久しぶりの遠出にて。
鋼食いのガーゴイルを討伐したことによる騒ぎは数日経っても収まらず、中でも冒険者ギルド内では英雄譚が如く語られた。レンは冒険者ギルドに足を運ぶたびに苦笑して、気恥ずかしさから逃げるように狩りに出かける日々を送る。
それから更に数日後。
レンは久しぶりにクラウゼルの町から遠出して、馬に乗り街道を進んでいた。
この遠出の目的は、リシアが口にしていた近隣の村を巡ること。クラウゼル男爵家の仕事の一つだ。
(もう昼過ぎか)
クラウゼルを発ったのは早朝で、それからもう六時間以上経っている。
辺りの景色はもう様変わりしており、街道を挟む平原がしばらくつづいていた。
それはのどかな景色だった。
この付近には路肩に馬を止めて止まる商人たちの姿や、地べたに腰を下ろして休憩している冒険者たちの姿が散見された。
その光景を傍目に、レンは乗りこなしていた馬に問いかける。
「お前、結局俺に懐いてるけどそれでいいの?」
「ヒヒンッ」
馬が短く上機嫌な声で嘶いた。
この馬はレンとリシアが逃避行をする際に乗っていた馬で、元はイェルククゥの馬車を引いていた馬の片割れだ。
また当時は共にこの馬に乗っていたリシアは同乗していない。
今日の彼女は後続の馬車に乗りこんでいる
ただレンは尋ねてみたものの、人の言葉で返事が返ってくるとは思っていない。
ともあれ、馬の嘶きには機嫌の良さが窺える。
よくブラッシングされた鬣に触れれば、馬は「ブルゥッ」とまた上機嫌に嘶いてみせた。
「……うん、そんなもんか」
ここで考えることをやめ、機嫌がいいなら良いか、と空を見上げる。
思えばこの馬は、リシアとの逃避行中から従順だった。
こうして背中に乗るには久しぶりだけど、乗っている感覚はレンにとってもしっくりくる。
「良かったではないか。主君と認められているようだぞ」
「――――ヴァイス様」
「乗り手と馬の相性はとても重要だ。少年は良い相棒を得たな」
と、隣を馬で進むヴァイスが笑った。
彼が駆る馬の前足と両足を見ればその逞しさに恐れ入る。
だが、レンが乗る馬だって負けてはいない。
色艶のいい濃い栗毛は上質な絹を想起させるし、まだ若くとも、骨格はヴァイスの馬にも劣らず将来を期待させられる。
「その馬は私の馬と同じで、魔物の血を引く個体だ。まだ若いようだが、すぐにでも、訓練された軍馬に勝る良き馬となろう」
「ですが俺はまだ幼いですし、馬の方が先に老いてしまいますね」
「案ずるな。魔物の血を引く馬は全盛期が長く、寿命も長い。今後数十年は少年の相棒として活躍するさ」
はじめて知る情報にレンが「なるほど」と頷く。
やはり、前世の馬とはまた違うらしい。
彼が乗る馬の鬣を撫でると、馬はまた上機嫌に嘶いた。
(近いうちに名前を付けてやらないと)
今更だけど、ヴァイスの話を聞くに長い付き合いになりそうだ。
レザードからもこの馬の所有権はレンのものだと聞いているから、問題らしい問題もない。
話を聞いてからは飼育にかかる費用もしっかり払っている。そのため、この馬に乗ることに憂いはない。
しかし、どんな名前が良いだろう?
レンが考えはじめてすぐ、ヴァイスが話題を変える。
「ところで少年。紆余曲折あったが、少年はまだしばらくクラウゼルに残ることにしたのだろう?」
「ですね。そうしようと思ってます」
村の復興が終わるまで、とか。自分が強くなるまで帰らない、とか。
だが、村に帰る時期はまだ予定すら立っていない。
「おかげでお嬢様も喜んでおられたぞ。少年もパーティに参加してくれるかもしれない、と給仕に言っていたらしい」
「――――パーティ、ですか?」
「ああ。前に給仕も言っていたと思うが、お嬢様の誕生日パーティのことだ」
「……あ、」
そういえば、リシアの誕生日は夏だ。
もう七月も終盤だから、来月にはそのパーティが開かれるのだろう。
このことを思い出したレンは失念していたことに申し訳なさを覚え、すぐに頭を抱えながら口を開く。
「教えていただきありがとうございました。クラウゼルに帰ったら、すぐに贈り物を用意します」
贈り物と言えば、ついこの前には白いワンピースを贈ったばかりだ。
屋敷にいる間に着て見せてくれたことが何度かあるけど、レンの予想を上回るほど似合っていたあたりに、リシアの器量を感じる。
……それはさておき、また別の贈り物を用意しなければならない。
以前のは服を買ってもらったことへの返礼だから、今回の誕生日の贈り物とはまた別物だ。
そうなると、何を贈ればいいのか迷ってしまう。
(ちゃんと考えておかないと)
レンが一人頷いているのを見て、ヴァイスが笑う。
「どうやら、参加してくれるようだな」
「もちろんです。リシア様やレザード様がお許しくださったら……ですが」
「反対する者がいるわけないだろうに。それどころか歓迎されるとも」
ヴァイスはレンの返事に喜び、例によって腰の低い姿に苦笑い。
そのヴァイスは、街道を進んだ先に見えた光景に「あれだな」と声を上げた。
「まだ昼下がりだが、今日はあの村に泊まる。この先の村まではまた数日を要するから、ここで一泊して明日からの野営に備える」
一歩、また一歩と村までの距離が狭まる。
近づく村はレンの村と違い、どこかクラウゼルの町並みに似ていた。つまるところ、発展している村ということだ。
(いつか、俺の村も――――)
自分が生まれ育った村も、同じように発展してほしい。
そのためにも、自分はクラウゼルで頑張なければ。
――――レンがこの想いを再確認すると、馬は短く嘶いた。
◇ ◇ ◇ ◇
たどり着いた村を預かる騎士の屋敷があった。
その屋敷は燃える前のアシュトン邸と違い真新しく、内部も綺麗で清潔感が漂っていた。
一室の客間を借りたレンの下を、夕方になってからリシアが訪ねる。
「夕食まで何か話したいわ」
彼女はこの村を預かる騎士との話を終えてから、しばらく空いた時間をレンと過ごすためにやってきた。
迎えたレンはそれを快諾し、部屋に招き入れる。
するとリシアは客間に置かれたテーブルにレンを連れて行き、手にしていた丸めた羊皮紙をその上に広げる。
羊皮紙には、クラウゼル領の地図が描かれていた。
「私たちがいまいるのはこの村よ。明日からはこの道を進んでいくの」
リシアは指先を地図の上に滑らせた。いまいる村を起点に、いくつかの村々を進みながら北上していく。
「あれ」
ふと、レンは気になったことがある。
地図をみるのなんて久しぶりだし、何という騎士が預かる村と聞いてもよくわかっていなかったが、向かう先を見て指先を地図に押し付けた。
「ここって、
「うん。私たちが前に近くを通りかかった、あのバルドル山脈よ」
(レザード様から近くを通りかかるとは聞いてたけど、思ってたより近くを通るんだな)
想像以上にバルドル山脈の近くを通ると知り、レンがやや強張った様子で考える。
別にいまでも危険だからなわけではない。
ゲーム時代の思い出が勝手に脳裏に浮かんでしまい、画面越しに見た光景がよぎったからだ。
(まぁ、イグナートが何もしてないなら危険でもないか)
普段のバルドル山脈は前にも確認したように、特別危険な場所ではない。
現れる魔物はFランクがいいとこで、大したことはないのだ。
だが七英雄の伝説では、イグナート侯爵がレオメル帝国を滅ぼすため、とあることをしてバルドル山脈を異変に陥れる。
それに利用されるのが、とある魔物の魔石である。
――――
遥か昔にバルドル山脈を根城としていた、とある龍。
なぜ、七英雄の伝説Iのラストステージがバルドル山脈だったのか、そのすべてはこの龍が関係していた。
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