また少しの日々が過ぎてから。
――――ある日、レンは夢を見ていた。
見ていたのは懐かしき七英雄の伝説の一場面。
七英雄の伝説IIにおける騒動の一つで、帝都にある港の沖に、巨大な魔物が現れるというものだ。
出現した理由には魔王復活を願う者たちがかかわっているのだが、プレイヤーは戦闘終了後にすぐ、衝撃的なイベントを見せつけられる。
世界最高の魔法使いとの呼び声高き、クロノア・ハイランド。
その彼女が帝都大神殿にて、レン・アシュトンの剣で胸を貫かれるイベントだ。
それを見たプレイヤーは等しく驚くとともに、ある疑問を抱く。
クロノアと言えば、ゲーム内では剣王に並ぶ絶対的な強者である。
レン・アシュトンはいったいどうやってその学院長を……クロノア・ハイランドを倒せたのか、というのが疑問なのだ。
大神殿内で戦った跡がないことから、恐らく、レン・アシュトンが暗殺まがいの行動をとったのだろう。
プレイヤーたちには、この予想をすることしかできなかった。
当然、その答えは明示されなかった。
レン・アシュトンも犯行の動機も語ろうとせず、何も悟らせぬまま主人公たちの下を去ってしまう。彼はそれから度々主人公たちの前に現れるが、時折助言をするだけで、それ以外のことを一切語ろうとしなかった。
プレイヤーにわかる違和感は一つだけ。
……自分も戦うと言ったはずのクロノアが、港にすら足を運ばず、何故か大神殿に居てレン・アシュトンと相対していたことだけだ。
もちろん、いま夢を見ているレンもその答えはわからない。
わからないからこそ、その未来が訪れないようにしなければいけないのだ。
「……うっわぁ」
目が覚めたレンが開口一番に呟いた。
夢見が悪すぎる。
ベッドの上で身体を起こした彼の気分は重く、何ならこれから二度寝したいくらいだった。
でも、あの夢のつづきを見たらと思うと二度寝に踏み切れない。自戒の意味で見ておくのは悪くない気がしたけど、今日は遠慮したいと思ってしまった。
(仕方ない)
窓に近づいたレンはカーテンを開け、重い気分を払拭すべく朝日を浴びた。
数日前に住まいを旧館に移してからというもの、ようやく新しいベッドに慣れてきたところだったのに、ここにきてこんな気持ちにさせられてしまうとは。
「……頑張るかー」
レンは頬を強く叩き、無理やり気合を入れて部屋を出る。
旧館で使っている部屋はエントランスからほど近い、狭すぎず広すぎない一室だ。
その部屋に必要最低限の家具を運び入れて暮らしており、食事は旧館のキッチンを使って自炊している。
あまり料理の経験はなかったため大雑把な料理しか作れないが、いまのところ不足はしてない。
レンは今日もその大雑把な料理を自分で作り、腹を満たす。
食事を終えた頃には、寝起きに感じた鬱屈とした気分は消えていた。
その後はヴァイスに帝国剣術の指南を受けてから屋敷の敷地を出て、慣れた足取りでギルドへ足を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
旧館の管理人はレンだから、レンは他の誰かの手を借りずに掃除をしている。
リシアは手伝うと言って使用人たちを驚かせていたけど、レンは当たり前のようにそれを固辞して、彼女の頬を膨らませた。
これが最近までのことで、レンはその仕事を優先したから冒険者ギルドに行くのは数日ぶりだった。
――――気が付けば、もう夏真っ只中だ。
深呼吸して夏特有の朝の空気を全身にいきわたらせると、脳が活性化した気がして気持ちがいい。
(ここからだと、地平線までよく見えるな)
それはクラウゼルの地形によるものだ。
中央に向かうにつれて山なりになった街並みの中でも、レンが住む旧屋敷の近くからはクラウゼルの外までよく見える。
「よぉ、おはようさん!」
「あーらら、英雄さんじゃないの! 朝から元気だね!」
道中で屋台の店主や町人に声を掛けられながら、冒険者ギルドに向かってしばらく進んだ。
冒険者ギルド周辺は狩りに向かう支度をした冒険者や、彼らが食事をする屋台などが活気だっている。
レンはその横を進み、慣れた足取りでギルドへ足を踏み入れた。
何か面白い情報でもあればと思ったけど、掲示板を見てもそれはない。
いつも通りの、見慣れた掲示板だ。
今日も普通に調査をして、ついでに狩りをする、慣れた一日になりそうだと感じる。
ぐぅ……。
ふと、レンの腹が情けない音を上げた。
(朝ごはんが足りてなかったか)
まだまだ成長期の身体が、栄養を求めて止まなかったようだ。
誰かに聞かれていたら恥ずかしい。
両隣に人が居なかったことに安堵していたレンだったが、
「あははっ、可愛い音だね」
食事をできる席に行こうとしたところで、背後から女性の声がした。
声がした方に振り向くと、近くの席に座っていた者がレンを見て笑みを浮かべていた。
(見たことない人だな)
しばらくここの冒険者ギルドに通っているから、同じように通う冒険者たちの顔は覚えたつもりだった。
しかし、彼女のことは見たことがない。
そもそも顔は見えなかった。
身体を覆う純白の法衣。
そのフードを深く被ることで顔も隠れ、口元が僅かに覗けるだけ。
他の特徴といえば、微かに覗く絹を想起させる金髪だけしかわからない。
声は加工したような不思議なそれで、女性であることが僅かにわかるくらい。魔道具か何かで声を変えているのだろう。
「こっちおいで。よかったら、ボクと一緒にご飯でもどう?」
「……えっと、」
「あっ、もちろんボクがご馳走してあげるから、遠慮しないでっ!」
レンは思った。
もしかして彼女は、俺に金がないと思っているのかもしれない。
しかしそう考えても無理もない。
レンのような少年が冒険者ギルドに来てすることと言えば、家計を助けるためにする簡単な仕事ばかりなのだ。
彼女がそう考えてもしょうがないけど、レンは苦笑いを浮かべる。
「大丈夫ですよ。ちゃんとお金は持ってますから」
「はえ? そ、そうなの?」
「ええ。ですが席があまり空いてないみたいですし、よければ相席しても構いませんか?」
彼女が頷いたのを見て、レンは掲示板を離れて彼女の傍に腰を下ろした。
するとレンは、慣れた仕草で職員を呼んで注文を終える。
それを見た法衣を着た女性が、フードの隅から唖然とした口を覗かせていた。
「もしかして常連さん?」
「はい。それなりにお世話になってます」
「へぇー……道理で大人っぽいというか、慣れてたんだ」
「老けてるだけですよ、きっと」
「あははっ! 言うことまで大人っぽいんだね、キミって」
話をしていると、女性の下へと先に料理が運ばれてきた。
彼女はレンの料理が届くまでそれに手を付けず、レンの料理が届いたところで、ようやく食器に手を付けた。
「すみません。初対面の方を待たせてしまうなんて」
「ううん。ボクが待ちたかっただけだから気にしないで」
朝食に手を付けながら、レンは彼女が自分に興味を持った理由が気になった。
「どうして俺に話しかけてくださったんですか?」
「んー……何となくかな。強いて言うなら、可愛らしいお腹の音を聞いて、どういう子なんだろって思って話しかけちゃった」
「――――それで、話してみてどう思われましたか?」
「どうやって誘拐しようかなぁー、って考えてたとこだよ」
あまりにも衝撃的な言葉にレンが絶句した。
カチャン! と手にしていたフォークを更に落としてしまう。
それを見た女性は楽しそうに笑った。
「あははははっ! 冗談だってばっ! そんなことしたら、ボクが騎士に捕まっちゃうもん!」
「……で、ですよね」
あまり深入りはしないことにした。
また変なことを言われて自分のペースを崩されることを嫌ったレンは、黙々と朝食を楽しむことに決める。
だが女性は小食のようで、頼んだ少ない朝食をさっさと食べ終える。
そして、じーっとレンの様子を楽しそうに眺めていた。
(なにが楽しいんだろ)
レンは女性のことを気にしないようにしていたけど、どうしても気になって僅かに意識を向けてしまう。
女性はそのことに気が付いた。
「ボクのことが気になるなら、一緒に帝都に来る?」
驚いたレンは開き直って女性に目を向け、迷うことなく言い放つ。
「絶対に行きません」
「あちゃぁ……即答されると傷つくなぁ……」
そう言うと、女性はおもむろに席を立った。
名残惜しそうにしながらレンに背を向け、冒険者ギルドの外へ向かって行く。
最後まで彼女の顔立ちはフードの奥に隠されたままだった。もちろん、声だってそうだった。
「ほんとはもうちょっと話してたかったんだけど、ボクは野暮用があるからもう行かなくちゃ」
でも彼女は、最後にもう一度振り向いて、
「また会えると嬉しいな」
「はい。また機会がありましたら」
「うん! そのときは、
意味深な言葉を残し、軽い足取りで外に行ってしまう。
一方、レンは今一度フォークを皿に落とした。
「……なんで?」
あの女性は確かに『キミの不思議な力』と言っていた。
それが魔剣召喚術のことを差していると思ってしまうのは、至極当たり前のことだろう。
レンは慌てて席を立ち、女性を追おうと思った。が、冒険者ギルドの外に出て辺りを見渡しても、法衣を着た女性の姿がない。
「……なんで!?」
代わりにレンは驚きの声を発し、道行く冒険者たちの注目を集めたのである。
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