欠けている素養。

 ――――ただ、提案をされたレンは、嬉しさによる驚きを覚えたのではない。



(……まったく興味ない)



 自分でも驚くほど興味がなかった。

 来客が正騎士で、更に指揮官級もいるという事実には興味がある。

 だが時折、ヴァイスに剣の指南を受けている身としては、正騎士に指南を受けることに大きな意義を見出せなかったのだ。



「う、うぅむ……まさかそれほど興味が無さそうな顔をされるとは……」



 さすがに失礼だったかもしれない。

 顔に出し過ぎたことに申し訳なさを覚えたレンは、コホン、と咳払いをした。



「何度も申し上げたように、俺は田舎騎士の倅ですし……」



 ヴァイスは笑い、レンの肩に手を置いた。



「ならば、お嬢様が指導されるご様子を見るのはどうだろう。もしかすると、少年も学びがあるかもしれんぞ」


「あ、そういうことでしたら」



 それならば、とレンは頷いた。

 よくよく思えば新たな刺激を受けられるかもしれないし、見学は無駄にならないだろうと思った。

 


(せっかくだし)



 しかし、どうしてリシアの剣を見てもらうことになったのだろう。

 気になったレンがヴァイスに尋ねると、実は兼ねてから、リシアの技術向上のためにレザードが予定を組んでいたのだとか。



 正騎士団が近くに遠征したため、その一団の指揮官が寄ってくれた経緯なのだという。



「いらっしゃったのは高名な騎士さまなんですか?」


「正騎士を率いる実力の持ち主だから、中々にな。流派は聖剣技、、、と聞いたが、少年は聖剣技という言葉を聞いたことは?」



 レンはその言葉に頷いた。



「勇者・ローレンが開祖の剣技だったと記憶しています」


「おお、そんなことまで知っていたのか!」


「本に書いてありましたからね。確か、多くの騎士が学ぶ剣……でしたっけ」


「うむ。その通り。勤勉でよろしい」



 騎士たちは基本的な剣の他に、自分に向いた剣を学ぶことが多い。

 その中でも特に、聖剣技は好んで選ばれる。

 やはり、勇者ローレンが広めた剣術だからというのが大きいらしく、こればかりは派閥に関わらず学ぶ騎士が多い。



 ……という情報なのだが、当然、七英雄の伝説で知ったものだ。



(聖剣技は便利な技だったなー)



 派閥はいくつもあれど、熟達すれば、魔力を代償に使う戦技アーツを会得できる。それはスキルを持って生まれなかった者たちにとっての、重要な戦闘手段の一つだ。

 言うなれば、スキルの代用となる後天的な力だ。

 それらの戦技の構えや動きは、レンもまだ覚えている。



(ゲーム時代の動きを見よう見まねで戦技が発動したりは――――するわけないか)


「お嬢様にも少年にも、可能な限り学びがあると私も嬉しく思う」



 ふと、庭園に向かう最中にヴァイスが言った。



「私は帝国剣術の他は学んでおらんのだ。どうにも向いておらんかったらしく、帝国剣術にばかり傾倒していた。……他の剣、、、を学ぼうと思ったことはあるがな」


「よろしいのではないかと。帝国剣術は守りの剣、レザード様のためになりましょう」



 いま会話に出た帝国剣術こそ、騎士が学ぶ基本の剣だ。

 汎用性が高く、レンが言ったように守りを重視されている。

 そのため、護衛される存在にとっては頼もしい技術だ。



(個人的には、ヴァイス様みたいな騎士の方がそれっぽいけど)



 守りを重視するのは騎士として当然。

 かといって攻撃を軽視するわけではないけど、何ともヴァイスらしいと思った。



「少年さえよければ、今度、私が帝国剣術を教えよう」


「え、ほんとですか!? 助かりますッ!」


「ははっ! それほど喜ばれるなら、教えがいがあるな」



 喜びの声を上げたレンを見て、ヴァイスは頬を緩めて気をよくした。



(そう言えば、確か)



 七英雄の伝説における聖女・リシアは、聖剣技を収めた実力者だった。

 聖剣技はそもそも主人公たちが英雄派側だったから、親しみもひとしおだ。



 ちなみに、聖剣技の特徴はオールラウンダー。攻守に限らずサポートもこなし、スキルがあればそれも生かす。

 白の聖女のスキルを持つリシアが極めれば、強力で当然なのだが、



(更に上の剣士も居るんだよな)



 ――――というのも、剣を扱うすべての流派には格付けがある。



 リシアは中でも、最高位から一つ下の剣聖と呼ばれる地位に立っていた。

 どの流派でも最高位に立つのは剣王、、と呼ばれる存在で、すべての流派を合わせても世界に五人しかいない。



 彼らは戦神、、によって序列付けされるのだが、その序列のことを剣王序列、、、、と言う。



(まぁ、俺みたいな一般人にはあんま関係ない話か)



 剣王と言うと、本筋のストーリーでもあまりかかわりのない存在だ。

 どうせ関係ないと思い、レンはヴァイスに意識を戻す。



「ところで、ヴァイス様が学ぼうとしていた、他の剣と言うのは?」


「うむ。剛剣技、、だ」


「あ、ああー……なるほど……」


「どうやらこれも知っているようだな。では言うまでもないが、剛剣技はそれ自体の才能がなくば会得できん。だから使い手が極端に少ないのだが……残念なことに、私にはその才能がなかったということだ」 



 苦笑いを浮かべたヴァイスの横で、レン乾いた笑みを浮かべていた。



(……剛剣技かー)



 その開祖はレオメルの祖である、獅子王だ。

 七英雄の伝説では、相対した皇族派に属する者が用いる敵専用、、、の剣とされていた。



 性能自体は攻守ともに苛烈で、理不尽な力を誇る。

 だが、剣技自体はスキルとはまた別物のため、二週目プレイでも覚えることはできない。

 だというのに、ストーリー内でも覚える機会は用意されておらず、プレイヤーたちを二つの意味で悲しませた剣技だ。



(あ……嫌な記憶が蘇ってきた……)



 装備破壊にステータス低下。それも、一時的ではなく恒久的に。

 極め付けは、回避不可能のほぼ即死ダメージの攻撃。

 まさに理不尽のオンパレードである剛剣技は、ボスにだけ許された特権であろう。



 なので、聖剣技は戦いのオールラウンダー。

 一方で、剛剣技は戦いのエキスパートと呼ばれることが多々あった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 情報を整理していたら、庭園へたどり着いた。



 そこではリシアが、既に正騎士の指揮官から指導を受けていた。

 幾人かの正騎士とクラウゼル家の騎士たち。

 また、庭園の端では給仕らも控えており、いつも以上に賑やかな様相を醸していた。



「……こうでしょうか?」


「ええ。聖女様は大変筋がよろしい」



 指揮官がリシアを讃える声が届く。

 聞いていると、彼らは「では、」と前置いて、



「いくつか実践を交えることにいたしましょう」



 レンが何度もしたように、リシアと立ち合いを交えての指導をはじめる。

 こうして見せつけられると、やはり感じる。

 剣筋、足運び、間合いの取りかた。



(リシア様とヴァイス様も洗練されてるけど……なんかこう、キビキビしてるというか、実直と言うか)



 いままで見たことのない剣技ということ、なのだろう。

 レンは見惚れるとまではいかずとも、正騎士にじっと目を奪われた。

 最初はあまり興味がなかったが、こうして見ているのは面白い。



 ――――レンがそう思っていたら、



「レンっ!」



 一度、休憩となったリシアがレンの姿に気が付いた。

 彼女は汗を拭いてレンの傍に駆け寄り、そのまま彼の手を取った。



「ねぇねぇ、レンも一緒に教えてもらいましょ!」


「えっとですね……俺たちが勝手に決めたらまずい気がします」



 勝手な振る舞いで相手を怒らせてはまずいと説き、つづけて「俺は見学してますから」と言った。

 しかし、その様子を見ていた正騎士の指揮官が離れた場所から声を発した。



「よければ、聖女様とご一緒にどうぞ」



 そう言われてしまっては、ここで断るのも無礼な気がした。

 だが、どうしてこれほどあっさり誘いを?

 レンは疑問を抱いたままリシアと共に指揮官の下へ足を運んだのだが、彼はそこでその理由を聞かされる。



「聖女様から聞いております。聖女様よりもお強くて、ヴァイス殿も認める才能を持つ、と」



 もちろん、レンは「そのようなことはありません」と苦笑した。

 けれど、指揮官は既にレンに対して強い興味を抱いているらしく、笑みを絶やさず話をつづける。



「随分と将来有望な騎士のようですね」


「い、いえ、そのようなことは」



 レンがもう一度謙遜してすぐ、指揮官が間髪おかずに言う。



「最初に少し、腕を拝見させていただきたく」



 もう断るに断れない状況のため、レンはせっかくなら、と指揮官に指南を受けることに決めた。

 やがて訓練用の剣を手に取った彼を見て、リシアが離れていった。



「軽い打ち込みからはじめましょう」



 当然それは、準備運動代わりだ。

 レンもレンとて、あまり気負うことなく剣を振った。

 いつも身体を動かす前にするのと同じく、少しずつ身体を温めるべく何度も剣を振り、指揮官の胸を借りるつもりで繰り返す。



 ……様子を見ていた他の正騎士たちがとんと黙った。

 彼らはレンの剣を見るうちに、リシアの時と違い、自然と集中して彼の様子に気を取られていた。

 


 やがて、指揮官も神妙な面持ちで言う。



「……そろそろ、立ち合いの形で剣を拝見致しましょう」


「はい。では、僭越ながら」



 とはいえ、指揮官の方からレンに打ち込みはしない。

 さっきより防御して、軽めの反撃をする程度の立ち合いだ。

 そうでなければ、剣の技量に差があり過ぎる。



(……さすが、正騎士の指揮官だッ!)



 訓練用の剣と剣がぶつかり合う音は、真剣のそれと違って鈍い音だった。

 だが、苛烈さにその鈍さは微塵も伺えない。

 レンの年齢不相応な剣閃は皆の意識を集めたし、辺りの芝生はその圧により揺らいでいた。



 けど、こうして目の当たりにすると、よくわかる。



「ッ――――驚きました! まさかこれほどとは!」


「お褒めに預かり光栄です……ッ!」


「これでは謙遜する必要はなかったですよッ! ――――しかし、」



 指揮官の剣の腕は自分と別格。

 膂力の差もさることながら、熟達した技を前に隙を見つけられない。

 レンはこの立ち合いの中に楽しみを見出しはじめていた。

 自分が次々と繰り出す剣戟があっさり対処されるが、どんな剣戟ならいいのだろう? と心を躍らせていたのだ。



 けれど、不意に。

 指揮官はレンから数歩距離を取り、言いかけていた言葉の先を口にする。



「君、もっと自分らしく戦ってみなさい。我らの剣を真似ようとする必要はありません」


「ま……真似ですか……?」



 想定外の言葉を投げかけられ、レンが首をひねった。

 しかし、よくよく思えば聖剣技を意識していたかもしれない――――と気が付く。

 この中庭に来る前、レンはゲーム時代の聖剣技を思い出し、戦技の動きを真似れば同じ効果が発動しないかと考えていた。

 もしかすると、無意識にこのことを考えていたのかも……と。



「自分らしく……」


「私に遠慮することはありません。ご自分が動きやすいように動いてみるのです」



 指揮官がやめろというのならそれも指導だと思い、レンは気持ちを改める。

 幼い頃からロイに学び、森で培い、イェルククゥとの戦いで一つ成長した剣を思い出しながら手元に力を込めた。

 魔剣の力はなくとも、剣だけならどう戦うかということを念頭にして。



「――――では、よろしくお願いします」



 レンが纏う気配が一変した。

 その気配は、まるで強大な魔物のようだった。



「なるほど……まさかとは思ったが……ッ!」



 指揮官の目が変わり、レンに向ける膂力がさらに上がった。

 それもそのはず。指揮官は逆に隙を突かれるどころか、一本を取られる寸前だったのだ。

 先ほどと似ても似つかない苛烈を誇るレンに対し、彼は剣を握る手に力を込める。



「すまないなッ!」



 遂に指揮官は更に膂力を込めて剣を下ろす。

 レンの防御を崩そうとしたのだが、



「ッ……ぐぅ……!」


「ば、馬鹿な……ッ!? 防いだだとッ!?」



 叶わない。

 剣を真横に構えて防御したレンは、大の大人が向けた膂力に対し、膝をつくことなく耐えきって見せた。

 そのレンは反撃の機を狙っていて、それを見た指揮官を「やはり――――ッ」と頷かせる。



 ……この後も幾度と重なる剣戟を繰り返すも、やがてそれは突然終わった。



 指揮官が放つ圧が刹那に消え去り、彼が剣を収めたからだ。

 すると彼は、レンから距離を取ったまま尋ねる。



「名前をお聞かせください」



 これに対し、レンは自己紹介が遅れたことへの申し訳なさを孕ませた声で答える。

 


「レン・アシュトンと申します」


「……では、レン殿と」



 返事を聞いた指揮官がふぅ、と息を吐いた。

 彼はつづけて、レンとの距離を詰める。

 何をするのかと思ったレンの前で、指揮官は膝を追って目線を近づけた。



「申し訳ない。レン殿には、聖剣技の指導は行えません」


「……え?」



 レンは別に本格的に指導を受けるつもりはなかったし、この立ち合いは場の流れによるものに違いはない。

 けど、急な言葉には静かになってしまう。

 そして指揮官のつづく言葉には、レン以外の皆が驚きを覚えることになるのだ。



「何故ならレン殿には、聖剣技の素養が決定的に欠けているのです」



 彼の口ぶりは意地悪で言っているようではなかった

 しかし、多くの者が疑問を抱いた。

 あれほどの腕を見せたレンに素養が欠けていると言われても、すぐには納得できなかったからである。

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