居た男たちも。

 皆、その笑みから漂う強者の圧に目を見開いた。



「守れる限りを守るためだ。愚かとは程遠いよ」



 毅然と言い放ち、革製のテントに背を向けた。

 イオの蹄が小石を蹴った音がする。



「……そなたほど強情な男ははじめてだ。もう好きにしろ。仮に盗賊団のアジトを騎士より先に見つけたのなら驚嘆に値する。更に盗賊団員を捕縛でもした暁には、報酬を倍積んでやっても構わん」


「諦めたような、焚きつけるような言い草じゃん」


「そうさせたのはそっちだ。今一度言うが、もう好きにしろ。これまで痕跡を掴ませなかった連中と、この地形、それに大地魔法だけの情報でどこまで働けるか、見ものだな」



 レンが再確認した、いまある限りの情報だ。



「しばらくの間、その隠れ家を悟らせなかった連中だ。そなたにそれを見つけ出せるか?」



 この後どこから探そうと思っていたレンが頭の中で、それらの情報を整理する。導き出せる結果が、一つだけ。

 レンは「あそこか」と確信めいた声色で呟いた。



「最後の言葉は、やっぱり俺を焚きつけたようなもんだと思うよ」



 遂にレンはイオの手綱を強く引き、この平原を後にした。



 レンが立ち去ってすぐ、革製のテントの中に居た少年が外の男を一人呼んだ。

 実はこの革製のテントは魔道具で、中にいる者の声が外に聞こえ辛くなっている。作戦を話す際などに、その声が外に漏れださないよう造られていた。

 いまはその強度を下げ、声がしゃがれて聞こえる程度に調整されている。

 つまり中に入れば、少年本来の声を聞くことができた。



「――――ラディウス殿下」



 足を運んだ男に、少年はそう呼ばれた。



「なぜあのような言葉を。我らをはじめ、正騎士で処理可能ではありませんか」


「だろうな。だが私は気になった――――否、確かめねばならない気がしたのだ。あのレン・アシュトンとかいう男の強さを、ここで確かめねば後悔すると思ったのだ」


「……確かに、妙な強さを感じさせる少年でしたが」


「とはいえ怪我はさせられん。故に私はそなたら近衛騎士隊、、、、、、に命じよう。幾人かはあの男を追い、怪我をする前に手を貸すのだ」



 ある種、焚きつけた側の責任と言うわけではない。

 だがこれは当然の振る舞いと思ってのこと。ラディウスは盗賊団の被害をこれ以上広めまいと動いており、レンもまたその範疇にいた。



「承知いたしました。あの少年がアジトを見つけることがあれば、すぐに我らが止めましょう」


「そうしてくれ。頭の良さは気になるところだが、さすがに十数人の盗賊を相手に一人で制圧はできまい」


「かしこまりました。では、ラディウス殿下のお心のままに」



 こうして、アーネヴェルデ商会の剣士こと、近衛騎士の男が革製のテントを出た。

 彼は外で仲間たちと相談し、秘密裏にレンを追うことに決め、その人員を割く。それでもラディウスの護衛は問題ないと言い切れる戦力が残された。



「それにしても何なのだ、レン・アシュトンという男は。まさか本当にアジトを見つけるのではあるまいな」



 ラディウスは、夕方までに盗賊団のアジトを見つける予定だった。

 新たな情報に加え、ラディウスが近隣に放った戦力が間違いなく発見に至る、そのために計画をしていたから。

 それはあのユリシスも認める、見事な布陣であった。



 だが、ラディウスは知らない。

 レンがどのような人生を歩んできたのか耳にしたことがなかったため、レンの考え方と芯の強さ、それに強情さの根底を理解しきれなかった。

 そんなラディウスも、数時間としないうちに驚くことになる。

 


 ――――赤龍・アスヴァルを討伐した少年が成すことは、蛮勇ではない。それは純粋な勇気と献身の結晶にして、まさしく剛勇である。



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