エレンディルにある魔導船。
レンはヴェルリッヒが床に置いた槌を見て思う。
(あれでユリシス様に攻撃するつもりだったんだろうか……)
だとしたらとんでもない話だが、ユリシスとヴェルリッヒの間に遠慮はない。
レンは二人にとって、これくらいならじゃれ合いの範疇なのかもしれないと思った。細かいことは考えない。
「おや? 二人は知り合いだったのかい?」
「おうよ。そこにいる良いガキは俺様を近くまで送ってくれてよ。クソガキのてめぇと違って、俺の家に落書きしたりなんかしねぇ、良いガキなんだぜ」
「いつの話をしてるんだい。私が小さい頃、父上に連れられてきたときのことじゃないか」
「お、俺様は根に持ってるからなッ! おかげで外壁を掃除中、力を入れすぎて壊しちまったんだぞッ!」
「やれやれ……レン・アシュトン、君はどちらが悪いと思う?」
「ユリシス様ですね」
もういいやと思い、あまり気遣うことなく言った。
ユリシスは楽しそうに笑い、「私もそう思うよ」と開き直ってみせる。
それにしても、幼少期のユリシスはいたずらっ子だったようだ。レンが知る七英雄の伝説の姿とはまったく違う過去には、興味を覚える。
「で、どうしたんだ? クソガキが良いガキを連れ――――」
「レン・アシュトンと言います」
「――――じゃあレンだな。で、何しに来たんだ?」
「仕事さ。けどちょうどよかった。ヴェルリッヒが彼と知り合いなら話が早くて助かる」
「し、仕事だぁ? やめてくれよ……俺が世界で一番嫌いな言葉を知ってるだろ」
「禁酒だったかい?」
「そうとも。だから仕事はしたくねぇ!」
「あの、一番嫌いな言葉が禁酒なのに、仕事をしたくないってどういう意味ですか?」
「いい仕事をしようってんなら、酒なんて飲んでられねぇだろ」
(仕事嫌いなのに、仕事に対しては真面目なのか)
先日も思ったが、ヴェルリッヒと言うドワーフは中々勢いがある。
レンの興味は、このヴェルリッヒがどれほどの技術を持っているのかに移りつつあった。
その疑問に答えるかのように、ユリシスが口を開く。
「それで、頼めるかい?
「ッ……ユ、ユリシス様!? 剣王の剣を打ったっていうのは……!?」
「ああ、皇帝陛下お付きの女傑のことは知っているかい?」
「知ってます! とんでもなく強い人で……まさかヴェルリッヒさんが、彼女の剣を打ったってことなんですか!?」
「おう、俺様だぞ」
剣王と言えば、世界に存在する五人の最強だ。
その一人が持つ剣を打ったということは、ヴェルリッヒはレンの想像以上の名工であることになる。
「彼は他にも特筆すべき仕事をしてるよ。でも話した通り仕事嫌いでね。腕の良さが広まらないために勲章も断り、徹底的に目立つことを避けて暮らしてるのさ」
表舞台に出ていない理由を聞き、レンは素直に頷いてしまった。
「けどよぉ~……仕事はしたくねぇよなぁ~……」
ふと、レンが夏のことを思い返す。
ヴェルリッヒをおぶさりながら話していたことだ。
「俺に何か打ってくれるって言ってませんでしたっけ」
「……言ってたかもしれねぇ」
よし、言質は取った。
レンは握り拳を作って喜ぶ。
「だが言い訳するわけじゃねえんだが、正直、酔ってたところがある。お前さんほどの剣士のためになる剣ってなると、話が違う」
「お前さんほどって、ヴェルリッヒさんに俺の剣を見せたことはないと思いますが」
「んなの、見なくてもわかんだよ。そういうもんだ」
レンが困った様子で隣にいるユリシスを見た。
「ヴェルリッヒは鍛冶に関連したことなら信用できるよ。剣もそれに準じてね。だが、飲み代を貸してくれと言って来たら信用しないことだ。酒を飲んだら借りたことを忘れるからね」
「おいおいおい、まるで俺様がやべぇ奴みてぇじゃねえか」
「意味が伝わっていて何よりだよ。――――だがヴェルリッヒ、打ってほしいのは剣じゃない。彼は剣が不要と言っているから、防具を作ってほしいんだ」
「だとしても変わらねぇよ。俺が認めるだけの素材がねぇと作る気はねぇ。金を積まれても興味はねぇぞ。こちとら金は腐るほどあんだ。クソガキ、お前も金持ってんだから素材の一つや二つ探して来いよ」
「そうは言うけどね、ヴェルリッヒのお眼鏡にかなう素材は金だけでは手に入らないことが常じゃないか。正直、ミスリル程度なら私も興味が無くてね」
「なら、今回は諦めるんだな」
「勘違いしないでくれるかい。素材なら用意してある」
「だったら最初からそう言えってんだ……それで、どんな素材だ?」
ヴェルリッヒが疑問を呈してすぐ、この雑多な工房の扉が閉じられた。
外からやってきたエドガーが「聞き耳を立てている者はおりません」と言えば、ユリシスは満足した様子で頷いた。
「それなりに希少な品じゃ、ヴェルリッヒが頷いてくれないのはわかってるんだ」
「おうおう。わかってんなら覚悟しておけよ。俺様は生半可な素材じゃ頷かねぇ。そんときゃ話はここで終わりだ」
では、とユリシスがレンを見た。
彼はレンの口からどのような素材を確保してあるのか言うべきだと思い、その役を譲ったのである。
それからレンが口を開き、
「風化していますが、赤龍・アスヴァルの角を確保してあります」
と言えば、ヴェルリッヒは目を点にして口をあんぐりと開けた。
「――――そりゃ、話が違うってもんだぜ」
ヴェルリッヒはニヤリと笑い、家の奥へ向かった。
すぐに掃除する音が聞こえてきたと思えば、彼はこう口にするのだ。
「詳しく聞かせろ。伝説の素材には、伝説の鍛冶師が相手になってやるからよ」
彼は仕事を受けることを示唆したのである。
「クソガキ、お前が居るってことはその角も本物なんだろうよ。で、どのくらいの量を確保してあるんだ? でっかい欠片か?」
「ほぼ一本丸々だね」
「ほっほぉー! 夢のある話じゃねぇかッ! 後は素材がレンに忠誠を誓うかどうかってとこだな!」
「ヴェルリッヒさん。素材が忠誠って、どういうことですか?」
「伝説級の魔物は素材にも意識が宿ってるとは言わねぇが、使用者に反発して力を発揮しないことがある。せっかくの素材が無意味になるってことだ。――――研究者の間でも長年の課題で、明確な理由は研究途中だけどな」
「へぇー……けどそれについては、大丈夫そうです」
「おん?」
すると、ユリシスが口を開く。
アスヴァルの素材の件を秘匿する意味もあって、そして素材として加工するためにも必要な事柄を語る。
「このレン・アシュトンがアスヴァルを倒し、角を奪ったのさ」
「……お、おん? アスヴァルが蘇ったとでもいうつもりか?」
「色々あってね。悪いがその色々は言及しないでくれよ。ヴェルリッヒにとって重要なのは、素材の忠誠心だけだろう?」
「ま、違いないな。なら聞かないでおいてやる。だがどうすんだ? 俺も昔話でしか聞いたことはないが、アスヴァルの角と言えばどでかいだろ。レンの防具を作ったところで、馬鹿みたいに余るぞ」
「だろうね……私としては、どうにか使い切りたいところなんだが」
「ですね。俺も同意見です」
レンもユリシスも、アスヴァルの角は正直持て余す。
これからも手にしていたとして、何かの拍子に表に出ることは避けたいから、いずれにせよすべて加工してしまうか、捨てるかだ。
しかし、捨てるなんてとんでもないのが、あの素材だ。
何か別の使い道を探す気にさせられてしまう。
「他の人の防具とか、剣にするのもやめた方がいいでしょうか」
「作れないことはないが、勧めはしない。わざわざ作ったところで、この様子だとレン以外には忠誠を示さないだろうよ。魔大陸で
剣王の剣を打った者が言うのなら、レンとユリシスに反論の余地はない。
そうなれば、残る素材がどうしてももったいない。
やはりどうにかして、別の使い道を見つけ出したいのだが……。
「魔導船とか魔導列車に使うのはどうだ。レンも使うもんなら、素材も素直になるかもしれねぇぞ」
「そんなの持ってませんよ。まず買うためのお金もありませんし」
「ん? レン・アシュトン、魔導船ならどうとでもなるじゃないか」
いまの言葉は侯爵としての価値観からくる発言なのか、クラウゼル家の財力を知っての上で口にしたのか。
しかしユリシスに無理を言うつもりはない。
無遠慮な価値観で物事を口にするわけでもなく、あくまでも真面目だ。
「い、いえいえ、ですから俺にはお金が――――」
「そうじゃないさ。クラウゼル家はエレンディルを預かっているだろう? なら、一隻持っているはずだよ」
「あの……持っていたら、その魔導船に乗って移動してると思いませんか?」
「それは無理だろうね。私が知るクラウゼル家の魔導船は壊れてしまっているし」
壊れている? と小首を捻ったレンを傍目に、ユリシスはヴェルリッヒを見た。
やはり彼に嘘や冗談を言っている様子は皆無だ。
「クラウゼル男爵が処分したとは思えない。空中庭園で保管しているはずだ。だからヴェルリッヒ、残る素材をあの魔導船に使うのはどうだい」
すると、ヴェルリッヒが長いヒゲを揺らした。
「――――なるほど。
彼はそう呟いて頷く。
その顔に、微かな笑みを浮かべながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます