三章・守りたい存在たちと、摩天楼の戦い。

新たな春を迎えてから。


 祈りの町、エレンディル。

 帝都まで魔導列車でおよそ一時間の距離にある、静かな町だ。



 エレンディルが祈りの町と呼ばれているのは、レオメル帝国の祖――――獅子王に関係する。彼が戦に赴く前には、この地で必ず祈りを捧げたからと言われている。

 いわば、古い歴史を持つ由緒正しき町なのだ。


 町の規模は大都市というほどではないが、クラウゼルよりは大きかった。 

 その町は小高い城壁に囲まれ、その周囲を緑豊かな平原に覆われている。灰色の石畳が敷き詰められた町の中には、大きな噴水や時計台のほか、緑豊かな公園などが散見され、静かで住みやすい環境だ。

 もちろん商業ギルドのほか、冒険者ギルドも大通り沿いに立ち並ぶ。



 数年前にこの地を皇帝から預かったクラウゼル男爵は、娘の聖女が大きくなるまでクラウゼルを離れるつもりがなかった。

 そのため彼が代官を立てているということは、有名な話だった。



 ――――そんなエレンディルにて、ある日。



 つい最近まで周辺の街道を騒がせていた盗賊団が、一人残らず捕縛された。

 その多くが冒険者崩れだったのだが、全員が手に錠をされたまま昏睡しており、城門の外に転がされている。彼らは騎士たちにより詰め所に運ばれる最中だった。


 そんな中、町の中にある路地裏の曲がり角で。

 互いの顔を知らない相手と言葉を交わす、二人の少年が居た。



「まさか、騎士よりも早く奴らのアジトを見つけ出し、たった一人で全滅させてしまうとはな」



 そう言ったのは、豪奢な服装に身を包んだ少年で、



「はぁ……自分から俺を焚きつけておきながら、俺が気が付かないと思ってたのかよ」



 次に不満そうな返事を返したのは、レンだった。



「気を悪くしたのならすまない。私はただ、そなたの機転の良さに驚いていただけさ。細かいことは許してくれ。私も顔を知らぬ相手と、こうして話す経験をしたことがないのだ」


「そんなの俺もないって。ただまぁ……別にいいよ、もう。俺としても悪くない仕事だったし」



 二人はそのまま、顔を見せずに会話をつづける。

 実は今日までも顔を合わせたことがなく、互いについて知るのははその性格と声だけだった。



「約束してた報酬はどう支払えばいい?」



 豪奢な服装に身を包んだ少年が尋ねれば、レンはその場を去りながら口を開く。



「この町の領主様に寄付しておいて。俺はいいから、この町のために使うためにさ」



 そう言い残し、レンは路地裏に足音を響かせながら立ち去った。



 ……やがて、残された少年がほくそ笑む。

 彼がレンと違う方角へ歩き出すと、どこからともなく猫耳の女性が現れて、その少年の隣を歩きはじめた。



ミレイ、、、、面白い男を見つけたぞ」


「ニャ? 愉快なうたでも読む詩人ですかニャ?」


「馬鹿を言うな。お前も様子を見ていただろうに」



 少年の横顔からは上機嫌であることが見て取れる。それに対し、ミレイと呼ばれた女性は珍しいものをみたと言わんばかりに尋ねるのだ。



殿下、、、そんなにあの少年のことが気に入ったんですかニャ?」



 殿下と呼ばれたように、この少年は皇族である。

 ラディウスと言う、このレオメルの第三皇子だった。



「惚れたと言ってもいい。語るだけでわかる知性と機転。それらを凌駕する苛烈な剣戟――――何よりも勇気が、私の心に経験したことのない熱を抱かせた」


「ニャニャニャッ!? 殿下!? 何を言ってるんですかニャ!?」


「安心しろ。恋慕ではなく、あの男の人柄に対してだ。――――それに、はじめてなのだ。あれほど砕けた態度で私に接する者など、いままで一人もいなかったからな」



 路地裏の静けさに溶け入った声は、確かな喜色を孕んでいた。

 そういえば……と、ラディウスが思いだした様子で言う。



あの男、、、見事な剛剣使いだった、、、、、、、、、、



 と。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 月日は一年ほど遡る。

 四月を過ぎ、クラウゼルが春の陽気に包まれていた頃だ。



 思えば直近の冬にも、色々なことがあった。

 レンが討伐したシーフウルフェンの素材により、その命を救われた令嬢が居た。七英雄の伝説Ⅰにおいてはラスボスとなり、レオメルに反旗を翻したイグナート侯爵――――その一人娘、フィオナ・イグナートのことだ。


 レンは縁あって足を運んだバルドル山脈で彼女と出会うと、彼女を守って戦うことになった。

 が、バルドル山脈は帝国士官学院が誇る特待クラスの最終試験中だったこともあり、その全員が魔王教徒によって嵌められた事件は、特に記憶に新しい。



 ……あの事件の後、レンは身体を休めることに専念したのだが、やはりイグナート侯爵と連絡を取らない訳にもいかず、時折、手紙のやり取りをすることがあった。



 とはいえ、あの事件について聞かれることは少なかった。

 レンは魔王教について、ギルドで小耳に挟んだ噂だと嘘の報告をしたのだが、イグナート侯爵はそれ以上問いただすことはなかった。イグナート侯爵は恐らく、レンに問いただすことで嫌悪感を抱かれることを嫌ったのだ。レンと良い関係でいた方が今後のため、と判断したのだろう。



 かと言って実際のところは、更なる情報を求められてもレンは答えようがなかった。七英雄の伝説Ⅱまでしかプレイしていない彼は、魔王教についてそれ以上の情報を知らなかったからだ。

 どこに現れるかなどは覚えがあるけど、この段階でそれを知らせるのは難しいものがあった。



 ――――などと色々なことを考えていたレンは、クラウゼル家の旧館にいた。

 旧館の管理を任されていた彼は、いまから旧館内の掃き掃除に勤しもうとしていた。

 そのレンが、窓から差し込む昼下がりの陽光を浴びながら思う。



「……あいつアスヴァルの炎って、この日光より眩しかった気がする」



 冬の事件の際、炎龍・アスヴァルはフィオナの力で不完全な蘇りを遂げた。

 その力は、黒の巫女。

 フィオナ曰く、黒の巫女は魔物にとっての聖女にあたるとのこと。



 本来、それは死者をアンデッドとして蘇らせる力ではないが、他の魔物と隔絶した力を秘めていたアスヴァルだからこそ復活できたのかもしれない。黒の巫女が持つ『魔物に力を与える魔力』が、奇跡的に何らかの影響を与えて………だ。



 その代わりに、アスヴァルは不完全な復活を遂げた。

 が、七英雄が存命だったころから伝説を残すその龍は、不完全ながら強大だった。アスヴァルが本来の力を持って復活していたら、レンは勝つことができなかっただろう。



「フィオナ様の力で強化されたのは俺もか」



 レンは更に思い返す。

 フィオナの身体から流れ出た黒い血が、レンに何らかの力を与えたことを。



「……結局、なんだったんだろうな」



 気を失ってから迷い込んだ世界と、そこで見つけた黒い魔剣。

 それに、アスヴァルの魔石から得た炎の魔剣がその名を変え、炎剣・アスヴァルという名になっていたことも謎のまま。



 レンにとっては、それらが黒の巫女の力により影響を受けたと思わざるを得ない。

 黒の巫女の力の一端である、魔物に力を与える魔力――――それがあの事件を境に消えてしまったことと併せて、無関係とは思えなかった。



 ……いずれにせよ、考えても答えは出ない。

 冬のことを一頻り思い返した後、レンは屋敷の掃除に意識を向けた。古びた家具を一つ一つ移動しながら、隅々の埃を逃すまいと励んだ。



 窓の外から茜色の光が差し込んだ頃、レンは旧館二階の廊下に置かれた椅子に腰を下ろす。

 掃除に励んでいる間に傾いた陽の光が、レンの腕輪に反射した。

 するとレンは腕輪を見て、その水晶に映し出された文字を見た。



 ――――――


 レン・アシュトン


[ジョブ]アシュトン家・長男


[スキル]     ・魔剣召喚(レベル1:0/0)


         ・魔剣召喚術(レベル4:2549/3500)

          レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。

          レベル2:魔剣召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。

          レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。

          レベル4:魔剣召喚中に【身体能力UP(中)】の効果を得る。

          レベル5:魔剣の進化を開放する、、、、、、、、、、

          レベル6:*********************。


[習得済み魔剣]

         ・木の魔剣   (レベル2:1000/1000)

          自然魔法(小)程度の攻撃を可能とする。

          レベルの上昇に伴って攻撃効果範囲が拡大する。

         

         ・鉄の魔剣   (レベル3:2390/4500)

          レベルの上昇に応じて切れ味が増す。

         

         ・盗賊の魔剣  (レベル1:0/3)

          攻撃対象から一定確率でアイテムをランダムに強奪する。

        

         ・盾の魔剣  (レベル2:0/5) 

          魔力の障壁を張る。レベルの上昇に応じて効力を高め、

          効果範囲を広げることができる。


         ・炎の魔剣(レベル1:1/1) 

          その業火は龍の怒りにして、力の権化である。


 ――――――



 レンの力は、冬を開ける前と比べて著しい変化を迎えている。

 バルドル山脈ではアスヴァル以外にも鋼食いのガーゴイルからも熟練度を得たし、他にも狩りをして得た熟練度が溜まっている。

 魔剣召喚術のレベルが上がったアスヴァル戦の後で、一つ気になる情報も得られた。



 レベル5:魔剣の進化を開放する。



 この情報がレンの興味を惹き付けて止まなかった。

 木の魔剣は熟練度が溜まったまま、レベルが上がることがなくなっている。それが進化のため、段階を踏むためだとすれば色々と合点がいった。

 身体能力UP(中)を得たことも喜ばしいが、それ以上に進化の結果が楽しみだった。



 ……もっとも、炎の魔剣が進化するかどうかは考えにくい。



(炎剣・アスヴァルはまた違う気がする)



 他の魔剣と違い、炎の魔剣はもう熟練度を得られない。何故ならアスヴァルが存在せず、その魔石はレンが砕いているからだ。だからこそ、炎の魔剣の変化には、フィオナの力や黒い魔剣が関係していると考えざるを得なかった。

 しかしいずれにせよ、木の魔剣は期待できる。



「また少しずつ頑張るか」



 と、レンが呟いてすぐ。



『レンーっ!』



 ふと、二階にいたレンに窓の外から声が届いた。

 窓を開ければ、彼を見上げて手を振るリシアの姿がある。



「お父様が呼んでるから、時間があったら本邸に来てくれる? よかったら、夕食も一緒にどうかって仰ってたわっ!」


「わかりました! 汗を流してから行きますね!」



 レンがそう答えると、リシアは可憐な笑みを浮かべて喜んだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 この夜の席は、つい数日前に終わったレンの誕生日パーティが話題に上がる。

 昨年、リシアはレンの誕生日を祝えなかったことを悔やんでいた。それもあって、今年はリシアが主導となってパーティが開かれたのだ。

 


 その話を交えて食事が進む中、クラウゼル男爵ことレザードが「さて」と口を開く。



「レン、来週からしばらく仕事を休んで構わない」


「――――え?」



 唐突な言葉を告げられたレンが唖然とした。



(こ、これはいわゆる……暇を申し付けるとかいう例の……)



 言い換えれば、クビである。

 だが、ありえない話だ。レザードがそんなことを言うはずがないし、言ったところでリシアが許すはずもない。



 またレンだって、本気ではそう思っていなかった。

 あくまでも、急な言葉に驚いていたにすぎない。



「驚かせてすまない。――――いまのは、冬に話していた件のことだ」


「冬に……ああ! 俺が里帰りするという話のことですね?」


 それには「うむ」とレザードが首肯する。



「以前話したように、アシュトン家の村の周辺でいくつかの工事が進んでいる。街道をはじめ、村を囲む壁などがそれだ」


「では、村を手伝いに行ってもいいんですか? それに確か俺は、ギヴェン子爵の件があるから念のため、秘密裏に帰った方が――――って話だったような……」


「それならば気にするな。イグナート侯爵とより懇意になったこともある。現状、アシュトン家の村が襲われることは考えにくい。何も気にせず、里帰りを楽しんできなさい」



 レザードがそう言い冬を思い出す。

 彼が言うには、本当はもう少し早くレンを里帰りさせたかったのだが、バルドル山脈での件があったため、予定より少し遅くなってしまったそう。

 また急な決定による影響で、レンの両親へ事前に連絡をすることは叶わなかったそうだ。



「その間は私たちもクラウゼルに居ないから、何も気にすることなくゆっくりしてきなさい」



 その言葉に疑問を抱いたレンが尋ねようとすると、彼に先んじてリシアが口を開く。



「お父様? お父様が仰った私たち……というのは……?」


「もちろん、リシアもだ」


「……えっと、私たちにも遠出の予定が?」



 どうやらリシアも聞いていなかったらしく、彼女は可愛らしく首をひねった。



エレンディルへ行く必、、、、、、、、、、要がある、、、、。先の騒動で各派閥が忙しないのは二人も知っての通りだが、昨年のギヴェン子爵の件もある。そろそろあちらにも顔を出しておきたい」



 レンは話を聞きながら、エレンディルについて考える。

 エレンディルは帝都近くにある町だ。レンがレンになってすぐ、クラウゼル家の領地はそこだ、という固定観念に駆られたその町である。



(ってことは、どこかの領地から魔導船を経由してって感じかな)



 レンの予想通り、レザードはその旨を口にした。

 彼らは南方へ馬で十日の町へ向かい、そこから魔導船に乗ってエレンディルへ向かうそうだ。帝都はもちろん、エレンディルにも魔導船乗り場があるからだ。



「ねぇねぇ、レン」


「はい? なんでしょう」


「レンもエレンディルに行ってみたい?」



 尋ねられたレンは腕を組み、天井を見上げた。



(エレンディルかー)



 言ってしまえば、ほぼ帝都みたいな場所だ。

 帝国士官学院を避けていたレンにとって、バルドル山脈と同じくらい行くことに忌避感を抱かせる場所である。

 かと言って、これから先も避けられるかと言うと……



(……無理くさい)



 レンがクラウゼル家で世話になる以上、エレンディルを無視できるかどうかは難しい気がした。いまではただでさえ、イグナート侯爵との縁もある。先の騒動ではフィオナとも劇的な出会いをしてしまったから、殊更だった。



「――――興味がないと言えば、嘘になるかもしれません」


「ほんと? じゃあ、次は一緒に行きましょうっ!」



 リシアが足を運ぶ機会があるのなら、結局は避けて通れないのだ。

 魔王教の脅威が襲い掛かって間もないことも加味すれば、自分が傍にいた方がリシアを守りやすい。

 いまさらリシアを見放すなんて、ありえなかった。



「楽しみにしててね。エレンディルはすっごく綺麗な町なんだから」


「リシア、勤勉なレンのことだから、エレンディルのことも知っているのではないか?」


「もう、お父様! せっかく私がレンに教えてあげようとしたのに……っ!」


「ははっ、そうはいっても、レンのことだろう?」



 実際のところどうなのか、リシアがレンをじっと見つめる。

 せっかく教えたそうにしているのに、隅から隅まで知っていると答えるのはどうだろう。迷った挙句、レンは言葉を選んだ。



「……こ、効率のいい狩場があるらしいと聞いています」



 彼の言葉に、リシアとレザードはきょとんとした表情を浮かべた。



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