変わりつつある村の姿に。
瞬く間に一週間が経ち、レンが里帰りする日を迎えた。
この日、クラウゼル家の騎士を束ねる壮年の騎士、ヴァイスは町の外まで見送ると言って同行していた。もちろん、リシアも傍にいる。
門へ向かう途中、町中を進む三人が馬上で言葉を交わす。
「しかし、残念極まりない」
ヴァイスが思い出したように言えば、それにリシアが小首をかしげる。
「急にどうしたの?」
「アスヴァルの件にございます。私もご当主様も、少年の活躍を公に出来ないことが悔しくてたまらないのですよ。……いやはや、ふと思い出してしまいましてな」
アスヴァルの件を知るのは、レオメル中を探してもごく一部だ。
レンとフィオナはもちろんとして、ここにいるヴァイスとリシアの他にはレザードをはじめ、他にはイグナート侯爵と、彼の執事であるエドガーくらいなものだ。
秘匿されているのはレンが望んだからで、イグナート侯爵がその願いを受け入れたからだ。魔王教がかかわっているとあって、慎重に管理すべき情報と判断されたからである。
もちろん、アスヴァル以外の件はすべて共有済みだ。
「フィオナ様のお力もありますし、秘密にした方がみんな幸せですよ」
と、レンが苦笑。
フィオナが持つ黒の巫女の力については、イグナート侯爵がその背景を鑑みて秘匿していた情報だ。不完全な復活を遂げたアスヴァルとフィオナの力のかかわりは、間違いなく明らかにすべきではない。
「……そうであったな。これが両家のためなのだろう」
「というか、いくら不完全な復活だったとはいえ、相手はアスヴァルですよ? 俺が倒したって聞いて、お二人はどうして信じてくださったんです?」
シーフウルフェンや鋼食いのガーゴイルとはわけが違う。
相手はアスヴァル。不完全であろうと伝説だ。
「だってレンが言ったんだもの。疑う必要なんてないわ」
まずはリシアが心の底からの信頼を口にして、さも当然と言わんばかりに涼しい顔を見せた。
「……正直、驚いたとも。私もご当主様もしばし絶句したほどだ」
つづけて答えたヴァイスの言葉は、どこかレンが求めていた普通の答えだった。
「だが実際、イグナート嬢が少年に救われたと言ったのだ。騎士や冒険者たちはアスヴァルを見ていないが、山脈の吊り橋を襲った炎は見ていたのだからな」
言うなれば、状況と情報から考えるに疑うには及ばない、ということ。
「もっとも、その騎士や冒険者たちは誤解したままだが」
というのは、バルドル山脈を襲った炎の正体についてだ。
騎士や冒険者のほか、当時その場にいた受験生たちは、休火山が魔王教の信者により復活させられたと誤解している。
その裏で、アスヴァルが存在したことは知る由もなかった。
おかげでアスヴァルの存在を隠すことができたから、クラウゼル家とイグナート家にとっては都合がよかった。
「どのような力でアスヴァルを倒したのかは気になるがな」
「それは――――」
「ヴァイス、ダメよ」
「ええ、わかっております。前にも申し上げた通り、他でもない少年のことを無理に聞く気はございませぬ」
ヴァイスはやや焦った様子で言い繕った。
「特別な力は人を引き付けます。多くを語り、弱点をさらけ出すことは避けるべきですからな」
それこそが、リシアもレンに無理に尋ねない理由だった。
自分が原因でレンに何らかの不利益が被ったら……そんなことを考えてしまうと、気になっても尋ねるなんてとんでもない。
――――歓談を交えながら馬を進めるうちに、三人は城門の近くにたどり着く。
「……そろそろかしら」
リシアが寂しそうな声で言った。
レンはここから、城門で待っていた騎士たちと共に町の外へ向かうことになる。元はイェルククゥの馬にして、レンに『イオ』と名付けられた馬が城門の外を見て短く嘶く。
「リシア様、お見送りありがとうございました」
「ううん、いいの。私が見送りたくてついてきたんだもの。――――でも、気を付けて行ってきてね」
「それはリシア様もですよ。エレンディルまで、どうかお気をつけて」
二人はそう言い合って笑みを交わす。
するとレンは、静かに手綱を引いて前へ進んだ。
城門を抜けると、平原を撫でる風がレンの下へ届いた。彼はその風の先に待つ騎士たちの下へ向かい、久方ぶりの故郷に想いを馳せた。
◇ ◇ ◇ ◇
クラウゼルを発ってからは、いくつかの村々を巡った。
それはレザードに頼まれたわけではなく、レンが提案したことだった。
リシアがアシュトン家の村を訪ねていた頃のように、領内の村々を巡ることは重要な仕事の一つに違いない。
そのためレンは、村々を巡っては時に魔物を討伐し、力仕事にも勤しんだ。
一日、また一日とそんな時間を過ごすうちに、少しずつアシュトン家の村が近づいてきた。
「レン殿、ご覧ください」
真昼間に馬で平原を駆ける中、騎士が言った。
向かう先に見えてきた真新しい街道を見て、レンも「おお!」と声を上げた。
「あれが敷設中の街道ですか」
「はい。随分と村まで近づいているようですね」
ここまでくれば、アシュトン家の村は目と鼻の先だ。
(それにしても、すごいな)
街道は絶対の安全が約束されているとは言わないが、おおよそ、魔物が出現しにくくなるよう整備されるのが常だ。
アシュトン家への村に行くには、森も通過しなければならない。
街道は森の中を貫通して村に向かっているため、大規模な工事がされていることがわかる。
「……なんか、俺が思っていた以上にお金が掛かってるみたいなんですが」
騎士は苦笑いを浮かべるだけで何も言わない。
やはり、相応の金がかかっているようだ。
(帰ったらレザード様にお礼をしないと)
レンが残したシーフウルフェンの売却費用では、到底まかなえていないはずだからだ。
(あ――――っ!)
引きつづき馬を走らせると、懐かしのツルギ岩が見えてきた。
あの場所でシーフウルフェンと戦ったことは、いまでも鮮明に思いだせる。一行はそのツルギ岩の傍は通らず、新たに設けられた街道の方を進んだ。
以前はやや広めの獣道程度だったのに、いまでは立派な道である。
その道を進むうちに、ふと――――
『おい! そっちだッ!』
声がした。
進んだ先の、でも街道を少し外れたところから聞こえてきた声だった。
レンはその声を聞き、同行する騎士たちと顔を見合わせて頷く。
一行は街道を外れ、先ほどの声がした方角へ馬を走らせた。
すると、数分と経たぬうちのことだ。
「また今日は多いなッ!」
「ロイ殿ッ! 無理はなさらぬよう!」
「ああ! わかってるって!」
声が聞こえてすぐ、もしかしてと思った。
それが、声が鮮明に聞こえるようになって明らかになったのだ。
「父さんッ!?」
レンはイオの手綱を引き、急がせる。
彼が駆るイオは魔物の血を引いた馬とあって、騎士たちが乗る馬をぐんぐん引き離す加速を見せた。
そしてレンは、声がした方角へ飛び出した。
(え、すっごい居るんだけど)
というのは人ではない。ロイの他には二人の騎士が居たが、その三人は十数匹のリトルボアを相手にしていたのだ。
それほどの数が一堂に会しているのは、レンも見たことがない。
だが、レンはすぐにその驚きを忘れ、イオの背から飛び跳ねた。彼は周囲の木々を足蹴に、風のような身のこなしで瞬く間にリトルボアを討伐していく。あまりに突然の出来事に驚いていたロイたちは、瞬きを繰り返す。
しかし、討伐し終えたレンが動きを止めると、
「ッ――――レン!」
ロイは手にしていた剣を捨て、唐突に現れた愛息子の下へ駆け寄った。
さっきまで戦っていたレンは鉄の魔剣を手にしていたが、慌ててそれを鞘に納め、駆け寄った父の抱擁を受け止める。
「父さん、剣を持ってるときだと、危ないですよ」
若干の照れ隠しを込めて、自らも父の背に手を伸ばす。
抱擁を終えた後、久方ぶりの再会を果たしたロイは嬉しそうに笑いながら片目を擦った。喜びのあまり瞼に浮かんだ涙を拭い、白い歯を見せて言う。
「我が子ながら、派手な里帰りだな!」
「俺だって驚いてますからね。帰って早々、敷設中の街道近くでこんなにリトルボアがたくさんいるなんて……」
「ああ、どこの村でも、街道を整備するときは魔物が刺激されるからな。仕方ないんだ」
だろうと思ったが、レンは肩をすくめてため息を漏らした。
すると、ロイにつづき村に居た騎士たちが口を開く。
「お久しぶりですね! レン殿!」
「見違えましたぞ! どれほどお強くなられたのですかッ!?」
ロイも言っていたが、確かに派手な里帰りとなった。
ほんの十数秒の間にすべてのリトルボアを討伐してしまったのだから、この村に住んでいた頃のレンとは見違えるだろう。
レンがイオを急がせたため遅れていた騎士たちも、やっと到着して頬を緩めた。
だがそこへ水を差すような出来事があった。
木々の合間を縫って一匹のリトルボアが姿を見せた。そのリトルボアは無謀にもレンの背を狙ったのだ。
『ブルゥッ!』
当然、背を向けたレンはもちろん、ロイにも対処可能だ。
けれど、襲い掛かってきたリトルボアを倒したのはその二人ではない。二人が対処しようとした直前のことだった。
「フンッ」
ついさっきまでレンを乗せていたイオが前足を振り上げ、リトルボアを軽々と蹴飛ばした。
するとイオは「ヒヒン」と得意げに嘶き、地面の草を貪りはじめる。
「……レンの馬か?」
「……はい。一応、魔物の血を引いてるので強いみたいです」
「……そうみたいだな」
蹴飛ばされたリトルボアは動かなくなっていた。
それを確認したレンはイオが呑気に草を頬張る姿を見て、乾いた笑みを零した。
――――――――――
※来週頃に、「物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(web版)」こちらのサブタイトルへ変更いたします。
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